第36話 熱狂と冷や水

 ルイカにはこの女が何を言わんとしているのかが解らなかった。


「私ねぇ、あなたのお父様のこと、結構詳しいんですよ。というか、調べてましたんで」


 次いで、記者はそんな事を言いだした。


「その子ね。タマキ・マツリカさん。アナタのお父様の子供なんですよ。知ってました? 知らないでしょアナタ。妹さんなんですよ」


 記者は言い含めるような口ぶりで、しかし一方的にルイカに告げる。


 妹――なのは知っている。だがそれは母が産んだ子だという意味で。


 混乱するルイカに、記者は続ける。 


「とりあえず、その子はあの男の隠し子――と言うか、別に隠してもいない普通の子供、とでもいうべきでしょうかね? 今もフツーに扶養にも入ったままです。アナタのご両親ね? 別に離婚もしてないんですよ。つまり別居してるだけなんです」


 たしかに――正式に離婚しているのかどうかもルイカは知らなかった。父はそんな事情の一切をルイカに説明しなかったし、ルイカもそれを訪ねることなどできなかった。自分のせいだと言われるのが恐かったからだ。


 では――ルイカの早合点だったというのか? そしてまた思い至る。あの「ドライバー」がマツリカの家にたびたび押しかけていたっていうのは、つまり親父の命令だったっていうのか?


 つじつまは合うように思われた。マツリカは父の血を引く正当な後継者なのだ。


「この辺は憶測も入りますがねぇ。多分、この子は〝セカンドプラン〟なんじゃないですかねぇ? アナタとは別のやり方で育てた子供をいざというときの跡取りとして別の場所で育てていた、とか?」


 記者はそんな勝手な、ある種の妄想めいたことを語り出した。なんだよプランって、子供を育てるのに、なんでいちいちそんな……。

 

 と、一蹴に付して笑い飛ばすことがルイカにはできなかった。ルイカ自身、あの父ならそんなことを考え、実行していてもおかしくはないと、頭のどこかで思っていたから。


「要するにですねぇ? この子はアナタにとって邪魔な存在なんじゃないかってことですよ。大変! お父様の莫大な遺産がもらえなくなっちゃうかもですよ? もしくは、取り分が減るかも?」


「だから、この場で殺せって……?」


「YESYES! そうです。それが見たいです」


 記者は満面の笑みを浮かべる。ふざけるな! と叫んでやりたかった。だが当然そんなことは不可能だ。


「あら反抗的な目ですね? どうせ最後にはみんな殺すんだろって感じですか? ふぅーん? じゃあアナタ達だけ助けてあげましょうか? 子供を殺すのは忍びないですからねぇ?」


 舌先で転がすように、弄ぶかのように記者は言う。うごめく唇がナメクジのように滑って艶めかしい。吐き気がした。 


 全て嘘だということはわかっている。生かして返すつもりなんてない事も。


「でもその場合、遺産がもらえなくなるかもですよ? 良いんですか? 私ねぇ、このゲーム終わったらすぐにこのスマホでアナタのお父様を殺しに行くつもりなんですよ?」


 しかし、ルイカは論理的思考を超えた部分でその提案にすがりたがっている自分を感じた。


「……なんで、そんなに親父を恨んでるんだ」


「ぷーッ、ふふふ! ふふふふふ!! なぜって? なぜってさんざん〝ヤられた〟からですよォッ! 思惑を、プライドをォ、理不尽に、圧し折られたんですよ! ――私ねぇ、昔からいわゆる上級国民て言う連中が厭わしくてですねぇ?」


 記者はまた、唐突にそんなことを喚きはじめる。


「生まれついての富裕層にエリート。いやぁ、聞くだけで虫唾がはしりますよねぇ? で、そいつらの足元をひっくり返せる職を選んだんですよ。ルポライター。崇高な職務です。憧れでしたよ。――まぁ、理想と現実ってやつで、せいぜいがアホな芸能人の足を引っ張るしかできなくてですねぇ。……辛い時期でした。自分の無力を嘆きましたよ。でも私はあきらめなかった! あるクソ上級国民のスキャンダルを掴んだんですよ」


「それが……」


「そう、あなたの父親です。いや~裏でいろいろやってましたねぇあなたの家。汚職・賄賂・献金なんて可愛いもの。脅迫・暴行・破壊工作に拉致監禁。果ては人身売買まで」


「な――に言ってんだアンタ」


 さすがに寝耳に水だった。父が何かよからぬことをしているのだろうという推察はルイカもしていた。外道なのだろうとは察していた。しかしまさか――人身売買なんて言葉まで出てくるなんて!


「と、こ、ろ、が! その証拠をね、私掴んだんですよ。――最初は在る中学生のいじめの件でした」


 ルイカの鋭敏な反応に気を良くしたのか、記者はケラケラと唾まで飛ばして言葉を続ける。


「まーねー、それ自体はたいした事件でもなかったんですよォ。それ自体はねェ。3年位前でしたかねぇ? バカがバカを追い詰めて、追い詰められた方が最期は焼身自殺を図って。っていうね。どこにでもあるお粗末なやつですよ。――でも、調べるうちにそれを指し止めようとする動きがあったんですよ」


「差し止め?」


「そう! 要するに、『取材するな、記事にするな』って指示が飛んできたわけです。上からね。変でしょう? うふふ。雲の上ですかねぇ? ――さてそれはそれとして、可笑しな話ですねぇ? だってイジメ事件ですよ? みんな大好き。あとは悪である加害者を大々的に晒しものにすれば、雑誌も売れて、みんなも悪を叩けて、幸せになれる、安定のネタなんです!」


 ルイカは際限なく熱を帯びていく記者の演説に見入るしかない。聞き入るしかない。


「なんでそんなおいしいネタを差し押さえるのか!? 私は、推察しました。ふふん。先ほども披露した推理力ってやつですね? 異論は無いでしょうそうでしょう。それは、この事件の裏に、クソ上級国民のスキャンダルに通じる何かがある、そう推察したからです」


 そういわれても、ルイカは唖然とするしかなかった。どれほど話を聞いても、父の裏家業とそのイジメ事件との関連性が見えてこない。


「ですが、私の取材は困難を極めましたッ。何者かにマークされましてね。見張られてるんですよ。四六時中ですよ!? いやぁ困りましたね。でも私は諦めませんでしたよ! 意地があったんです! 監視を振り切り、隙をついて、真実を白日の下に晒すべく」


「――いやぁ、それはさすがにウソなんじゃない?」


 いよいよ佳境に入ったのごとき記者の大演説に、しかし冷や水でもかけるかのような、いっそ気遣うかのような、そんな声がかけられた。


 着ぐるみが立って記者を見ていた。

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