第47話 独白⑩ プレイヤー名「JK」初期配布シム「アイギス」


本名:宇喜奈 羽流


賞金60億円の使い道:それは私は決めることじゃない


初期配布シム「アイギス」


 


 私が覚えている最初の頃の記憶は、もう売られた後のものだ。


 私は実の親に売り飛ばされた。親がどういう事情で、どういう心情でそうしたのかはもう確認のしようもない。


 そもそも、売ったのが本当に親だったのかも怪しい。


 とまぁ、そのくらい、私の出生と言うかスタートはあやふやだ。記憶も記録もないものだからこれはもうどうしようもないだろう。


 自分が売られたのだという自覚みたいなものはなかった。


 それまでとにかく薄暗かった生活が、なんとなく〝明るく〟なったような気がしていただけ。何歳ぐらいだったのだろうか? 多分、四歳か、五歳? そのぐらい。


 その場所には同じようなのが何人かいた。女ばかりが10人ぐらい?


 その頃の私は外に出たこともなかったし、数の数え方も知らなかったから、正しいのかはちょっと自信がない。


 それからも外に出られなかったのは変わらなかったけど、でも妙に美味い物が喰えて、それまで当たり前だったイヤな臭いもしなくて、なんだか私にとっては悪くない場所に思えた。


 あたらしい「飼い主」はいろいろとグッドな世話をしてくれたけど、一方でも教えられた。拒否権なんてないから、強要と言うべきかな?


 ほどなくして、私たちはいろんなヤツらの前で、をするようになった。


 その生活は個人的にはそこまで嫌なものじゃなかった。上手くできれば褒められたし、私はそれが嬉しかった。


 殴られて、けられて、いつまでも放っておかれるより、ずっと良かった。


 構ってもらえるのも嬉しかった。


 なぜなのか、それをいやがって泣いてばかりの仲間もいたけれど。




 一緒に居た仲間は徐々に減っていった。


 芸が上手くできないヤツ、泣き言を言うヤツ、反応が悪いヤツ、病気になったヤツ、おかしくなったヤツ。


 そう言うのはどこかへ連れて行かれてそれきりだった。


 別に悲しくはなかった。一応仲間意識みたいなのはあったけど、特に仲のいい奴はいなかったし、みんな私とはどこか違っていた。

 

 みんな「こんなところは嫌だ」って泣いてたりしたけど、「こんな」じゃないところっていうのが私にはよくわからない。それって、どこのこと?


 ある時。飼い主様が私にいつもとは違う芸をするように言った。『お前には素質がある』って。素質ってなんだったのか、いまだによくわかってないけど、何となくは解る。


 仲間を殺すように言われたのだ。


 正確には殺し合い。それぞれ違う形の刃物を渡されて、そう、今やってるゲームみたいに。


 私は勝った。渡された刃物の特性――みたいなのを上手く使ったからだと思う。相手のよりも小さくて軽かった。だから私のほうが速いと、感覚的に分かった。


 歓声を浴びて、飼い主様に褒められて、私は嬉しかった。私は名前をもらうことになった。(実際には改めて自分の戸籍上の名前を教えてもらえたってだけなんだろうけど)


 そして、私は今の私になった。「ハル」になった。


 。人間と言うのはなんだか面倒だったし、覚えることもいっぱいあって大変だったけれど、私は興味があった。


 仲間が「こんなところ」よりもいいと言っていたのはどんな世界だろう?


