第41話 強襲


 実際に足を踏み入れたバトルフィールドはひどく湿った空気で満たされ、思っていた以上に薄暗かった。映像で見るのとは違う。


 ルイカとマツリカ、そしてアザミと、依然として意識のない中年の4名は、下層、つまり本来はプレイヤー同士が殺し合う場であるバトルフィールドまで移動せざるを得なかった。


 ゲームマスターの活動する上層を破壊して難を逃れたはいいものの、ここはいまだにプレイヤーたちの殺しあうフィールドなのだ。


 つまりもはや安全圏にはいられないのだということ。その事実を反芻して、ルイカは言いようのない重圧を感じざるを得なかった。


 残っている区画はあとどれくらいだろうか? ルイカはタイムマスターのくせに正確な時間を把握していない自分に腹が立った。


 スマホで確認すればいいのだろうが、あの「セキトバ」を使用してから機能がロックされてしまったような状態に成っている。


 ゲームマスターのシムは常にレベルがマックス状態だが、それでプレイヤー用のシムを最大活用するとこうして機能がロックされてしまうようだった。


 おそらく、この「裏技」でゲームが一方的に決着してしまわないための措置なのだろう。ということは、これも全ては最初から仕組まれていた展開だったってことだ。


 ルイカは歯ぎしりした。あのゲームメイカーめ、どこまで人を愚弄したら気が済むんだ。

 

 しかも、ロックされてしまったスマホからはシムを取り出すことも出来ない。八方塞がりだ。それに今は意識を失ったままの中年を背負わなければならない。


 この上なく無防備な状態だ。しかしマツリカには無理だし、アザミには別の役目がある。ルイカが運ぶしかないのだ。しかし意識のない人間を背負うというのは地味に堪える作業だ。


 無論、重症のはずの中年をこんなふうに雑に扱っていいはずはないのだが、アザミがロンギヌスの効果で傷を塞いでくれたためとりあえずとりあえず命の危険はなくなったのはずだ。


 ただ、あの着ぐるみ――キタノイオリと名乗った彼女を救うことは出来なかった。自分でも止めようもなかったというのが正直なところだが……それでもルイカの心は暗鬱としたままだった。


 自分は何を苦悶しているだろうか? キタノを殺してしまったかもしれないことだろうか? それとも、もはや彼女の言ったことを確かめることが出来ないことをだろうか?


 ハルが――自分の実父の、なにか、所有物? 愛人? 情婦? だったという――あまりにも荒唐無稽すぎる話の真偽をただすことが出来なくなったことを、ルイカは思い悩んでいるのだろうか?


 いや、今は……何とかして、これ以上犠牲を出さずにゲームを終了させることなのではないか?


 そうだ。ハルと父のことは――後で問い質せばいい。まずは出来る限り、多くの人を救わねばならない。


 父も――そう、当初は殺害すら考えていた父ですら、安易に傷つけ、殺傷していいモノではないと悟ったのだ。どんな理由が有れ、誰かを傷つけていい理由にはならない。


 今のルイカは素直にそう思える。――問題は、ならば問題なのは、なんだろうか?


「ねぇ、どうしたの?」


「え……えぇと、その……」


「ねぇ、すごいよ。このおねぇさん!」


 ぼんやりと道を進んでいたルイカの後方、少し距離を隔てた回廊の向こうから声が聞こえる。


 弧を描く石壁の曲線に姿を隠すようにしているアザミと、その手を取ってルイカに駆け寄ってこようとするマツリカだ。


 マツリカは先ほどから、コロコロと春の庭先でも駆け回る子犬のようにアザミの周囲をうろついては笑顔の花を咲かせている。


 一方、アザミはと言うと爛漫な笑顔で自分の手を引っ張るマツリカに、しどろもどろになりながらも必死で抵抗している。先ほどからこんな調子なのだ。


 あれほど雄々しく、そして神話の世界の登場人物が如く美しく戦っていたはずの同級生はしかし今や見る影もなく、縮こまり、ルイカの視線から身を隠すようにして逃げ回っているのだ。


