うさ耳天使

 俺、石原魁には二人の幼なじみがいる。

 一人は瀬川悠兎。保育園からの付き合いだ。無口で無表情で、周りからは「よく分からない奴」とか、「冷たい奴」とか思われている。でも実際は、ただ感情を表に出すのがへたくそな不器用な奴だ。

 もう一人は、藤沼美咲。小三の時に、美咲が転校してきてからずっと仲が良い。まぁ、俺ら二人に美咲が懐いてきたって感じだったけど……。美咲は小柄で可愛い。明るくて、可愛いのに気取らないさっぱりとした性格だ。そのせいか男にモテる。告白されてる現場に出くわしたことも、告白の伝言頼まれたこともしばしばある。でも美咲は、そのたびに、その中の“誰か”と一緒にいることじゃなく、“俺ら”と過ごすことを選んでくれた。俺は三人で過ごすことが好きだったから、それがすごく嬉しかった。

 そしてなにより、美咲が告白を断るたびに安心した。俺は、ずっと前から悠兎の美咲に対する恋心に気付いていたから。悠兎は不器用だから、自分から行動は起こさない。だからせめて、この時間を壊したくなかった。

 さりげなく悠兎を応援して、不器用な悠兎と鈍感な美咲とのもどかしい距離にやきもきしながら、俺はこの居心地の良さにずっと浸かれると思っていた。



 * * *



 俺たちは三人で同じ高校に入学した。朝、駅に集合して学校に向かう。ちなみに駅から高校までバスで十五分。まぁ楽でよし。本当に他愛ない会話とかをしながら、学校までの時間を過ごした。

 そんな日が何日か続いた、ある日のことだった。いつものようにバスに乗り込むと、先に歩いていた美咲が急に立ち止まった。後ろを歩いていた俺はびっくりして後ろに転びそうになる。後ろの悠兎が俺を支えた。


「お前っ……あぶねーよ!」

「えっあ、ごめん!」


 何だか様子がおかしい。いつも後ろの方の席に座るのに、美咲は運転席の斜め後ろの席にちょこんと腰掛けた。俺らはその後に続き、席に座った。今日の行動を不思議に思い、美咲を見てみる。


──……何かを見ている? 

 目線を追ってみると、運転手のすぐ後ろの席に、同じ制服を着た男が座っていた。後頭部しか見えないが、時たまちらっと見える顔からして、なかなかのイケメンだろう。切れ長の目に、通った鼻筋──きつそうな顔に見えるが、結構モテそう。

 もう一度美咲を見てみる。その男を見つめたまま、惚けている。今までに見たことがない表情だった。とても、可愛い。

 俺は瞬時に悟った。


──あぁ、美咲は、恋をしたんだ。

 一番訪れてほしくなかった時が、やってきたのだ。俺は思わず悠兎を見る。悠兎もまた、美咲の姿をじっと見ていた。



 * * *



 今まで知らなかったけど、美咲は恋をすると消極的になるらしい。いつも運転手の後ろの席に座る彼を、その斜め後ろの席からそっと眺めるだけ。そんな日々が続き、俺はもう気が気じゃなかった。

 たぶん、悠兎は気付いている。というか、これで気付いてなかったらすごい。

 行動を起こすわけでもなく、彼の後ろ姿をじっと見つめるだけの美咲を、悠兎はどう見てるんだろう。何年もの悠兎の思いはどうなるんだろう。考えると胸が痛んだ。美咲を見つめる悠兎の瞳は、とても哀しげだったから。

 学校に着くまでの十五分がとても長く、窮屈に感じた。正直、逃げ出したかった。



 * * *



 ある日の朝。

 駅に集合した俺と美咲が見たのは、うさ耳カチューシャを持った悠兎だった。片方の耳をぴょこんと折り曲げた、可愛らしいデザインだ。それを、悠兎は真顔で持っている。


「ゆ、悠兎……、何それ? 何に使うの?」

「……………………いや」


 美咲の問い掛けに、悠兎は答えない。美咲が困ったような顔で俺を見た。長年の付き合いといえど、俺もさすがにこれはさっぱり分からない。

 ☆そうこうしてるうちにバスがやってきて、扉が開いた。すると悠兎は、持っていたカチューシャをためらいもなく装着した。


──え、付けるの!?

