精密機械の女


 私の職場には、精密機械の女がいる。

 彼女は鋼鉄でできている。だからピクリとも笑わない。

 仕事中は、私語は一切しない。おそらく、プログラミングされた言葉しか発せないからだろう。ちなみに、プログラミングされていると思われる言葉は、「はい/いいえ」「了解しました」「出来ました」「修正箇所はありますか」などである。すべて抑揚のない機械のような声で発する。

 私語がないぶん、彼女は誰とも馴れ合わない。おそらく、仕事用に開発された機械だから、馴れ合いの機能はついていないのだろう。

 しかし、プログラミングされた言葉を見れば分かるように、彼女は非常に優秀だ。仕事のミスは絶対にない。残業もない。必ず定時で帰れるように仕事を完璧にこなすからだ。そんなこと、普通の人間ならありえないだろう。精密機械でもないかぎり。前から怪しいと思っていたが、考えてみて確信した。


──彼女は精密機械に違いない、と。



 * * *



 そう確信してから、私は彼女が精密機械である証拠を探し出したいと思うようになった。仕事中に彼女を観察し、どこかでボロを出さないものかと思っていたが、なにぶん相手は高性能の精密機械。毎日毎日きっちりと仕事をこなすだけだった。

 積極的に彼女に話しかけ、会話からボロが出ないか試してみた。「休日は何をしているのか」「実家は何処か」「何故あまり会話をしないのか」などなど考えた質問をしてみたが、「仕事中なので」とばっさり切られてしまった。

 会話から証拠を得るのは無理だ。そう考えた私は、視覚的証拠を探すことにした。普段から、彼女の観察は欠かさない。わざと彼女のデスクの近くを通り、うなじや耳の後ろにスイッチがないか見てみたが、見当たらない。

おそらく、外側からは見えない服の下か──あるいは口の中などにあるのだろう。なるほど、見つからないわけである。

 食事は何をとっているのだろう。彼女は昼休みになるとふらりといなくなるので分からない。私の推理だとガソリン、いや、もしかしたら今の時代、エコを考えて充電式なのかもしれない。どちらにせよ、普通の人間と同じものは食べまい。それを確かめるべく、さりげなく彼女を食事に誘ってみた。やはり顔をピクリとも動かさず、「いいえ、結構です」と断られた。

 しかし……これでまた1つ真実に近づいたぞ。食事してるところを見られたくない。もしくは食事をしないという事実を知られたくないから断ったのだ。やはり彼女は精密機械。


 この辺で、動かぬ証拠を得たいものだ。私は考えた。

 彼女が機械だとすれば、もちろん家はないはず。定時で彼女は会社を去るが、どこに帰っているのだろう。彼女の後をつければ、答えは見つかるのではないか。あれほどの精密機械であるならば、それなりの工場か研究所に帰還するのでは。

 私は自分の推理力に酔う。完璧だ。早速明日、うまいこと仕事を早く切り上げて、彼女の後をつけてみよう。



 * * *



 「用事がある」と部長に嘘をつき、私は見事仕事を早く切り上げることに成功した。会社の入り口の茂みに隠れ、彼女が出てくるのを待つ。時間ぴったりに、彼女は会社を出てきた。

 残念だったな。今日こそ君の秘密を暴いてみせる。高まるテンションを押さえつつ、彼女を尾行する。なるほど、彼女は徒歩通勤らしい。びっくりするほどの早足で歩いている。普段の運動不足がたたり、何度も見失いそうになるが、なんとか彼女を追う。

 だんだん、住宅街に入ってきた。おかしいな、工場らしき建物は見当たらない。少しばかり焦っていると、彼女はとある家の前で足を止めた。極普通の、2階建ての一軒家だ。そんなはずはない。

 慌てて持ってきた双眼鏡で表札を確認する。そこにははっきりと、彼女の名字が記されていた。


──バカな! 

 では、彼女は人間だというのか? 精密機械ではなく? 予想外の出来事にうろたえていると、彼女はそのまま門を開く。


「わっ!」


 不意に、彼女の声がした。プログラミングされていない、機械的でない、驚いたような声であった。彼女を見てみると、家の前で尻餅をついているではないか。何事かと事態を見守っていると、家の中から大型犬がすごい勢いで出てきて、うれしそうに彼女に飛び掛かった。大型犬はしっぽを大きくふりながら、彼女の頬をペロペロと舐めていた。


「あはは、ロバート、くすぐったい! ちょ……やめ……あははっ!」


 彼女は──楽しそうに、楽しそうに笑っていた。微笑みながら犬を撫でてあげると、立ち上がって、犬と一緒に家の中へ消えた。

 私はその様子を眺めながら、しばらく呆然と立ち尽くしていた。……どうやら私は、大きな勘違いをしていたようだ。彼女は、もちろん、人間で。だって、精密機械は、あんなふうに笑わない。

……一瞬で人を虜にしてしまうような、あんな笑みでは。

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