 その頃は「飼い主様」と呼んではいけないことになって、私はその人をイサオさんと呼ぶようになった。


 イサオさん。明石勲さん。ルイのお父さんで、私の飼い主で、ご主人様。


 この人に可愛がってもらうのが、今も私の大事な仕事だ。



 仲間はもう私しか残っておらず、結果として私はイサオさんを独り占めすることが出来る。「ハル」になって一番よかったのは、案外それかもしれない。


 イサオさんは前とは違うやり方でも私を可愛がってくれる。『何か欲しいものはないか? 我がままを言ってくれ』。なんて、イサオさんは言うけれど、私にはそのあたりのことがちんぷんかんぷんだった。


 けど、イサオさんはそんな私を見て喜んでくれたので、私は嬉しかった。


 そんなことしているうちの私は中学生と言うやつになり、なんというか、「ただ生きている」時間が長くなった。


 不快だった気がする。思えば、この時の私はイサオさんと一緒に居たかったのだろう。なのにこんな場所に居なければならず、イラついていたのだ。


 物珍しかった〝ガッコー〟も慣れてしまえば別にそこまで面白くなかった。


 だから、それに大した意味はなかったのだ。


 ただのヒマつぶしだった。


 昔やったみたいに、適当なやつを選んでいたぶってやった。私の


 すると、それを見ていた奴らがみな喜んだ。――なんだ、ここも同じなんだなと、私は思った。昔、余興をやらされたときに知ったのだが、世に言う一般観衆ニンゲンと言うのは他人が苦しむのがとにかく愉快で楽しいらしい。


 すぐに相手を殺すよりも、少しずつ痛めつけてやった方がウケがいいのだ。殺しは一時的にウケるが、アレは直ぐに冷める。


 死体にしてしまうとつまらないのだ。死体は反応を返さない。人間、リアクションを返してくれる相手がいないとさみしいし悲しい、ということらしい。


 いじめる相手が反応を返してくれないと、いじめる方は悲しいのだ。悲しみは怒りにつながる。怒りは不興を巻き起こす。興業としては落第だ。


 それを知っていた私は、相手が反応を返せなく成る様な事はせず、じわじわといたぶることに終始した。


 私の手管に、観客は沸いた。誰もが声を潜め、目を背けながら熱狂していた。


 イサオさんにそれを話すと、褒められた。そして〝火加減〟を間違えないようにと念を押された。



 あの夜は、特にイサオさんが愛おしかった。



 だから〝アレ〟を火だるまにしてしまったのは、単純にただのミスだった。私としたことが油断していたのだ。私は事の次第をイサオさんに報告し、沙汰を待った。


 イサオさんに見放されるのは何よりも恐ろしかったけど、しかたがない。私たちは飼い主様に嘘を付けないようになっている。


 イサオさんは「二度目はないぞ」といって後始末をしてくれた。言葉は恐ろしかったけど、イサオさんは怒りもせず、笑ってくれた。


 


 私はこの人が好きなのだと思った。


 


 高校生になることが決まると、私はイサオさんの子供を産むことになった。


 決めるのはイサオさんだから、それは別にいいのだけれど、ついてきた条件が妙だった。イサオさんの子供だという〝ルイカ〟のそのまた子供として、イサオさんの子供を産まなければならないということだった。


 〝ルイカ〟ともセックスをして、その子供だと言って、イサオさんの子供を産むわけである。


 慎重に、〝ルイカ〟の子供だと信じ込ませるように言われた。

 

 よく解らなかったけれど、その通りにした。


 イサオさんは「首輪をハメる」のだと、言っていたけれど、どういうことだろう?


 まぁいい。私は言われた通りにすればいいのだ。それに、子供が生まれたら私も家族だと言われて、私は妙にやる気になった。


 家族がどう言うものかはわからなかったけど、それはなんとなく、嬉しいことだった。


 それにしても、ルイカはつまらないヤツだと思った。私がいろいろと芸を見せても乗ってこない。喜ばない。イサオさんならほめてくれるのに。


 なにをしても喜ばず、ブツブツと文句を言ってばかりのつまらないヤツ。イサオさんにも似ていないし、なによりもイサオさんをバカにするような事を言うのが、腹ただしかった。


 私の飼い主様で、あんたの飼い主様でもあるのに、なんてやつなのだろう。


 でも、イサオさんがそれでいいというなら、それでいいのだ。決めるのはイサオさんだ。私はプラン通りにした。ルイカとのつまらないセックスを重ねた。ママゴトみたいで、退屈だった。