 美咲も多分同じことを思っただろう。悠兎の行動がまるで解せない。悠兎はカチューシャを付けたまま、バスに乗り込む。俺は掛ける言葉が見つからないまま、急いで後を追った。

 いつもなら、俺らと一緒に美咲の思い人の斜め後ろの席に座る悠兎だが、今日は違った。彼の後ろの席につく悠兎。美咲は驚きを隠せず、口をパクパクとさせていた。後がつまるため、俺はとりあえず美咲をいつもの席に座らせる。


「かっ……魁! 悠兎は何をするつもりなのかな! どっどっどっどっどうしよう!」

「落ち着け」


 困惑する美咲を落ち着かせる。俺だって分からん。

 美咲はどうしていいか分からない様で、並んだ二人を交互に見ていた。

 バスが発進する。悠兎は相変わらず無表情で、感情が読めない。俺もハラハラしながら悠兎を見ていた。

 すると──悠兎が動きだした。悠兎はゆっくり前のめりになっていき、背もたれから覗く彼の頭を、折れたうさ耳の先で突き刺した。


「「「~~~!!??」」」


 俺と美咲とその彼は、声にならない声を出した。それは……予想外すぎるだろ! 


「ちょ……何すん──……!」

「悠兎、何して──……!」


 彼が驚いて振り向くのと、美咲が驚いて叫ぶのとは、ほぼ同時だった。


「あ……? えと、……?」

「ごっごめんなさい! 友達なんです! ちょっと変わってるけど、悪い人じゃなくてっ! その……とにかくごめんなさい!」


 必死で弁護する美咲を横に、悠兎はのうのうとうさ耳カチューシャを外している。オイオイ……。


「いや、ちょっとうとうとしてた時でびっくりしただけだし……。あんたは別に悪かねーよ。にしても、変な友達持ってんのな。あんた、名前は?」


 彼は見た目どおり口は悪そうだったが、いたずらっぽくニッと笑う顔は、悪い人には見えなかった。というか、笑うとますますかっこいいな。


「へっ、ふっ藤沼美咲、です」


 美咲は明らかに緊張している声で答える。


「一年?」

「は、はい!」

「俺は二年の高崎謙吾。よろしくな。で? そっちのうさ耳は?」

「──……」

「あ、彼は、瀬川悠兎です。無口なんです」

「おもしれー……、お前らいつもこのバス?」

「はい、家が近いので……」


 たどたどしくも、一生懸命謙吾と会話する美咲は、とても可愛かった。今まで見た中で、一番。いつの間にか俺の隣に戻ってきていた悠兎も、美咲の姿を見ていた。


──ただ、切なげに。


「……よかったのか?」


 美咲は可愛い。恋をしている美咲は、余計に。

 だから、きっと謙吾も美咲を好きになる。二人はうまくいくだろう。悠兎はそれでいいんだろうか。自ら二人が結ばれるようなことをして、辛いに決まってる。


「……いいんだ」


 悠兎がそっと口を開く。


「俺は、あいつが幸せそうに笑ってれば、それでいい」



 * * *



 日に日に、美咲の定位置が「謙吾の斜め後ろ」から「謙吾の隣」に変わっていった。三人で過ごす時間も少しずつ減っていき、俺はちょっと寂しい。うさ耳のキューピッドによって結ばれた二人を見ると、何だか複雑な気持ちになる。悠兎が自分で決めたことだから、俺がとやかく言う筋合いはない。


──けれど。


“俺は、あいつが幸せそうに笑ってれば、それでいい”


 あの時そう言って二人を見つめる悠兎の横顔が、どうしても頭から離れない。切ないような、嬉しいような、あの横顔。

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