第33話 裏ルール①


 元の広間に戻ってから、ルイカは開口一番、アザミの行動はハルのいじめが原因である、と二人に告げた。マツリカにそう告白したのと同様に。


 マツリカはルイカがそれを言い終わるまで、その手をずっと握っていてくれた。


 当然ルイカは両者から叱責があることを覚悟していた。しかし、


「ああ、んまぁ。なんつーか。わかって、たよ。うん」


「え?」


 中年が返してきた予想外な反応にルイカは伏せていた顔を上げた。


「むかし、ネットの記事で見ただけなんだけどよ。……いじめる側の人間。とりわけ、被害者になったことの無い『純粋な加害者』ほど身体的には健康に生活していけるんだそうだ」


 中年は視線を上げず、スマホを操作しながら言う。その昔見た記事とやらを探しているのだろうか?


「一方的に被害者にされた人間は、当然いじめが終わっても、後遺症が残る。不安障害、パニック障害にうつ病だ。反対に、「一方的な加害者」だった人間は、同年代の人間と比較して、とりわけ健康的である、っていう研究結果があるんだそうだ」


 ルイカは他のプレイヤーを殺傷したアザミの容姿が一気に様変わりしたことを思い出していた。それはきっとルイカだけではないだろう。


「つまり要するに、『いじめは美容と健康に良い』ってわけだな」


 一度冗談めかして結んだ後で、中年は悲痛そうに顔を歪める。


「この記事には、いじめた側の人間には問題がないどころか、加害行為によって守られているとまで書いてる。――あの娘があんな風に変身しちまったのは、被害者から、一気に加害者に回ったことによる作用なんじゃないかと思っちまってな」


 とりあえず、ルイカは聞くに任せているしかない。否定も肯定もしようがない話だ。ただ、印象としては筋が通るように聞こえてしまう。


 そう、たしかに、アレはアザミにとって、生まれて初めての加害者への反撃だったのだろう。


 そして――


「アザミはそのまま、自分を守るために、加害者の側に回っちまったっていうのか……」


「オレだって、詳しいことはわかりようがねぇよ。この記事が正しいのかもわからねぇ。ただこうやって「被害者だった人間が加害者に回るってことも多い」ってのは理解できる。――それが、なんとかして『自分を守ろうとしていた』ことだって言うなら、なおさら理解できるんだ」 


 つまりアザミは、今必死に、一方的にイジメを受けていた自分を救おうと、守ろうとしているということなのか。  


 ルイカは重ねてやるせない思いを持て余した。アザミのしたことは、そしてしていることは許されないことだ。けれど、誰がどうしてアザミを責められるというのだろうか?


「それによ、オレは――現場を見たこともあるんだ」


「現場?」


 中年がさらに絞り出すように続けた。視線はまだ虚空に向けられたままだ。まるで先ほどのルイカと同様に神に告解を求めるかのような、重苦しい面持で。


「あの子、アザミって子が、いじめられてる現場だよ。万引きを――やらされてた。強要されたんだ。何人かの女子であの子を囲んでよ」


「それで、その時は……」


「声を掛けて止めさせたよ。おまえの彼女と友達は、あの娘を突き飛ばして、逃げちまった。楽しそうだったよ。すげぇ無邪気でさ」


 中年は目頭を押さえた。


「あの娘も学校とかに突き出すとか、そう言うのも、やってない。明らかに、やらされてるのがわかったからな。けど、それだけだ。――見逃しただけで……。オレは先生でも何でもねぇしよ。正直、面倒事に首までツッコむ勇気がなかった。あとでまたおんなじことさせられるかもしれねぇって、わかってたのに」


 そして中年は鼻をすすってルイカに笑みを向ける。年齢以上に疲れた笑顔だった。


「だから、オレには謝る必要なんかねぇよ。……本当は、オレも知らないふりをして進められばと思ってたんだ。このまま黙ってゲームが終わって金がもらえれば、ってよ。いい歳して卑怯で、情けねぇ。言ってくれてありがとうな。そうだよな、黙ったまま済ますってわけには、――行かねぇよな」


「おっさんには、何の責任もないだろ……」


 涙ぐむ中年にルイカは半ば慰撫する様な声を掛ける。今までの人生には無かった経験だと自分でも思う。


「あの時、なんとかして止めてたらって考えちまってな……そしたら、鬼田だって死ななかったかもしれねぇ。息子が居るってのに……。なんつーか、ハハ、おっさんはいろいろ考えちまってさ。そう言うことなんだ」

 

 中年は水膨れしたみたいな顔になって言葉を切った。誰もが言葉を失った。


「じゃあ、その「彼女さん」はどうなんでスかねぇ?」


 唐突に、場にそぐわないような声を上げたのはそれまで、珍しく押し黙っていた着ぐるみだった。


「どうって……?」


「彼女さんは『純粋な加害者』なんですか? いや、空気読まない感じになってアレだけど、知っときたいっスよ。彼女さんも『自分を守るために加害者に回った』人だったらちょっと話が変わって来るっていうか」


 しかし、そう言われてみても、ルイカは言葉に詰まるしかなかった。


「……それは、わからない」


「まぁ、直に話したりはしなかったかもしれないけど。何か、思い返してみれば何かあったみたいな、なにかないんでスか?」


「そうじゃない。――俺は、そう言えば、ハルの昔のことは何も聞いてない」


「何も? 何もってどういうことなんですか?」


「いや……家族のこととか、中学のこととか、友達のこととか。昔の、なんていうが具体的なことは、何も聞いてないんだ」


 改めて言葉にしてみれば、おかしな話だった。


 ハルとはいつも一緒にいて、たくさん話をした。しかし、ハルは自分のことを話さなかった。いつも、誰かを悪し様に揶揄するルイカを支持し、そして褒め称えてくれるばかりだった。


 ルイカは自分の話したいことしか話していなかったし、聞いてもいなかったのだ。


 そりゃあ、気分が良いに決まっている。楽しい思い出に決まっている。だがルイカは今まで壁に向かて喋っているようなものだったのだ。改めて愕然とする。しかし、なぜハルはそこまでしてルイカを立てるような真似をしていたのだろうか?


「ホントでスかぁ? もっと、よく思い出してみてくださいよ、あのおん…あの人のこと」


「おまえ……なんで急に」



「――おやぁ? おやおやまぁまぁ」



 殊更に身を乗り出してくる着ぐるみにルイカが首を傾げようとしたところで、この場に在るはずのない方向からの声が掛かった。


 ここにいる四人のゲームマスターではない、何者かの呼びかけである。


「なんとも興味深いお話をされてますねぇ? 私も混ぜていいただけませんかねぇ」


 またあの青神――『ゲームメイカー』かと思って顔を上げたルイカは、絶句した。

 

 そこにあったのは、今もデスゲームの渦中にあるはずのプレイヤー「記者」の姿だったからだ。


「ねぇ? 使

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