 どうやら、半裸になってしまったのが恥ずかしいらしい。


 そりゃあ、自分で自分の半身を焼き焦がすような真似を繰り返していたのだ。身体は綺麗に再生できても、服まではそうはいくまい。結果として、アザミは当初着ていた服をほとんど喪失してしまっていたのだ。


 そして、このゲームで補充できるアイテムに「衣料品」は存在しない。

 

 盲点だったな。――いや、ゲームの不備と見るかは微妙だし、いまさらゲームの調整に協力する義理もない。


 ゲームマスターとしての報酬も知ったことではなかった。ただ、今は誰も死なないままこの悪夢のようなゲームを終わらせたかった。


 ルイカは静かに計算する。死んだのが確認できたプレイヤーはまず「ドキュン」こと鬼田。女子中学生の「課金厨」。コスプレ女の「レイヤー」とルイカの父の部下だった「ドライバー」そして先ほどアザミに殺されてしまった「記者」の5人。


 そしてゲームマスターであった着ぐるみこと、「キタノイオリ」が生死不明。あの崩落で生きていることを期待するのが間違っているだろうか?


 悔恨は後に回すべきだ。今は数を数えなければならない。命の数だ。残っている数と、救い出せる数。


 残っているプレイヤーは5人。「アザミ」とルイカ達の「母」。レイヤーを殺した「ニート」そして「ハル」と、いまだ姿を現さないもう一人。


 名簿ではたしかプレイヤー名を「探偵」を銘打たれていたはずだ。この期に及んでどんな人間なのがはっきりしない。よほど影の薄いヤツなのだろうか?


 いや、今問題なのは数だ。なぜならこのゲームにおいて生き残れる人数はゲームマスター4人にゲームの勝利者が1人で5名まで。


 蘇生可能なシムを使えばもっと救えるかもしれないが、それだって確証はない。

いま残っているのはゲームマスター3(4)名にプレイヤーが5名。


 このままでは再び殺戮が繰り広げられることは避けられない。


 なんとかして殺し合いを止めなければならない。今ルイカが考えねばならないのはそれだけのハズだ。


 母のこと、父のこと、ハルのこと、そしてハルとルイカの子供の――――。


 ――キタノの言っていた、荒唐無稽な戯れ言、がその時、ジワリとルイカの脳裏をよぎった。


 仮に――もしも仮にあのキタノの言ったことが本当だとするなら、今ハルが身ごもっている子供は、いったい誰の子供になるのだろうか?


 いや、――いや、いや、いや。なにをバカなことを考えているのだろうか?


