桜の雨


「雨で散る桜ほど悲しいものはないね」


 わたしは傘の中で小さく呟いた。昨日歩いたときは、ため息がでるほど綺麗だった桜並木を歩きながら。

 隣で私と同じく傘をさす彼は、呑気な表情で上を見る。曇り空。風も強くて、気が滅入りそう。


「そうかなぁ」

「そうだよ。決まってる。わたしが桜だったらぐれちゃいそう」


 わたしの言葉に、彼は笑みを浮かべた。


「桜の気持ちになって考えたことは無かったなぁ」


 彼は、少しツボに入ったらしく、しばらくクスクス笑っている。そこまで笑わせるつもりはなかったんだけど。


「笑いすぎ」

「ごめんごめん、まぁ、分からなくもないけど」


 彼はもう一度、傘の中から桜を見上げる。そして、小さく微笑んだ。


「僕は、嫌いじゃないな。雨の日の桜も」

「どうして?」


 尋ねると、彼は笑みを浮かべたまま「上、見てごらん」と言った。訳がわからないまま、上を見る。

 お気に入りの水色の傘に、一枚、花びらが付いていた。


「あ」

「素敵な模様だね」


 水色の傘に、薄桃色の花びら。悔しいけど、それは、少し、綺麗で。


「桜の雨だ」


 降りしきる雨のなか、わたしは彼の声に小さく頷いた。

 今日の天気は、桜のち晴れ。

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