第31話 電光石火 

「やったぁ! アキオくんすごい! 勝った! ね? すごいよね!?」


 マツリカは声を上げて、屈託のない、花の咲くような笑顔を見せた。

ね?」


「うーん……。まぁ、うん。頑張ったよねアキオくん」


「ね?」


「ああ。そうだな。誘惑に負けなかったのは、えらいよな……」


「うん!」


 マツリカは跳びあがらんばかりに、全身で喜びを表現しながら、左右にいる着ぐるみと中年に同意を求める。


 二人は、若干言葉を濁しつつ、それに同意したが、 


「なに言ってんだよ。解ってんのか? アイツは人を殺したんだぞ!?」


 ルイカはそれに迎合する気になれなかった。着ぐるみも中年もわかっていて同意したのだということは察せられたが、ルイカは言葉を差し控える気になれなかった。


「でも……」


「誰かに襲われて、それで必要に駆られてじゃない! 自分から他のプレイヤーに近づいていって自分の意思で殺したんだ!」


 マツリカは一気に意気消沈し、他のゲームマスター達も言葉を失っている。


 あまりにも不憫な有様のせいで誤解しそうになるが、あの「ニート」は自分から進んで戦闘を行い、無抵抗な相手に銃弾を浴びせて殺したのである。


 行動だけを見るなら、アザミと並んで凶悪な行動を選択しているのだ。


「俺は積極的に排除するべきプレイヤーだと思う。あの「アベンジャー」と一緒だ」


「でもォ……」


「ハルや母さんとは違う! ――助けることなんて出来ない「プレイヤー」なんだ!」


 言葉に窮したマツリカは両隣の中年と着ぐるみに、助けを乞うように視線を送った。


 しかし、中年も着ぐるみも助け船を出すことは出来なかった。それはそうだろう。ルイカの言葉はそれほどに反論の余地のないものだった。


 こんなゲームを強要されているからと言って、自分から進んで人を殺して回るような奴を、元の生活になんて戻せない。


 マツリカ以外のゲームマスターは言うまでもなくわかっていることなのだ。なにかあったら人を殺して問題を解決すればいい。なんて考えるのはサイコパスの殺人鬼だ。それを元の社会に戻せば、必ずどこかで人を殺すことになる。


 それが想像できてしまうから、中年も着ぐるみもマツリカを擁護することができない。


 もはや、手遅れなのだ。


 擁護してくれる相手がいないことを察して、マツリカは見る見るうちに涙を浮かべた。


 そして、いやいやをするようにして小さな身体をわななかせた後で、席を立った。


 もはや、この場にいることさえ限界だったのだろう。


 転げるようにして先ほどのトイレに逃げ込んだマツリカを見送り、残った3人は沈鬱に押し黙る。


「――クソッ!」


 また、やっちまった……。ルイカは自分の行いにし対して頭を抱えた。正論を振り回しても意味なんてない。もう何度目だ? こんな間違いを繰り返すのは?