 そもそもバカげた話だ。考慮する必要もない。あのキタノは何かの妄想に取りつかれていたに違いない。そうに決まっている。


 ――しかし、もしも仮に、そうでなかったとしたら? 急激に胸が悪くなり、ルイカは足を止めた。


 足腰に、膝に力が入らない。バカな考えだということは重々承知している。いま考える必要のないことだとも理解している。


 それでも、それでもなお動揺せざるを得ない。


「大丈夫? 重い?」


 足と止めたルイカに追いつき、マツリカが声を掛けてくる。


 ――大丈夫だ。と言葉になっているのかも定かでない声で応えるが、ルイカはそれ以上立っていられなかった。


 背負っていた中年を降ろし、自分も座り込む。


「交代する?」


 マツリカはヤル気を見せているが、当然任せるわけにはいかない。


「大丈夫だから。――少し休もう。あんまり先に行くな」


「それは大丈夫。おねぇさんに〝レーダー〟のアイテムもらったの」


「レーダー?」


 マツリカは笑顔を浮かべながら手にしたスマホの画面を見せてくる。


「……うん。プレーヤーをサーチ出来るレーダー。タマキさんのことはマークしてあるから、居場所も解るよ」


 解説してくるのは背後のアザミである。依然としてルイカに近づこうとはせず壁の向こうに身を隠している。


「アザミも……あんまり離れないでくれ。石壁シャッターで分断されたら面倒だろ?」


「う……うん。でも……やっぱり、私こんな格好だし……」


 いって、アザミはモジモジと石壁の向こうに身を隠したままだ。


 さっきまではそんなもの気にせず動き回っていたはずなのだが……。


「……こんなのしかないけど、着てくれ。俺じゃマツリカを守れない」


 ルイカは着ていたポロシャツを脱いで渡そうとしたが、ルイカが近づくとアザミは泡を食った勢いで逃げていく。


「……置くからな?」


 だから距離が空きすぎるといざというとき……。と言いかけたが、ルイカは口をつぐんだ。今はこんな有り様だが、コイツは依然としてこのゲーム最凶のプレイヤーに違いないのだ。


 放っておけば、間違いなくまた人を殺してしまう。


 なんとかして――いや、なんとしてでもそれを止めなければ、とルイカは思う。


 しかし、アザミがこうしてルイカに、ある種の好意的な態度を取っていることすら慮外の事なのだ。どう扱っていいものか、まるで解らない。


 そういえば、いじめの事なんかは置いておいても、いまいち反応が読めないやつだったんだよなこいつ……。


 なんというべきか、このアザミユウカと言う女は、誰かに、特にルイカに何かを聞かれても、なんなら視線を向けられるだけでも、妙な行動ばかりとる奴だった。


 そう言うことが重なってイジメの標的になってしまったのだろうが。


 だが、たったそれだけのことで、絡みにくい、いまいち周囲との意思の疎通が得意でない、というだけのことで。


「なぁ、アザミ。おまえは……その、俺……とマツリカの母さんを助けてくれるのか?」

 

 どう考えたって理不尽だろう。どうしてアザミはルイカにだけはそれを許すようなそぶりを見せるのだろうか?


 近づいた分逃げてしまうアザミを負うのをやめてルイカは尋ねるように言う。


 もはや絡みにくいなどと言っている場合ではない。誠心誠意、真正面から当たるしかない。そして、出来れば説き伏せたい。もう、これ以上こんなゲームで犠牲者を出さないためにも……。


「う、うん。……そこは心配しないで、いいよ。環さんが居るのを見てから、ずっとそうする気だったから」


「なら、他のプレイヤーはどうだ? 蘇生効果のあるシムを使えれば、予定よりも多く、人を助けられるかもしれないんだ」


「……うん」


ゲームマスター俺たちも、何も考えてなかったわけじゃないんだ。つっても、言いだしたのはこのおっさんなんだけどさ」


「……うん。いい方法があるなら、私もそれで」


「なら、ハルも――ハルも許してやってくれないか。俺を許してくれるっていうなら」


「それはダメ」


 精一杯のルイカの言葉をアザミの、瞬間的に裏返ったかのような怜悧な声が断じた。


「……え?」


「それはダメ。私はあの女を殺す。そこは譲れない」


「な……に、言ってんだよ……」


「ルイカくんも解ってるんでしょ? あの女は、頭がおかしい。イジメがどうとか関係ない」


「なに言ってんだよ!」


 ルイカが声を荒げると、アザミは黙り込んだ。その顔からはおよそ感情と言うものが受け取られなかった。


「……ごめん。でも、なんでなんだ? どうして殺すことにこだわる? 止めてほしいんだ。人が死ぬのもを見たくないんだよ。……お前にも、もう殺してほしくない」


「ありがとう。でも、私はもう、どうしようもないから」


 その言葉に、ルイカは息を呑んだ。


「ずっと、観てたんでしょ? ゲームマスターで……。なら、もう私がダメっていうのは解るよね? 人を何人も殺しちゃったんだから」


「いや、でも……お前」


「いいの。私はそれでいい。私のことはそれでいいの」


 言ってアザミはごく自然に微笑んだ。


「――でも、あの女は殺す。それだけは譲れない」


 平行線だった。どうあってもアザミはそこだけは譲る気が無いらしい。


 どうして!? なんでなんでなんだ!?