 私は頑張った。イサオさんのために頑張った。ルイカとのことを報告しながら、イサオさんともちゃんとしたセックスをした。


 褒められるのが嬉しくて、私はいろんな芸を久しぶりに披露した。イサオさんも、その御友人たちも、皆喜んでくれた。


 それから、ちゃんとイサオさんの種で妊娠して、ルイカにもそれを告げた。全部イサオさんのプラン通りだ。


 あとはルイカが根負けしてイサオさんに頭を下げればそれでよし。


 みんなで家族になれる。ちゃんとした、本当の家族だ。


 


 


 ――なのに、今、どうしてかこんなことになっている。


 この「ゲーム」。多分イサオさんがやっているのだと思うけど、訳が解らない。イサオさんから直接の指示がないから私は最初逃げ回ることしかできなかった。


 お腹の中に居るこの仔はイサオさんのものだから、私の一存で切り捨てるわけにもいかない。どうしたものか?


 ……もしかしたら、イサオさんじゃない? 別の飼い主がこのゲームをやっている? だとしたら、許せない。私の飼い主様はイサオさんだ! いままでも、これからも、ずっとそうだ! 家族になるんだ!!


 だから、生き残る! 前ほど動けない。仔供がいるんだ。これは大事だ。これはイサオさんなんだ。


  少なくとも最初は逃げることを選んだ。

 

 数が多いから他の連中を殺し合わせることにする。これは、上手く行っていた。けれど、嫌な奴が居る。あのネクラ女。


 前から一緒に芸をしていたヤツ。私と一緒に、他のみんなを愉しませていた、いわば相棒だ。色々とやった。


 私たちは結構うまくやっていた。いいコンビだったと思う。そう、サーカスの座長と芸をする動物みたいな関係だった。私たちは上手くいっていたのに。


 アイツ、心変わりしたのだろうか? 嫌とも言わなかったくせに。今さら? いろいろとご褒美もあげていたのに。嫌だと言わなかったくせに。


 でも仕方がない。芸をせず噛み付いて来るなら、ケダモノの末路は決まっている。私の仲間たちがそうだったように。


 途中、記者だとかいう女が接触してきた。コイツが言うには、このゲームには攻略可能な〝ゲームマスター〟が別にいるのだという。


 私は思った。イサオさんだ。やっぱり、これはイサオさんがやってるんだ。


 記者女はゲームマスターをとか言ってたけど、私は何も言わなかった。あんなザコにイサオさんをどうにかできるわけが無いからだ。


 私はそれでもプランに乗ることにした。記者女がゲームマスターを押さえる間に、私が一番厄介なネクラ女を始末する。アレは私が使っていたコマだったし、イサオさんに処分を頼むのはしのびなかった。


 イサオさんの手を煩わせるまでもなく、私がこの手で処分するべきだと思った。


 全力であのネクラを排除する。記者女はイサオさんに返り討ちにあうだろう。そしたら、あとは晴れてイサオさんと私で、このゲームを勝ち残ることが出来る。


 そう思った――なのに、どうして、ここに〝ルイカ〟が居るの?


 ガッカリだった。けど仕方がない。コイツを見捨てて逃げるわけにもいかない。ルイカを連れて、私と二人で勝ち残ればいい。


 なぜか私に協力したいと言ってきた「探偵」のおじさんに手伝てもらって、おじさんごと、不要なヤツラを全部排除した。手順通り。余計なものが全部一度に片付いて、私は気分が良かった。


 なのに、……どうして最後で、最後の最後でこんなことになるんだ?


 嫌だ。嫌だ。嫌だ。


 帰りたい。帰るんだ。イサオさんの所へ。帰るんだ。どんなにみっともなくてもいい。何をやってでもいい。私は、帰るんだ。


  家族に……なるん、だ。





所有シム:「アイギス」


防御特化型シム。あらゆるシムの中で最も防御面に優れる。レベルを上げることで防御性能と効果範囲が増大する。


さらに最終レベルまで到達することで唯一無二の攻撃機能「女神のさらし首メデューサ・スタンプ」を使用することが可能となる。


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