第2話 白雲の世界
遠くからお爺ちゃん先生が僕を呼んだ。
これが僕の持つ一番古い記憶だ。
もう少し詳しく思い出してみようか。
そこは多分、雲の上だった。多分としたのは、あたり一面、白くほわほわとしたもので埋め尽くされていたけれど、そこが実際に雲の上だったかどうかはわからないからだ。
でも、空の上だったことは間違いない。空の上の、白い世界。それなら雲の上と考えるのが普通だと思う。
足元はほわほわとしていて、いくら転んでも痛くなかった。僕らはその白い世界で毎日遊んで暮らしていた。
そう、そこには僕以外にもいろんな子がいたんだ。だけど、どんな子だったかはうまく思い出せない。夢の中で会ったおぼろげな形を、間違いなく知り合いだと思って話している感覚に近い。その子達は確かにそこにいたけれど、思い出そうとしても姿は浮かばず、でも話したことだけは覚えている。そんな感じだ。
その中で唯一、姿をはっきり覚えているのが、お爺ちゃん先生だ。いつも優しく、気がつくと僕らの側にいた。きっと、僕らをまとめる役割を持っていたんだと思う。
お爺ちゃん先生は、たまに僕らを呼んで、いくつもの屋根を飛び越えて女の人を見に連れて行った。そしてその女の人のことを好きかどうか聞いた。「わからない」と答えると、にっこり笑って、気がつくとまた、白いほわほわした元の場所に戻っていた。
ほわほわな毎日だった。
あの時も、お爺ちゃん先生が僕を呼んだから、また女の人に会いに行くんだなと思った。今度はどんな人だろうと思いながら、お爺ちゃん先生についていくと、きらきらと眩しいくらいに輝く女の人に出会ったんだ。
その人は気持ち悪そうな顔をして、黄色い飲み物を飲んでいた。だけど僕には、その人が見とれてしまうくらい美しい人に見えたんだ。
いつものようにお爺ちゃん先生が僕に聞いた。「この人が好きかい?」
「うん、好き」
僕がそう答えると、お爺ちゃん先生はいつものようににっこり笑って、また白い世界に戻った後、こう告げた。
「あの人が、君のお母さんだ」
その時から、僕はその「お母さん」ばかりを見つめていた。優しく笑う姿。お腹をなでながら鼻歌を歌う姿。時には、動きの重くなった体にイライラしている姿もあった。どんな姿も好きだった。どれだけ見ていても飽きなかった。
あっという間に時間が過ぎて、お爺ちゃん先生が「迎えに来たよ」と言った。そして僕を白い世界の果てに案内した。
どうしてそこが果てだとわかったかって? 直感としか言いようがないかな。
「君はいよいよ、君の大好きな人のところに行く」
お爺ちゃん先生はそう言うと、腰に下げていたバッグから小さな小さな魂を取り出した。
「この子も後から君のところに行くから、よろしく頼むよ」
僕よりも不確かで小さな存在。触ると壊れてしまいそうな、か弱い魂。
「小さいからって侮っちゃいけないよ。この子は君よりずっと前にお母さんを選んでいたんだから」
お爺ちゃん先生の言葉を最後まで聞かないうちに僕はこの世に産まれてきた。それからずっとずっと、待ってたんだ。いつか一緒に遊ぶ日を夢見て。
遠くからお爺ちゃんが僕を呼んだ。
お父さんに引き渡されてママに会いに行くと、その腕の中に、いつか見た小さな小さな魂がいた。
僕よりずっと小さいくせに、強く生きる意志を持った存在。
可愛くて可愛くて、ずっと守ってあげようと思ったんだ。
「こんにちわ、僕の妹。待ってたよ」
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