ふたりぼっちのかくれんぼ

 私は、自分のことが大嫌いだった。顔も、体も、性格も、とにかく全部大嫌いだった。そんな自分を変えたくて、私は親の反対を押し切って上京──必死でお金を貯めて、整形に手を出した。顔が変われば、心も変われると思ったのだ。もう私には不細工だった昔の面影はない。実の親でさえ、私のことが分からなかったくらいに。

 でも、顔を変えたところで、性格が変わるわけはなかった。単身田舎を出て、大金をつんで整形をして、私が得たのは虚無感だけ。誰も本当の私を知らないこの場所で、私は虚無感を抱えて日々を送っていた。



 * * *



 そんなある日のこと。私は買い物からの帰り、何気なく交差点で信号を待っていた。


「……遥ちゃん?」


 すると、人ごみの中から、私を呼ぶ声が聞こえた気がした。気のせいだろうか。この街で知り合いなど数えるほどしかいない。とりあえず辺りを見渡してみると、同い年くらいの女性と目が合った。


「あ……すみません、えっと……!」

「──……!」


 私は思わず、目を見開いた。そこに立っていたのは、とても懐かしい顔だった。田舎で暮らしてた頃の幼なじみ。よく一緒にいた友達。私が何も言わずに都会に飛び出すまで、親友だった人──。


──実乃梨……! 

 喉まで出かかった言葉を必死で止める。

 今、私の名前を呼んだ!? こんな変わり果てた姿で、私のことが分かったの!? 親でさえ、私が言うまで気が付いてくれなかったのよ!? 

 混乱して、様々な思いが頭の中を駆け巡った。どさくさに流れてくる記憶が、頭の中を占拠する。いつかの、かくれんぼの記憶──。


“もう! 何で実乃梨にはすぐ見つかっちゃうんだろう!”

“だって、あたし遥ちゃんのこと大好きだもん! 遥ちゃんのことなら、絶対に見つけられちゃうよっ!”


 あの時実乃梨は、一点の曇りもない笑顔で、笑った──。


──……なんて、まさかね。

 私は自嘲ぎみに小さく笑う。こんなの、子供のかくれんぼとはわけが違う。私は冷静に、実乃梨に答えた。


「……何でしょう?」

「すみません……雰囲気が、友人に似ていたものですから」


 実乃梨は困ったように笑った。……友人……? 


「そ……その方はこの街に?」


 あぁ、聞いてしまった。私は何を期待しているんだろう。


「いえ……ただ、その子は何も言わずに上京してしまった、とお母さまから聞いて……。お別れもできなかったんです。だから、仕事の都合でこっちに来るときは、探すようにしてて」


 実乃梨は目を泳がせながら頬を掻いた。あぁ──やっぱり、彼女が言ってるのは私のことだ。

 実乃梨。私はここよ。

 言いたいけど、整形を繰り返したことへの罪悪感と、過去の自分を捨てたことに対してのプライドが邪魔をして言葉が出なかった。


「って、私今会ったばっかりの人に何を言ってるんですかね。すみません」


 実乃梨は困ったように笑う。自分が恥ずかしくなるほど、彼女は昔のままだった。私が何も言えずにいると、実乃梨は腕時計を確認してはっとした。


「あ……じゃあ、すみません。引き止めてしまって。では……」


 実乃梨は軽く会釈をすると、私の反対方向に向かって歩き出した。


「あっ……! あのっ……!」


 私は実乃梨を思わず引き止めてしまった。何をしているんだろう。上京の淋しさがたたったのか──自分で切り捨てたはずの友人を呼び止めるなんて。今、呼び止めて何を話すの……。


「──その友人って、どんな方だったんですか……?」


 実乃梨は私の質問に、実乃梨はニッコリ笑った。まるで、あの時みたいな笑顔──。


「優しくて、人の痛みがよく分かる、素敵な人です。彼女は私の憧れでした。今でも、彼女は大切な親友です」


──……! 

 信じられなかった。彼女の言葉が、全部。でも……彼女の笑顔は、本物だった。実乃梨はもう一度会釈をすると、また歩きだした。


──行ってしまう。もう二度と会えないかもしれないのに。


──大嫌いだった私のことを、大好きだと言ってくれた彼女。何故、そのことを忘れていたのだろう。


「……っ!」


 私は人込みを掻き分けて、実乃梨のもとへ走った。いろんな人に嫌な顔をされても、気にしない。

 実乃梨。実乃梨。実乃梨。私の、大切な──


「実乃梨っ!」


 実乃梨は、私の声に振り返った。私の姿を見て、不思議そうな顔をしている。私は息を切らしながら、実乃梨を見つめた。


「また、私の負けだよ……! 私……私、実乃梨が思ってるような子じゃない! 自分のことが嫌いで、上京して整形繰り返して……! それにっ──」


 あぁまずい。泣きそうだ。実乃梨の顔がよく見えない。今、どんな顔をしているんだろう。


「……もういいかい?」


 不意に、実乃梨が呟いた。私は俯いていた顔を少し上げる。実乃梨は小さく首を横に振って、もう一度呟いた。


「もういいかい?」

「……あ」


 その言葉の意味に気付いて、私は小さく声を上げた。


「もういいかい?」

「──っ! もう、いいよ……!」


 あぁ駄目だ。涙が止まらない。

 実乃梨は私の言葉を聞くと、やはり涙をこぼして、私を力一杯抱きしめた。


「遥ちゃん、見ぃつけた」


 その声はとても温かくて、何だか余計に涙が溢れた。街中で、いい歳の女二人が何やってるんだろう。でも、今はそんなことどうでもよかった。今はただ久々の温もりに、身を任せていたかった。


 ふたりぼっちのかくれんぼ。

 普通ならどこか淋しいはずのそれも、何故かすごく温かい。

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