第37話 素顔

「……なんです?」


「いや、さすがにちょっとぉ……って思って。ちょ~っと脚色が過ぎるっていうか……だって、監視まで付けられて――とか、さすがにないでしょ? おねーさんどんだけ大物なのさ? 盛り過ぎ盛り過ぎ」


 なぜか声を潜めるようにさえして、着ぐるみは記者に告げる。


「――失礼ですね。なんの根拠があってそんなことを? と言うか、今までスルーしてましたけどアナタいったい」


「だってさぁ、おねーさん。監視なんかされなくてもすぐに引き下がっちゃったじゃん? そりゃあもうあっさりと」


 妙に親しげなその物言いに、記者は押し黙った。じっと、今や赤黒く染まった着ぐるみを見る。


「んー、最初からさぁ。そんな気ないんだよね? 結局その程度? 的な? だって今も人一人殺せてないじゃん? この場を支配した的な空気出してるわりに、メッチャ手ェこまねいてない?」


 見れば、先ほど血に沈んでいた中年は横になったまま息をしている。死んではいないのだ。


「ルイカくんも殴るだけ突っつくだけ。マツリカちゃんに至ってはルイカくんに殺させようとしてるし。意趣返し? 違う違う? 怖くなっちゃったんでしょ? さっき女の子ひとり殺しちゃって、アンタ精神が参っちゃってんだよぉ。自分ではいろいろやれる気でいるかもしれないけど。ハイウソ。全然ウソ。アンタそこまでの人間じゃないんだよ」


 なんの言葉も返さぬまま、記者は顔面を蒼白にして唇をわななかせているのが見えた。


 マズい――とは思いつつ、ルイカには静観することしかできない。


 着ぐるみはなぜこんなこと言い始めた!? なにか勝算でもあるのか? しかしいくら考えてもまるで思い当たらない。


 この状況から打てる手が何かあるとでも言うのか?


「ううーん、自己評価高いだけの凡人っていうのかな? イっちゃってるアウトロー気取りたいのかもしんないけど、全然だよ」


「はぁ……アハハ。なんなんでしょうね? カラみたくないんで放置してましたけど、そもそもなんなんですかアナタ?」


「え―なに? わかんない? ひどいなぁ。――久しぶりに会ったってのに」


 そう言って、着ぐるみは初めて被り物を脱ぎ、素顔をさらした。


 しかし、そこにあったのは人間の顔ではなかった。

 

 頭髪はすべて焼け落ち、異様に白い肌の下地に、紫の花が咲き乱れている。

 

 顔面を鈴なりの、あるいは逆巻くような藤の花に覆われているかのような形相だった。

 

 唇も鼻も、目蓋も、すべてが一度焼け落ち、とろりとモチのように膨らんで、そこで固まってしまったかのような。


 目をそむけたくなるような火ぶくれもそのままに、まるで何かの怪物――元からそう造形されたかのような異形として、それはそこに存在していた。


 誰となく、誰もが言葉を失い、息を呑んだ。


「さっき自分で言ってたでしょ? 焼身自殺した中学生って。僕がその時のイジメの被害者だよ。ほんと三年ぶりぐらいかなぁ。記者のおねーさん?」


 のどの辺りにまで火傷があるせいだろう。初めて聞く肉声は引き攣れ、時折かすれて、先ほどまでの無邪気に、場違いな明るい声音は見る影もない。


 このための変声器だったのか。ルイカは想像さえしなかった事実に思い至り、絶句していた。――しかも、この記者を知っている。その事件の当事者だと?


 なら、なんでゲームマスターをしているときにそう言わなかったんだ!?


 こいつは、この着ぐるみ、いや、キタノと名乗ったか? キタノはいったいいつから真意を隠して行動していたというのか?


「はぁ? ……あ!」


 一方、記者は途端に、なにかに気が付いたかのように跳びあがった。なにかに突き飛ばされたみたいに後退る。


「ま、自殺なんてした覚えはないんだけどね。その辺も頑張って話したのに。……残念だなぁ。おねーさん、あのときは何も言わずに消えちゃったよねぇ? 期待してたんだけどなぁ? ベッドの上でさぁ。起き上がることもできないのに、僕ってば火傷を押していろいろ喋ったよね。頑張ったんだ。だって仇を取ってほしかったからね。――でもアンタは消えちゃった。あのときも、結局アンタはフリをしてただけだったんだよね?」


「いえ、そんな、わたしは……」


 キタノは静かに、記者に対して歩み寄る。


「社会の不公平をどうとか、打倒上級国民とかさ、あの時も口先ではデカいこと言ってたけど、アンタ実際にはそんなの望んでないんだよね? ただ、金とか権力とか持ってる人間をくさして悦に入りたいだけで、ホントにそう言うものに立て付く気なんてない。そうでしょ?」


「そッ……そんなことはッ」


「言い訳は別にいいよ。もう、全部わかったからこうして顔見せたわけだからさ。で、どーするの? アンタにはもう人なんて殺せないだろうし、これ以上面白いこともできないよね? 主導権を取ったはいいけどさっきから持て余しちゃってるみたいだし。これ以上面白くもできないでしょ?」


 ――違う? とばかりに、キタノは火傷に覆われた首をかしげて見せてる。笑っているのか? ……正直、ぞっとする光景だった。素顔になったはずなのに、依然として仮面の下から笑いかけられているかのような。


「……ッ!!」


 すると記者は無言のままバネ仕掛けみたいな動作でスマホを構えた。しかし、その手は先ほどとはまるで別人のもののように震えている。

 

 ぶるぶると。必至に弓を引くような動きを取るが、結局矢を放つことなどできない。


 対する着ぐるみ――キタノは手を広げて、真正面から矢面に立つ。撃ってこいと言わんばかりだが、記者は――撃てない。


 記者は脂汗を流して顔を歪めている。先ほどまでの余裕な態度が嘘のようだ。


「そう。アンタは、結局その程度のヒトなんだよ。――最初から期待すべきじゃなかったんだ。でも、僕も子供だったんだよねぇ……」


 揶揄するでもなく、まるで赦しの言葉でも伝えるように着ぐるみ――キタノは言った。


 次の瞬間、記者は無言のまま、ギョロリと目を剥いた。そして目元をぴくぴくとけいれんさせながら、「――ッ!」やはり声にならぬ唸りで、エネミーの群れに指示を出す。


 手振りで、ネコが糞に砂でもかけるみたいに、投げやりな動作だった。もう見たくもない、そんな内心が透けて見えるようだと、ルイカは他人事のように思った。


 背後に居たエネミー達は、そんな主の有り様に斟酌する様子も見せず、機械的に動き出した。


「そうそう。結局、それだよね。安易な方向に流される。最後までダメなおねーさんだねぇ。――本気で殺る気のあるヤツはさぁ、迷わず自分で動くもんだよ。ねぇ、アザミさん?」


 しかし次の瞬間、顔をそむけていた記者の胸が、その背後から貫かれた。ボリンッ、という骨を肉ごと抉るような音とともに姿を現した、電光の刃によって。


 真後ろに居たエネミーの一体が、その腕で記者の身体を貫いたのだ。




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