言葉達が死んでいく

 言葉達が死んでいく。死んだ言葉達は、墓場に行くのだろうか。


「明菜、どうしたの、ぼーっとして」

「……あ、いや、考え事」

「あはは、大丈夫? 仕事忙しいらしいじゃん、寝れてないんじゃないの?」

「あー……それはちょっとあるかも。納期近くて」

「もうバリバリのキャリアウーマンだねぇ明菜は」


 久々に会った高校時代の友人達とランチ。卒業してから10年余り経つというのに、こうして集まれて近況報告をし合えるというのは有難いことだと思う。昔から目的なくたむろして、下校時間までおしゃべりをしていたような私達だ。こうして久々に会ったというのに、話題はいつまでも尽きない。


「……美沙子は、順調なの? お腹の赤ちゃん」

「うん! この間検診行ったけど順調だって!」

「でも驚きだよね~。あんなに真面目だったアンタが年下男子とデキ婚しちゃうなんて」


 朋恵が冗談めかして笑う。それは本当にそう思う。あの頃、メガネでシャツの第1ボタンまでしっかり止めていたような美沙子はもういない。私や朋恵の猥談にも、愛想笑いだけでついてこようともしなかったのに。


「授かり婚って言ってよね。デリカシーないわ~」


 朋恵の発言に美沙子はため息をついた。朋恵は昔から歯に衣着せぬ物言いをする。もう慣れっこだが、昔はよくそれで衝突したりもした。今となってはいい思い出だけど。


「朋恵はどうなの? 最近、旦那と」

「絶賛離婚調停中よ」

「え! 何で!? 何があった!?」

「不倫だよ不倫」

「ちょっと待って、詳しく話そうか」


 そこからは、朋恵の旦那の話を事細かに聞いた。私達はなるべくゆっくりゆっくりご飯を食べ進める。これを食べ終わったら、この楽しい時間は終わってしまう。

 あの頃、時間は無限だと思っていた。昼休み、机と机を向き合わせながら、冷凍食品がたっぷり詰まった弁当をなるべく早く食べ終わらせようと、美味しくない自販機のミルクティーで無理やり流し込むような。そんな無意味でしょうもない時間が、ずっと続くのだと思っていた。

 でも、さすがに30近くもなって、そんなことはないのだと思い知る。時間は有限で、しかもあっという間に過ぎ去ってしまう。化粧ノリも悪くなるし、もう無敵の女子高生ではいられない。大人になった私達は、仕事にも追われるし、ママにもなるし、ドロドロした大人の愛憎劇も繰り広げる。

 大人になった私達は、明日の数学の宿題を憂うこともなければ、生活指導の先生の悪口を言い合うこともない。クラスのイケメン男子のことを話題にしないし、帰りにプリクラ撮りに行こうだなんて言わない。

 あの頃、何の気なしに発してきた言葉達が死んでいく。『仕事』とか『結婚』とか『旦那』とか『妊娠』とか『離婚』とか、別の言葉に上塗りされて。


 でも──。


「あー……懐かしいよね、この感じ。だらだら喋るけど、結局何も解決しないみたいな」

「ほんとほんと。楽しかったなぁ、あの頃」

「今もさほど変わんないけどね」

「確かに」


 あの頃に発した言葉達が、もう二度と生まれてこないとしても。あの頃の私達は、確かに輝いていた。


「次は美沙子の出産祝いだね。また集まろうね」

「朋恵も、離婚出来たらお祝いね!」

「明菜、仕事落ち着いたら連絡してね」

「うん、了解」


 今を生きる私達の言葉も、きっといずれ死んでいく。きっと、『終活』とか『年金』とか『孫』とか、また別の言葉に上塗りされて。

 それを感じた頃の私は、今と同じように「あの頃は輝いていた」と思えるだろうか。いや……。


──思えるように、生きるしかないか。


 スケジュール帳を開いて、日程を確認する。ズラしようのない納期。明日からもまた戦争。頑張るしかない。今はまだため息しか出ないけど。


 あ、と思い出す。閉じてしまう前に、数ヶ月後のページに美沙子の出産予定日を書き込んだ。

 なんて言葉でお祝いしようかと、新しく生まれる命と言葉に思いを馳せながら。

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てのひらの春 天乃 彗 @sui_so_saku

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