 問うべき言葉数多くあるはずだったが、どれも言葉にならない。


 ルイカは恐れていた。ハルについてのことを聞くのが。あの、キタノから聞いた荒唐無稽な妄想が、アザミの口からも語られるのではないかと思えてしまって。そんなことなど、あるはずがないのに。

 

「ねぇ、いたよ! お母さんいた!」


 そういいながら、マツリカが駆け寄ってくる。レーダーで母を見つけたということだろうか? 

 

 ルイカはまた距離をとっていたアザミを振り返る。そのアイテムのレーダーとはどの程度の性能のものなのか、と。


「渡してあるのは特定の指定したプレイヤーの位置だけを知らせてくれるやつだったと思うけど……」


 じゃあ、周囲にだれがいるかわからないってことか? しかしマツリカがルイカに見せてくるレーダーには止まったままの母のマークだけが映し出されている。


 何かに襲われても逃げているわけでも、ましてや追いかけているわけでもない。静止している。


 なら、母は今一人でじっとしているということだろう。周囲にだれかがいるのにじっとしている道理もない。


 ルイカはマツリカに頷いて見せた。するとマツリカは笑顔をこぼさんばかりに振り撒いて駆け出す。


 それを追うべきか、ルイカは逡巡した。いや、いきなりルイカまで出て行ったら母のほうが混乱するだろう.


 そう思い、マツリカに少し遅れてついていく。


 この先に居るのか? 母さんが? 本当なのだろうか? 少々実感がない。高揚している自分に気づく。


 しかしマツリカは止まらない。そして弧を描く通路の先に居た人物と対面した。


 そこにいたのは両手を真っ赤に染めて、血だまりに付した男の脇にかがみこんでいるルイカとマツリカ、二人の母の姿だった。 






 母は幽鬼のような顔でこちらを見た。しかしルイカも、そしてマツリカも固まらざるを得ない。

 

 そこにあったのは血に染まった母の姿と、その足元に倒れているのは、水たまりみたいな量の赤黒い血の中に没するプレイヤー・ニートことアキオだった。顔を血溜まりに突っ込んでいるように見えるのは、顔がないからだ。顔面が吹き飛ばされて、なくなってしまっているのがわかった。


 だが、その独特の装いは間違いようがなかった。特にマツリカは一目でそれがアキオだと気が付いたはずだ。


 マツリカは石みたいに身を硬直させ、その光景を見下ろしている。ルイカも同様に固まらざるを得ない。


 ふと、その凝固した空気を押しのけるようにして、呆然と虚空を見つめていた母の視線が揺らいだ。そして落ち着きなく定まりなくルイカを見た。


「か、母さ……」


 思わず喉から滑り出した言葉が終わるよりも先に、母は――固まったままのマツリカを捕まえていた。


 まるで飢えた肉食獣が数日ぶりの獲物でも見つけたみたいに飛び掛かり、マツリカの身体を掻き抱く。


 そしてこれもまた獣のごとき咆哮を張りあげる。


 血に染まった両腕で娘にしがみつき、まるで産声のような声を張り上げる。


 石の回廊にこだまするそれはまさしく獣の遠吠えのように思われた。怒りと焦燥と、そして何よりの安堵の嗚咽入り混じる号泣だった。


 掛ける言葉などあろうはずもない。ルイカは何も言わずに身を引いた。


 そうだ。母が求めるのは自分などではないだろう。案ずるのは当然自分などではないだろう。解っていたことだ。元より、自分の目的は母と再会することなどではないのだから。


 一時は硬直していたマツリカも母に呼応するように身体をわななかせるほどに号泣している。そうだ、それでいい。


 しかし、下がろうとしたルイカの背中を押し返す者があった。


「アザミ……」


 アザミはなにも言わず、ただ、ルイカの退路だけを塞ぐように、背を押してくる。


 大丈夫だと、はにかむような視線で語り掛けながら。


 そして、視線が合う。今度こそ、ルイカを見据える視線がぴたりを自分を見ている。


「かぁ……ぁ」


 声が出ない。呼びかけるための言葉を見つけられない。なんと言えばいい?


