1-8
「いやー参った! まさかあんなところに出てくるとは……」
制服姿の男が手にしていたショットガンを放り出し、フルフェイスヘルメットを装着した頭を抱えて呻くと、隣で見ていた男子生徒は腹を抱えて大笑いした。
「だっせー藤本、反応速度遅すぎ。そんなんじゃ特進の道は遠いな」
藤本と呼ばれた男はヘルメットをとると、小さい目を三角にして男子生徒を睨みつける。
「うっせーな、特進なんてハナから狙ってねえよ。こんなのの最終ステージまで行くなんて不可能だって。だいたい、田中だってまだステージ二のくせによ」
「そりゃあ、軍が実際に訓練で使ってるゲームだから、その辺のぬるいお遊びゲームとは訳が違うだろ。なにせ、最終ステージをクリアしたヤツは特進に必要なポイントが大幅加算されんだから」
田中の言葉に、藤本は深々と頷きつつ溜息を吐いた。
「だよなあ……今までに特進したヤツこの学校でいたっけ」
「三年前に一人いたって話を聞いたけど、それ以来いないんじゃん?」
「いいよなあ特進……訓練中から給料が出るわけだろ。うまいモン食い放題じゃん。俺だってもうちょっと素質がありゃ絶対狙ったけど……まあいいや。とりあえず次誰? ……っと」
ヘルメットを手に辺りを見回した藤本は、すぐ後ろにたたずむ颯太の姿を目に留めると、ニキビだらけの頬をニヤリと引き上げた。
「おやおや真白様でございましたか。どうぞどうぞ小汚いメットで申し訳ありませんがw」
両手で捧げ持つようにしてうやうやしく差し出されたヘルメットに颯太はおずおずと両手を伸ばしたが、手がヘルメットに触れる直前、わざとらしく藤本が手を離す。
ヘルメットはやけにかん高い音を立てて白い床を三転した。
「誰だ!?」
音を聞きつけた教師が即座に速足で駆け付ける足音が聞こえて、颯太はそのまま動けなくなった。
教師は床に転がったヘルメットと颯太を血走った目で交互に睨みつけると、イラついた様子でがなり立てた。
「また真白か! それは精密機器なんだから、大事に扱えと言ったはずだぞ」
「……す、すみません」
颯太が身を縮めながらやっとのことでそれだけ言うと、藤本が苦笑交じりに口を開いた。
「大丈夫っすよ先生。真白クンち金持ちだから、ぶっ壊れたら弁償してくれるっしょ」
教師は眉根に深いしわを寄せてチラリと藤本を見やった。
「別にこの機器は破損があれば軍から無償支給されるからその心配はないが、だからと言って乱暴に扱っていいというもんでもない。われわれの税金が使われてるんだからな」
教師はそう言うと、動けずにいる颯太を上方から睨み下ろした。
「真白はわからないかもしれんが、われわれは税金を納めるのも必死なんだ。学校の器物はその税金で支給されている公共物だ。もう少し公共心をもって大切に扱え。わかったな」
「は……はい」
背後に藤本たちの笑いをこらえている気配を感じながら、颯太は悔しさに歪む顔を見られまいと急いでヘルメットを装着した。
スペースに入り、目の前に置かれている模擬ショットガンを手にする。銃身に装着されているスイッチを入れると、途端に四方に3D映像が展開した。軍用ヘリに搭乗し、作戦行動の説明を受ける場面から始まって、パラシュートによる降下の後、敵を倒しながら個別に作戦行動を展開する。上官や仲間から入る状況連絡を把握しつつ作戦に沿った適切な行動をとりつつ、散発的に現れる敵を的確に撃ち倒さなければならない。よくある市販のシューティングゲームとは違い、敵はあくまで現実の軍隊である。また、一般市民が混じるのがこの訓練用ゲームの特徴でもある。一般人を誤射した場合点数は加算されず、その数が一定数を超えるとそこでゲームオーバーになる。
