第4話 思い出の世界

 ああ、あの事故の時。そう、私はあの場にいたのよ。あれは可哀そうだったわね。年の離れた兄妹だと思うけれど、妹さんはお兄さんがとても好きだったのね。小さな足で一生懸命お兄さんを追いかけてたわ。


 お兄さんも妹さんのことが大切だったのね。突き放せなくて、諭すように何度も「家に帰れ」って言っていたのだけど、目を離すとすぐに付けてくる。約束の時間でもせまっていたのか、随分焦っているようにも見えたし、大変そうだったわ。


 私は彼らの後を追うように歩いていたのよ。だから一部始終見てたってわけ。誰も悪くない、不幸な事故だと思うわ。


 何度言っても言うこと聞かないもんだから、お兄さんも最後には諦めちゃったのね。ちらちらと後ろを伺いながら携帯電話を取り出してどこかに電話をしていたわね。多分、ご両親のどちらかなんじゃないかしら。どうしても付いて来ちゃう妹さんを、どこかで引き取ってもらおうとしてたんだと思うわ。


 それで少し目を離したと思ったら、妹さんにトラックが突っ込んできたってわけ。もう悲惨だったわね。その場所は。お兄さんはそれはもう取り乱して、トラックの運転手を殺しかねない勢いだった。え? 信号? わからないわ。赤だったのかなんなのか。でもね、私みたいな素人でもわかったわよ。ああ、これは助からないなって。


 それくらいひどい事故だったのよ。青信号だったとしても、あんなにスピード出すことなかったんじゃないかしら。あのトラック。


 それでね、私も気になったからその後のことちょっと調べてみたのよ。え? わかるわよ。この辺に住んでいるんだもの。少し聞き耳を立てていればいろんな情報が入ってくるものよ。


 それでね、やっぱりあの妹さん、寝たきりの状態になっちゃったんですって。いわゆる植物状態ってやつね。まだ若いのに可哀そうにね。でもね、お兄さんが妹さんのために一生懸命努力して、なんでもすごいシステムを作ったって話なのよ。だから妹さんはずっとベッドの上にいるけど、今は私達と変わらないようなバーチャル世界で、どうやら生きているらしいのよ。いい話よね。


 え? 意味がわからない? だからね、お兄さんが大学を卒業した後、どこかの研究室で、植物状態の人に夢を見せてあげるシステムを作ったんですって。少しのゲーム要素も入っていて、自分の選択次第でストーリーも変わってくるらしいわよ。五感も働くようになっているんですって。少し前に話題になったじゃない。あなたニュースとか見ないの? だからね、妹さんは今、病室で延命措置を受けながら、私達のいる現実と変わらない夢をずっと見続けているってわけなのよ。すごいわよね。

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