夢の続きを見る魔法


「……真衣。俺さ、お前に話あるんだけど」


 そう言う耕助の目はすごく真剣で。あたしはすぐに動けなくなった。耕助はそっとあたしの手を取り、真っすぐあたしを見つめながら言った。


「俺……お前のこと、ずっと好」



 * * *



 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ。

 喧しい目覚まし時計の音を聞いたとき、さっきまでの出来事が夢だったことに気付いた。


「夢オチ……? さいあく……」


 夢には自分の欲望が出るというけど、これには驚いた。ずっと好きだった耕助が、あたしに告白してくるなんてさ。あたしどれほどまでに餓えてるんだか。……にしても。


「夢とはいえ、もうちょっとで“好き”って聞けたのに。すんどめとかまじ有り得ないんだけど」


 1人でぶつぶつ言いながら、起き上がるのが面倒で天井を見上げる。……夢でもいいから聞きたかった。くそ……もう一回寝れば同じ夢が見れるだろうか。


「夢の続きを見るコトをお望みで?」

「……!?」


 あたししかいないはずの部屋で、聞こえるはずのない声がした。あたしは驚いて勢い良く飛び起きる。


「うわっ!」


 ベッドの横に、見知らぬ人が立っていて、思わず叫び声を上げた。


──誰……! 

 そいつは頭には赤いベレー帽をしていて、顔には小さな丸メガネをしている。不気味なほど大きな鷲鼻に、薄ら笑いの口元。左手には木でできたパレットを持ち、右手には絵筆を持っている。見なりはまさに絵描きのようだけど、明らかに不法侵入の怪しい奴だった。


「あぁ、怪しいものではございませんよ。私は“夢描き”。皆さんの夢の続きを描いてあげることを生業としています」

「……夢、描き?」


 あたしは恐る恐る聞き返した。夢を描くって一体どういうこと……? 


「ハイ、続きを見たい夢に限って、もう一度眠りについても見れなかったりするでしょう? そこで、私たち夢描きが、夢の続きを描いて差し上げる、というコトです。」


 夢描きは薄ら笑いのまま、そう言った。酷く不気味な男だ。言ってることもよく分からなくて胡散臭い。


「夢の続きを描くってどういうことよ? 胡散臭い」

「そのままの意味です。私たちはこの筆とパレットであなた方の脳内に直接夢を描きます。もちろん、私たちは好き勝手に描いたりしません。あなた方の欲望に、いたって忠実にお描きします」


──欲望に、忠実に? 

 あたしはその言葉にドキリとした。さっきの夢みたいな幸せが、もう一度味わえるというの? 


「私たちは、夢の続きを見たいと強く願っている人のもとにしか現れません。次は訪れるかわかりません。チャンスは今しかありません」

「え? ちょ、ちょっと待ってよ」


 夢描きはやたらと早口であたしを急かした。どうしよう。確かにすごく胡散臭い。

 でも、さっきの夢……。あの耕助が、あたしを好きだと言ってくれる。あの真剣な瞳で、あたしだけを見てくれる──。


「……続き、見たい。さっきの、夢──」


 夢描きはにやけた口元をさらに歪めながら、言った。


「了解しました。では、横に──」



 * * *



 舞台はさっきと同じく学校の教室。あたしは耕助と向かい合っていて、さっき夢から覚める前と全く変わらない状態で意識を取り戻した。


「真衣……聞いてる?」

「えっ……あ、聞いてる。な、何?」


 耕助はさっきより手を強く握って、あたしを見た。あたしの心臓は、バカみたいに早く脈打っている。


「俺……お前のこと、ずっと好きだった」

「は……」

「俺と、付き合って」


 どんなにこの言葉を望んでいただろう。大好きな人からの告白。これほど嬉しいことはない。返事なんか、とっくに決まっている。


「……はい」


 耕助は、あたしの返事を聞いた瞬間、子供みたいな笑顔で笑った。すると、握っていたあたしの手を引き寄せて、あたしのことを思い切り抱きしめた。


「ちょ! 耕助っ……」

「嬉しい。まじ嬉しい。真衣、大好き」


 耳元で聞こえる耕助の声は、あたしの思考を停止させる。そういえば、最近読んだ漫画にこんなシーンあったっけ……。耕助は強く強くあたしを抱きしめる。


「耕助、そんなに強く抱きしめたら痛──」



 言い掛けて、言葉を止めた。ううん、痛くない。痛みなんて一つも感じない。あぁ、やっぱりこれは夢なんだ。目覚めれば、いつもどおりあたしのことなんて眼中にない耕助が、そっけない態度をとるんだ。


「強く抱きしめると……何?」

「──ううん、何でもない。もっと、もっと抱きしめて。好きって言って……」


 夢でもいい。夢でもいいから、まだこうしていたい。

 二度寝に呆れたお母さんがあたしを起こしに来るまで、もう少しこのまま。



 * * *



「ったく、真衣? いつまで寝てるの? もう朝ごはんできてるんだから、さっさと起きて食べちゃいなさい! ほら、遅刻するよ! 真衣、真衣! 起きな──真衣? ねぇ……真衣……?」



 * * *



 私は夢描き。私の仕事は、夢の続きを描いて、皆さんをこちら側に導くこと。

 こちら側はいいですよ。争いもいざこざもない。すべてがあなたの思い通り。


 さぁ、あなたも、続きを見たい夢を見たときにはどうぞ。どんな夢でも描いて見せましょう。

 こちら側から、戻れる保障はいたしませんが──。

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