第46話 疑念
『やー、やってくれたよねぇ君。ルイカくんさぁ。……ヒヒ』
声は、ハルを恐ろしい力で吊り上げている男の、そのポケットの当たりから聞こえてくる。
スマホのハンズフリー通話のようだ。声の主は、どこかからスマホ越しに通話してきている。
「お前……」
『ヒヒ……なにちょっと嬉しそうな声出してんのさ? 言っちゃあなんだけど、僕は五体満足じゃあないよ。しっかり瓦礫の下さ。間違いなく、このまま死ぬよ。君のせいでね』
「ーー」
『ま、それは別に良いよ。おかげでこんなチャンスをつかめたわけだからね。ヒヒ。ごめんねぇ? ちょっとアイテムをチョロまかしたせいでね? オーバードーズってやつかな? ハイになってるみたい。ヒヒヒ。ゲームマスターの特権だよねぇ』
どこから見ているのか、通話しながらキタノはこちらの状況を把握できているらしい。
「そう、か。お前プレイヤーのスマホを回収して……」
『ご名等。あの
それがこの結果か。ハルを背後から襲ったのは、先程まで意識を失ったまま横たえられていた中年だったのだ。いや、今も意識はないのだろう。昏倒した状態のまま、その身体だけがキタノの命令によって動き、恐ろしいほどの力でハルの首を締め上げているのだ。
上背のある中年に吊り上げられ、ハルは足をバタつかせて足掻いている。しかしさしもの彼女も後ろから首を掴みあげられては抵抗のしようがないらしい。
必死に自分の首に食い込む中年の手に掴みかかりながら、正面にいるルイカに視線を向けてくる。
ルイカは自分に問う。ーーこの状況で、自分はどう動くべきなのかと。
『おおーっと、まさかルイカくん。邪魔しようとか思ってないよね? やめてほしーなー。っていうか、もう全部わかってるんだよね? その女は君が思ってたような人間じゃないって』
ルイカは肯定も否定も出来ず立ちすくむ。そうだ、全部、もう全部わかっている。しかし……。
『いわば、豚以下の家畜だよ。ヒヒ。失礼、ハイなんだよ。ーーまー多くは望まない。君は静観してるだけで良いんだ。あとは僕がやるよ。その代わり、なにもしないでいてくれれば、僕を殺したことも、ヒ、ヒヒ、ゆ、許してあげる。良い取引じゃない?』
「……けて、」
そのとき、うつむくことしか出来ないでいるルイカの耳に、今にも詰まりそうなハルの言葉が響く。
同時に、メキッ、という建材かなにかがひしゃげるような乾いた音が聞こえた。ハルは首を掴みあげられ、宙吊りになりながらも、自分の首を締め上げている中年の腕に掴まって身体を支え、なおかつその指の一本をへし折っていたのだ。
何というーー何という足掻きだろうか。何という生命力だろうか。ルイカは嫌悪よりもなによりも先に、まず驚愕することしか出来なかった。
「だすげて……だすけでよぉ。こどもがいる……ルイの弟なんだよぉ……。大事な、こどもなんだ。なにが違うの!? なにが違うの!! 死にたくない……死にたくないよぉ……これらから幸せに……イザオざん、と、幸せ、になるんだ、から……」
血を吐くような言葉が薄れていく。最後のあがきも燃え尽きようとしている。
「ハル……」
「あ、あんたが駄々をこねなきゃ、全部丸く収まるんだよぉ。そおでしょ!? あたしも、あんたも、イサオさんの手の中に丸く収まる。それでいいじゃない? この仔が誰の仔でも、関係ないじゃない? 面倒みるのはイサオさんと私じゃん!? ルイにとっては、どう、でも良いことでしょ!? だからさぁ、頼むよルイ! ルイだって、イサオさんがいないと、生きて……いけないんだから……
「親父がいないと……?」
しかし声はそこで途切れる。シムに操られた中年は、指を折られようとも構わずハルの首を締め上げたのだ。それ以前よりも更に激しく、まるで万力ではさみ潰そうとするかのように。
ハルは、もはやくぐもった声すら上げることが出来ず、脂汗を流して沈黙した。
『まったくしぶっといよねぇ。ヒヒ、でもね、無、駄。ヒッヒヒ。僕もね、お前のことはよくわかってるんだよ。して来てんだよ、想定をさぁ!!』
次第に荒ぶるキタノの声が、静まり返った回廊に響き渡る。復讐の成就。その予感が致命傷を押してもなお、彼女を荒ぶらせているのか。
その叫びに応えるものはない。ルイカは無言でハルを見据える。ハルの末路は決まったようなものなのかもしてない。それでも、彼女は手を離さない。必死で自分の身を支えようとしている。自分の身を、命を。そしてもう一つの命を。
「やーーやめてくれ!」
それを観たルイカは思わず叫んでいた。
『はぁ? なにいってんの? ヒヒ、な、なに言ってるかわかってる? あんなことまで言われて、まーだほだされる情とかあんの?』
「違う。そうじゃない。……もう、俺の主観の話じゃない。こんな事に意味なんてないんだ! もう殺し合う必要なんて……」
そもそもゲームは定員に達しているのだ。残っているのはゲームマスター三人と勝者であるハルだけ。もう全員を生存させたまま終わることもできるのだ。
「このまま終われるんだよ。もう充分だろ? そこまでやったんなら、復讐としても充分なんじゃねぇのかよ!?」
ルイカの言葉に、スマホ越しのキタノの声が呆れたような薄ら笑いを返す。
『ふぅん。でぇもさー、君、それで良いの? こいつを生かして帰ったら全部元鞘じゃない? 全部知った上で元鞘に収まるなんてできるの?』
「元通りになんて、なるわけ無いだろ」
当然だ、このままにするわけがない。しかし……
『じゃあ、どうするのさ?』
「どうって……?」
そこでルイカは気づく。確かに自分はゲームが終わってからのことをなにも考えていないのだ。キタノを説得し、ゲームを終わらせて、それでどうしようというのか?
いや、もちろんすべてを精算する。ケリをつける。当然だ。だが、ーー具体的に、なにをどうすれば良いのだ?
『呆れたなぁ黙っちゃって。ヒヒ。じゃあ教えてあげるよ。君がやるべきは邪魔なものをこの場で始末して帰ることだよ。全部なかったことにしたほうが良いよ。この女がなにかの証拠になるの? 君の親父さんはプロだよ? 悪党のプロさ。なにかを訴えたからってそれで腰砕けになって謝るとでも思う? ないね。君は頭がおかしくなったことにされるのがオチさ。そして君は父親に切り捨てられ、どこかに軟禁される。なぜなら、君の代わりのストックがあるからさ。ーーヒヒ、ドラマの観過ぎだと思う? 与太話で悪いね。でもそうとしか思えないんだよねぇ』
ルイカはハルを見る。このまま、帰っても? 無駄なのか? ならどうすれば良い? どうやって、このゲームの因果を解きほぐせばいい?
ルイカはどこか虚ろな、ふわふわとした感覚に襲われながら、自分の思考がどこかおかしいのではないかと思った。
しかし、なにがおかしいのかわからない。ごとり。そこで、なにかが背後で動くのを感じ、驚愕して振り返り、更にもう一度驚愕する。
『ヒ、ヒヒ。すごいね。もう一つのストックーー健在だぁ』
そこには両手を震わせながら拳銃のサイドアームを構えるマツリカの姿があったのだ。
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