一般人の誤射という事態は現実の戦場でも十分にあり得ることであり、それに対する注意を喚起する意図でこの設定が用いられていることは颯太にも想像はついたが、これが彼にとってはたまらなく苦痛だった。誤射してしまった場合、流れ出る血や死体の表情まで、この高度なグラフィックは精緻に表現するのである。それが女性だったり子どもだったりする場合すらある。初めて誤射してしまった時などはこみ上げる嘔吐感に耐えきれず、それ以上ゲームを続けられなくなった。今ではさすがにそこまでひどくはないにしろ、後味の悪さは相変わらずだ。動体視力もさほどいいとは言えず、作戦行動自体にもイマイチ身が入らない彼にとっては、シューティング学習は最も苦手で嫌いな活動の一つだった。
しかし、他の連中はこの時間を楽しみにしているらしい。勉学から解放され、攻撃本能を存分に開放でき、その上高得点をとれば即将来への道が開けるのだから当然と言えば当然だ。この学校では従軍はポピュラーな卒業後の進路の一つだが、最終ステージをクリアしたものには一階級昇進という特進待遇での入隊が約束されている。下級兵は訓練期間は無給で、しかも昇進するまでは大部屋での集団生活を余儀なくされる。しょっぱなから給料をもらい、個室も与えられる特進は、進む道が限られた下層階級の人間にとって喉から手が出るほどほしい好待遇なのだ。一般市民を殺したと言ってもしょせんはバーチャルと割り切って活動に専念している生徒がほとんどだった。
颯太は一度、このシミュレーションゲームが好きではない旨を級友に打ち明けたことがあった。まだこの学校に来て間もない、富裕層と下層階級の
『いいよな真白は。そうやってえり好みしても生きていかれる余裕があって』
『おまえはせいぜい吐いてりゃいいけど、俺たちはそれをやらなきゃ生きていかれねんだよ。つか、それを見て吐かれる俺らの身にもなれっつんだよタコ』
期待していた労わりや共感の言葉の代わりに投げつけられたそれらの言葉は、今でも耳奥に残っている。
『住む世界が違うんだよ』
ふと、昨日、坂本に言われた言葉がよみがえってきた。
『港南台は公立ン中ではまだましな方だけど、それでも公立だろ。基本的に俺らとそいつらじゃ住む世界が違う。わかりあおうなんて不可能なんだよ』
坂本の話では、彼の通う私立にこうしたシミュレーション授業はなく、代わりに、スカイプやズームで世界各地の同年代の学生と交流したり、株や保険に関する知識を得たり、企業の研究部門で最先端技術を見学したりする授業があるそうだ。実際にクラスで株を運用し、その利益をクラス費として各クラスで自由に使っていい制度まであるらしい。楽しそうに話す坂本の顔を眺めながら、中学の時には確かに隣にいたはずの彼が、はるか遠くへ行ってしまったような気分に襲われた。
先日、階層ごとに人間を分断するような緑川の発言を戒めたばかりの颯太だったが、ここまで活動や生活に差があると、もしかしたらそれが真実なのかもしれないという気にすらなって来る。
などと考えながらぼんやりしていたら、突然、轟音とともに座席が大きく揺れた。ハッとして画面に目をやると、『GAME OVER』の文字が大写しになっている。どうやら、敵兵に狙撃されてしまったらしい。颯太は小さく息をつくと、電源を落とした。とりあえず、颯太にとっては一般市民を撃つよりは自分が撃たれた方がマシな終わり方だった。しょせんシミュレーションに過ぎないのだから。
――でも。
ここにいる何人かは、卒業後現実に軍隊に入り、銃を携えて戦場に行く。その時「自分が撃たれた方がマシだ」などという甘ったれた思考をするわけにはいかないだろう。彼らは生き延びるために引き金を引く。一般市民を誤射する可能性に怯えている場合ではない。殺さなければ殺されるのだから。
そこまで考えて、颯太はハッと息を呑んだ。
なぜこんなシミュレーションが底辺と言われる公立校に遍く普及していて、上層部の子弟が集う私立校にはないのか。その理由に思い当たったような気がしたからだ。
『住む世界が違うんだよ』
わざとヘルメットを落とし、教師に怒られる自分を見ながら歪んだ笑みを浮かべる藤本の顔と、株取引を学ぶためにそろえてもらったディスプレイに囲まれた坂本の満ち足りた笑顔が交互に頭に浮かんでは消えた。
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