第5回

 少女は名をルーラといった。歳はレイチェルより下だろうが、詳しいことは訊かなかった。そんなことはどうでもいい、とレイチェルは思っていた。

 ルーラと長い時間を一緒に過ごすようになったが、彼女の顔は白く綺麗なままだった。じっと眺めつづけても、決して影は見えてこない。それが嬉しくて、レイチェルは飽きもせずルーラの顔を見つめていた。

 視線に気づくとルーラは悪戯っぽく笑って、レイチェルの額に口づけしてくれるのだった。押し当てられる唇はいつもひんやりと冷たくて、気持ちがよかった。

 美しいものを見る、という占い師の言葉を思い出しては、レイチェルは満たされた気持ちになった。美しいもの、というのはまさしくルーラのことだ。幸せになれるとは限らない、などと言われたが、気にすることはなかったのだ。ルーラと一緒にいれば、それだけでレイチェルは何もいらなかった。

 ラナのところには帰らなかった。置き放しにしてきた私物もあった気がしたが、もはやどうでもよかった。どうせほとんどが買い与えられたものなのだ。返したと思えばいい。未練は一切なかった。

 ルーラはラナと違って、いっさいレイチェルを束縛しようとしなかったが、レイチェルはかえってルーラのもとに入り浸るようになっていた。

 そうして心底満足して過ごしていたある夜、レイチェルが目を覚ますと、隣で眠っていたはずのルーラが、心配そうにこちらを覗きこんでいるのに気付いた。

「どうしたの、ルーラ」

 ルーラは「ごめんね」と小さく呟き、

「なんだか魘されているみたいだったから。厭なことがあるの? もし何かあるなら、遠慮しないで言って」

 レイチェルはルーラの首に腕を回して引き寄せると、穏やかな声音で、

「何でもないよ。本当に。いまが一生で、いちばん幸せ」

 嬉しい、とルーラが声を洩らしたので、レイチェルも嬉しくなった。ルーラはレイチェルの額に自分の額を押し付けて、

「でもあなた、何か心の底で気にしてることがあるような、そんな感じがするの。わたしに秘密にしてること、あるんじゃない?」

「そういう風に見える?」

 レイチェルが問うと、ルーラは頷いた。

「これだけ一緒にいたら分かるよ。わたしにだけは教えて。きっと、力になるから」

 何でもお見通しなんだ、とレイチェルは思った。やはりラナとは違う。あの人はこんなに自分のことを気にかけてくれなかったし、ただ好き放題に扱ってひとりで満足するだけだった。ルーラはちゃんと、わたしのことを大切に思ってくれている。

「うん、実はね」

 そう、躊躇いがちに切り出した。ルーラの透き通った瞳に見据えられると、そのまま吸い込まれていきそうになった。レイチェルはすっかり、自分のことをさらけ出したくなった。

 幼いころから見えつづけていた影のことを、ルーラに話した。ほとんどの人間に影があること。それが我慢できないほど不気味で気色悪いこと。あまりに気分が悪くて、影のない人としか一緒にいられないこと。ルーラにはその影がなく、とても美しく見えること。

「こんな話、嘘だって、信じられないって思うかもしれないけど」

 レイチェルが怖々、そう締めくくると、ルーラはぎゅっとレイチェルを抱きしめた。

「信じる。信じるよ。とっても怖かったね。辛かったんだね」

 ありがたくて涙が出てきた。話して本当によかった――とレイチェルは胸を熱くした。

「それが見えるってことは、あなたの目が特別だっていう証拠なんだよ、きっと。悪いことじゃない。ただ特別なだけ」

 ルーラはレイチェルの髪を優しく撫でながら、赤ん坊をあやすような口調で言った。

「大丈夫。あなたは取り憑かれた人のことを、きっと助けてあげられる。特別なあなたには、特別な力があるの。きっとそう。あなたは取り憑かれた人たちの、救い主になるの」

 穏やかな声で言い聞かせられながら、レイチェルは眠りに落ちた。

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