「ルイカ……?」


 本当に幻でもみているかのように、うわ言をもらすような母の声が聞こえる。


「ルイカなの……?」


 問いかけに、ルイカは応えられない。ここで頷くことに意味があるのかと、この期に及んで彼は迷っている。


「うん。そう」


 応答は思わぬところから。マツリカはそう言い。母から離れ、ルイカに近づいた。


 そして何も言わずに手を取った。


「あ、……いや……」


 未だに何も言えないでいるルイカの手を引いて、母の元へいざなおうとする。ルイカは反射的に身を引こうとした。何かが彼を押し留めていた。まるで――頭の中に巨大なブレーキでもあるみたいに、それは彼の身体を縛る。


「大丈夫」


 しかしそう言って背を押してくる声があった。それは今も手を引いてくれる小さくも温かい手と共に、ルイカを終にはヒザをついたままの母の元へといざなった。


「母さん……」


「ルイカ……あなたまでこんなところに……それに、マツリカとも」


「母さん、俺は……」


「守ってくれた」


 マツリカが言った。目を剥くルイカを余所にきっぱりと言葉を繰り返す。


「守ってくれたの」


 違うと言わねば、とルイカは狼狽した。


 そんな胸を張れるようなことなど、何一つしていない。なのになにを言うのか。これでは子供を使って謀ろうとでもしているような――――


「ありがとう」


 しかし是正の言葉が声になるよりも先に、母はそう言ってルイカの手を取った。


 大きく温かい手だった。いや、記憶よりはずっと小さい。けれど、確かにそれは母の手だった。


「ありがとう。ルイカ」


「――母さん!」


 思わず、吼えるような声が出る。


 自分でも何を言いたいのか解らない。ただ、胸の中にたまったものが声になってとびだしていくかのような、とにかく止めどもなく。


 文字通り止めどもなく、ただ、母さん、とルイカは繰り返した。母のもとまでにじり寄り、差し出された、手を取った。


 その体温を何度も確かめ反芻する。


 あの揺籃ようらんの記憶の中からから、突如として消えてしまった人。もう、会えないと思っていた人が、本当に今目の前にいるのだと、ようやくルイカは受け入れることが出来た。



「――ルイ!」



 どれほど、そうして居たのだろう。さして長時間ではなかったはずだ。


 それでも、まさしく万感のこもるその再開に――あらぬ方向から水を差したのは彼にとって聞きなれた呼びかけの声だった。


「ハル!?」


 ルイカは何かを想うよりも先に立ち上がり、飛び出した。同時に叫ぶ。


「待ってくれアザミ!」


 当然、すぐに攻撃に転じようとしていたアザミの前に出る。そして距離を置いてルイカを呼ぶハルと、今まさに飛び出さんとしていたアザミの間に身体を捻じ込む。


 どちらからも攻撃させてはいけない。特にアザミに攻撃させて位はいけない。身を挺してでもハルの盾にならなければ――――。


「アザミさん!」


 アザミの背後からも母の声が響く。ルイカが何をしようとしているのか母も理解したのだろう。そうだ、たとえなし崩しにでも情に訴えてでも、ここでアザミを止めるのだ。


 そうすれば、このゲームを何とか穏便な形で――――。


「……いいよルイ。ナイス位置取り」


 必死に考えを巡らせていたルイカの背後から、そんなねっとりと絡みつくような声が聞こえた。


 反射的にふ振り向こうとするよりも先に、視界の端で真っ赤な花が咲くような光景が目に入った。


 ルイカの視界は二度見、三度見でもするかのようにぐるぐると揺れた。


 だからだろうか、理解するのに時間がかかった。


 何もないはずの空間から伸びた見えない何かが、手にしたスマホごとアザミの左腕を両断したのだということを。


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