第39話 紫電の猛馬

「ア、アザミ!」


 しかし矢はルイカの身体を穿たなかった。矢はルイカではなく、その前に躍り出たアザミの左肩に突き立っていたのだ。


 ルイカは叫んだ。まさかキタノは、ここまで読んだ上でレベルについて語っていたというのか!?


「さぁ、これで元の木阿弥ってやつだね。最初から僕の言うことを聞いときゃいいのさ。手間かけさせてくれるねアザミさ――」


 キタノが何かを言おうとしたその瞬間、アザミの身体を、その左半身を雷電が両断した。見る見るうちにアザミの左半身が燃え上がり、炭と化していく。


 アザミは自らの雷で自分に突き立った矢ごと、自分の半身を焼き尽くしたのだ。


 そして焼け焦げた半身は次の瞬間には逆再生するかのように復元されていく。「ロンギヌス」の効果だ。しかし、いくら再生復元できるからと言って、自分で自分の半身を炭に変えるなんて真似ができるのか?


 いや、できるのか? ではない、この女は、アザミ・ユウカはそれをこともなげにやってのけたのだ。


「……この」


 さすがのキタノも言葉に詰まりながら、被り物の下からうめきのようなものを漏らした。それも当然か。こんな対処法を正確に予期できるやつなどいるはずもない。


「アカシ君……その子を連れて、出口へ」


 アザミはキタノの挙動を見据えたまま、ルイカに薄く微笑んだ。まるで心配しなくていいとでも言うように。ルイカを気遣うかのように。


「出口って……あの下と繋がってるっていうあれか?」


 記者が明けたマンホールみたいな穴だ。確か階段があって上り下りが出来るというハナシだったが……。


「今からここを。だから、アカシ君たちは早く下に」


 爆弾ボムのサイドアームでも使用する気なのか? この空間はそれなりに広いが、密閉されていることには違いない。使い方次第では可能だろう。しかし、


「待ってくれ……まだおっさんが」


 ルイカは血を流したまま横たわる中年を見る。


「……」


 アザミは思案するように視線を廻らせた。しかしその先で、再び半実体の矢が意識のない中年の身体に突き立った。


「――お前ッ!」


「はいどうぞ。連れってっていいよ? フヘッ。おじさんは助かっても僕の言いなりだけどね?」


 アザミは無言でミョルニールを投擲する。おまえが死ねば問題ないとでも言わんばかりの、返答代わりの投擲だった。


 しかしキタノは手下のエネミーを盾にしつつ、クピトの矢を連射してきた。


「撃ち合いはねぇ! 望むところだよ! 一発でも当たればこっちの勝ちなんだからさあぁ!」


 当然キタノの狙いはルイカだ。アザミはルイカの盾になりながら視線で問うてくる。どうするのか、と。


「仕方ない……おっさんはどうにも出来ない。撤退しよう」


 ルイカは断腸の思いで絞り出した。


 このまま連れて行っても、いざというときにおっさんはキタノの操り人形になっちまう。


「ダメ!」


 しかしその時ルイカの腕の中に居たマツリカがルイカの手を振り払って走り出した。


 そのまま、中年の元へ走る。


「バ――なにやって」


 そしてマツリカは中年のポケットに入っていたスマホを取り出し、その背面部を解放した。今しがたキタノがやってのけた様に、シムの交換をするつもりなのか!?


