おにがたり。

 鬼さんこちら、と手を叩いて。



 * * *



 鬼ごっこは大嫌いだった。足が遅くて、わたしはいつも鬼にされてしまう。鬼にされたらそのあとは、ずうっと鬼のまま。昼休みのチャイムがなるまで、わたしはみんなから避けられ続けるのだ。今日も、ほら。わたしから見えない距離まで行ってしまった。

 校庭には、知らない上級生や下級生がたくさんいる。各々サッカーをしたり、遊具で遊んだりして、鬼であるわたしに、目もくれないで。こんなに広い広い校庭で、わたしたちの他にも遊んでる人なんてたくさんいるのに──まるで、この世界にひとり取り残されたような気持ちになる。

 遊んでるのに、ひとりぼっちで。楽しいはずなのに、楽しくないよ。

 でてきてくれないの? わたしは、ずうっとひとりぼっちなの? 走りつかれて、もう走れないよ。鬼だけど、鬼じゃない。わたしも、みんなと遊びたいよ──。


「鬼さんこちら!」


 声がして、ハッと顔を上げた。頭の上で手を叩いて、こちらに笑いかけている。動けないでいると、もう一度、声がした。


「鬼さんこちら! 手のなるほうへ!」


 独特のリズムで奏でられる歌のような声。それに合わせて、楽しげに響く手の音。

 あぁ──わたし。そっちへ行ってもいいの? もう走れなくて、ふらふらと近寄る。手の音は止まない。普通はどんどん遠くなるはずのその音は、だんだん近くに。


「……どうして、逃げないの、よっちゃん」


 わたしは思わず尋ねた。目の前のよっちゃんは、にっこりと笑ってわたしの手をとった。


「だって、ちえちゃんばかりが鬼やってるでしょう? それじゃ、ちえちゃんが楽しめないでしょう?」

「……わたし、」


 わたしのせいで、みんなが楽しめてないと思ってた。また鬼になった自分が嫌で、みんなを捕まえられない自分が嫌で、鬼ごっこなんて大嫌いで。


「鬼ごっこなんて大嫌いだったよ」

「……うん、じゃあ明日からは」


 よっちゃんは、ニコッと笑って、わたしに背中を向けた。あぁ、そっか。さっきタッチしたから、いまはよっちゃんが鬼なんだ。


「ちえちゃんがやりたい遊びをしよう。そしたらみんなが楽しいよ」


 そう言うと、鬼のよっちゃんは、他のみんなを捕まえに、広い校庭に駆け出して行った。

 わたしは、初めて“鬼”の背中を見た。その背中は、“鬼”らしく大っきくて、でも優しい背中だった。



 * * *



 鬼さんこちら、と手を叩いて。

 響く音は、高く、優しく。

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