第4話 事の終わり

 そうして、彼がなんとか身体を覆っていた布団の隙間から見えたのは、黒いものが、粘性の水音を立てながらリビングに侵入している姿でした。

 身体の震えが止まらず、体を覆う布団までもブルブルと小刻みに揺れてしまい、外からは滑稽に見えたことでしょう。

 ただ、彼は身体中の震えが止めようと奥歯を食いしばり、

「こっちに来るな、こっちに来るな」

 と黒いものに訴えかけるように念を飛ばしておりました。


 その黒いものはリビングに入ると、また大きな目をぎょろりと開き、ぐるりと部屋中を見回しました。そして、部屋の隅で震える彼を見つけては、そちらをじっと見つめながら、


 べちゃり べちゃり


 と尺取虫のように迫ってきました。

 彼と黒いものの距離があと1メートルほどになった頃、彼の恐怖は閾値を超えてしまい、頭が真っ白になり、何も考えられなくなってしまいました。

 彼の身体は情けなくもガクガクと大きく震え、布団を覆って隠れることなど。とっくに無意味になっていました。


 彼の眼が白目をむきそうになった瞬間

 黒くて大きなソレは、突然ぐりんと顔を窓の方向に向きました。


 そして、彼がなんとか意識を保っている間に見た黒いソレの姿は、窓にへばりついていた姿でした。

 すると、その黒くて大きな何かが器用に図体を動かしては、ずるりと窓の外にはい出ていきました。


 彼は黒い何かが部屋から出ていき、恐怖の元凶が去ったのにも拘らず、心臓の鼓動が早鐘を打つのは止まらず、人知れず顔の震えが表れ、歯同士がガチガチと音を立てておりました。

 しかし、数十分もすると緊張の糸がプツンと切れて、いつの間にか彼は意識を手放してしまい、眼が覚める頃には日が昇って、部屋が陽の光で満ちておりました。


 あの黒くて大きなものは、例の謎の文字が書き連なった手紙が原因だったのは間違いないですが、結局あれはなんだったのか、その正体はいまだわかりませんでした。

 只、確実に言えることは、眼が覚めた後でも、確かに閉めていたはずの玄関のドアの鍵は開いたままで、外に投げ捨てたはずの例の手紙はどこを探しても見当たりませんでした。


 人は、ドアを閉めたり、窓を閉めたりすることで無意識のうちから結界を作り、悪い物から自分を守っています。

 しかし、例え、玄関や部屋の隅に円錐状や三角錐に塩を盛ることで身を護る呪いをして、強い結界が作られたとしても、今回の手紙の用に結界の中に入る方法はいくつも存在します。

「10円玉に邪念を込めて、道端に捨てることで、次にその10円玉を拾った人に呪いをかける。」

「家の持ち主に、入り口の扉を自ら開けさせることで、結界に穴をあけ、そこから邪悪な物を家の中に送り込む。」

 この2つ以外にも結界を超えていく手段は多々あり、ほんの油断で身を護る結界は意味をなさなくなってしまう事もあります。

 この話を読んでいる皆さんも、身に覚えはありませんか?

 見知らぬうちに奇妙なモノを受け取ったり、何か正体のわからない物を拾ってしまったりしていませんか。

 そうやって、自分の結界の中に「何か」を引き入れているのかも、しれませんね。

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