「なるほどぉ――それがあると後が怖いもんねぇ? でもやらせるとおもうのかなー、マツリカちゃん?」


「やめて! 嘘ついた! ひどい!」


 マツリカはキタノを睨み付けた。しかし、キタノは着ぐるみ上からでもわかるくらいに、まま冷やかに嘲笑った。


 マズい――だろ、コレ。


 ルイカはどうするべきなのかわからず二の足を踏んでいた。クソ、この期に及んで俺はなにを――。


「アカシ君、これ」


 その時、アザミが何かを押し付けるかのようにして手渡してきた。


「お前、これは――」


 そしてルイカの返答も聞かず、マツリカをも守るように前に出た。


「そうなるよねぇ? でも、ちょっと無理があるんじゃないアザミさん?」


 キタノは言いながら再びアザミ自身に向けて矢を乱射し始める。アザミはマツリカと、そしてルイカの盾になるために前に出る。キタノに接近戦を仕掛けるつもりだ。


 確かにそれなら射撃を封じることが出来るかもしれない。


 だが、その間、アザミはクピトの矢を自ら受け続けなければならない。その都度、自分の身体をクピトの矢ごと焼き焦がして再生するというむちゃくちゃなやり方で。 


 たしかに、キタノの言うとおり、こんなやり方ではまず精神の方が持たないだろう。


 ただしキタノ、お前はひとつ勘違いをしている。――状況はとっくに変わってるんだ。


「いいぞ、アザミ退いてくれ!」


 ルイカは叫んだ。その手にはルイカ自身のゲームマスター用のスマホがある。しかし、その中身はもはやタイムマスター用のシムではない。


「裏ルール、だったな。俺も利用させてもらう!」


 ――たとえ不甲斐なくとも、俺だってゲームマスターなんだよ!」

 

 ルイカに渡されたのは、アザミが所持していた三つ目のスマホと、その中身であった特殊シムカード。


 それはゲーム中最強の戦闘ユニットである「セキトバ」を召喚できる、あの「ドライバー」の持っていたスマホだったのだ。


 ルイカはマツリカと共にアザミに護られつつ、自分のスマホにこの「セキトバ」の特殊シムを組み込んだのだ。


 そして、起動したスマホからは、ホログラムめいた巨大な騎馬が出現する。


「――いや、それはちょっと」


 さすがに上ずったようなキタノの言葉は、出現した巨馬の身震いにかき消される。


 最大レベルで召喚されたセキトバはその威圧感も大きさも先ほどとはケタ違いだった。


 しかしどうする? もはやこちらにも余裕はない。だから殺すのか? 直撃させなければあるいは……、いやしかし……。


 逡巡が脳裏を埋め尽くす。だが、もはや止めようもない。


 ルイカの指示を仰ぐことなく、巨馬のホログラムは、加速し始めた。一気に、一気に加速する。まるで砲弾のように。


 巨馬はアザミの脇を通り過ぎ、キタノのいる方角へ向かって一直線に奔る。


 そこへ、アザミがダメ押しをするかのように、ミョルニールのスマホを投擲した。


 ルイカの手にしていたスマホが凄まじい振動に見舞われる。見れば画面に「雷電馬Thunder mare」という表示が浮かび上がる。なんだコレ? ――まるで、これがこの二つのスマホの合わせ技であると主張するかのように――。


 紫電をまとい、電光の範馬と化したセキトバは、まるで神のごとき白光に包まれ、そのままキタノを一直線に呑みこんだ。


 そのまま周囲のあらゆるものを巻き込んで突貫し、周囲の壁面、そして白亜の天井までもが一気に崩壊し始めた。


 それは壁や屋根にとどまらず、この上階そのものを余すことなく焼き尽くし崩壊させていく。


 もはや威力がどうのと言うレベルですらない。攻撃を行ったルイカ達の足元までが崩れ落ち、上から降ってくる瓦礫に押しつぶされそうになる。


「こっちだ。早く――下へ……――」


 なんてことだ。威力がありすぎる。ルイカは必死に叫ぶ。しかし、間に合うはずもなく――


 もはやこれまでかと思って目をつむった、次の瞬間、しかしルイカの身体は崩落とはなんの関係もない、湿った石田畳の上に移動していた。


「これは……アザミ、お前が?」


「ううん。ちがう」


 少し距離を置いた場所に居たアザミにルイカは問いかけたが、その視線はルイカの脇で小さくなっている少女に向けられていた。


 見れば、ルイカのすぐ脇にはルイカに掴みかかるようにしてマツリカがいたのだ。


「うん。わたし、これでやったの」


 そして、マツリカは不安そうにルイカを見上げてくる。震えるその手には、先ほどシムを入れ替えられたスマホがあった。


「そうか。ゾーンマスターおっさんのシムで」


「うん」


 マツリカが咄嗟に「ゾーンマスター」のシムを自分のスマホにセットし、ワープゲートを開いたのだ。


 おかげでマツリカとルイカ、そしてアザミと中年の4人をあの絶望的な崩落から救い出すことが出来た。


 あの一瞬、マツリカが走り出さねば、中年を助けだすことは出来なかっただろう。


「……〝あどれす〟のこと、ごめんなさい」


 眼をしばたたかせてへたり込んでいるルイカに、マツリカは殊勝そうに言ってきた。なんというか自分よりもよっぽどキモが座っているかのように思えてくる。


「……いや、よくやった。えらいよ」


 半ば放心しながらルイカがそう言うと、マツリカはまた花の咲くように微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る