「しっかたないなぁ……」


 着ぐるみがマツリカを連れ帰るために席を立とうとする。


 ルイカは中年を見た。中年は何も言わずにルイカを見据えている。


「……そうだよな」


 ルイカはひとり頷いた。自分に責任があると思うなら、そのしりぬぐいを誰かに押し付けるのは間違っている。


「俺に行かせてくれ」


 ルイカはそう言って、着ぐるみに頭を下げた。


 着ぐるみは「うぇ?」と驚いたような声をあげて、中年を見る。


「……いや、でもさぁ」


「たのむ。これでなだめすかして連れ戻しても、また同じようなことになっちまう。俺が自分で行って、……ちゃんと謝った方がいいと思うんだ」


 着ぐるみはこのルイカの言葉に、しかし腕を組んで不満を見せる。


「でもねー。キミ、またいじめるんじゃ」


「それに……母さんのことも話したい。今がいいと思うんだ」


「……」 


「いいだろ。二人だけの方が話しやすいこともあるだろうしな」


 中年が後押しをしてくれて、着ぐるみも仕方がないとでも言うように肩をすくめる。


「けどさ、マツリカちゃんがいるのって多分女子トイレだよ? どうすんの?」


「まー、オレらしかいないんだし、大丈夫だろ」


「いや、僕がトイレ行きたくなったらどうすんのってハナシよ。長引くかもしんないじゃん!?」


「その場合は……耐えろ!」


「む、無茶言ってらァ……」


「もしくは、祈れ」


「うへぇ……」


 こっちはまぁ大丈夫そうだな。ルイカは改めて中年に頭を下げてマツリカを追おうとした。


 その時だった。周囲に重苦しい警報のような音が鳴り響いたのだ。


 これはまた、新たに禁止エリアが広がったことを知らせる警報だ。


 そして、禁止エリアに押し込められて「一回休み」になっていた「ドライバー」と「母」が、活動可能なエリアの最後尾に押し出されてくることになっている。


 どうする? 行くべきか? ルイカまで席を外してしまうと、何かあったときに正しいゲームの進行に支障をきたす恐れもある。


 ――とにかく現状を確認しなければならない。


 ルイカは自分の席に戻った。席を外している間に母さんに何かあったら本末転倒だ。マツリカは二度とゲームマスターに復帰できないことだろう。


 まずは母さんに危険がないことを確認してから……そう思って立体画面をのぞき込んだルイカは、そこで驚愕に言葉を失うこととなった。


 ルイカだけではない。そこで、実際に活動可能エリアに投げ出されるようにして出現したプレイヤー達を見て、誰もが息を呑んだのだ。


 そこに出てきたのは巨漢の「ドライバー」とルイカの母だけではなかったのだ。


 そこには、もう一人のプレイヤー、先ほどから姿の見えなかった「アベンジャー」アザミの姿もあったのだ。


 そうか! コレが「レイヤー」の思惑か! 

 

 ルイカは瞬間的に悟った。他のゲームマスター達も同様だったはずだ。


 先にアザミを停滞ゾーンに送り込んでいたからこそ、あそこまでして「ドライバー」と母を誘導したのだ。


「なんて置き土産してくれんだ、あのねーちゃん!!」

 

 中年が叫ぶ!


 しかし、事ここに至っては、もはやゲームマスターに出来る事は無い。ルイカは喉を引きつらせるようにして、マツリカがいないせいで精度を欠く立体型ディスプレイを覗き込む。


 吐き出されたプレイヤー達は皆、キツネにつままれたような顔でお互いをぼんやりと見ていた。 


 プレイヤー達にしてみれば、いきなり目の前に敵プレイヤーが出現するわけだから、あわてない方がおかしいくらいだろう。


 一時停止していた間は意識も止まっていたのだろうか? 疑問を差し挟む余地も、話し合う暇もなく、プレイヤーたちはいっせいに動き出した。


 状況判断よりも先に、目の前に居るのが敵であるという事実を受けて、動くのだ。


 決着は、ほとんど一瞬の間に決した。刹那の攻防だったと言っていいだろう。


 アザミの姿を確認した「ドライバー」は、すぐさまナマハゲみたいに顔をいからせつつセキトバを呼び出そうとした。


 しかし次の瞬間には、その首を電光の刃が両断していたのだ。


 ――速い!


 誰もがただ眼を見開いてそれを見ていた。


 ルイカは驚愕と共に、何処かで冷静に推察していた。一見無敵であるかのように見えた特殊シム「セキトバ」にも弱点があったのだ。


 それは起動してから実際に動き出すまでのタイムラグだ。


 起動して、馬型のホログラムを呼び出し、それに乗って、さらに指示を出して動かさねばならない。


 起動して投げるだけでいい「ミョルニール」とは確かに立ち上がりの時点で決定的な違いがある。


 なるほど〝用意ドン〟で始めるなら、「ミョルニール」がほぼ勝つというわけだ。


 あの「レイヤー」は、ここまで見越していたというのだろうか? いや、単純に潰し合わせるだけのつもりだったのかもしれないが。


「おい、やべぇぞ!」


 中年の声に、ルイカはハッとして己のバカを悔いる。


 何を真面目に分析してるんだオレは! 「ドライバー」がやられたのなら、次は母さんの番じゃねーか!!






「母さん!」


 ルイカは叫んでいた。「ドライバー」がやられたなら、次にアザミの標的になるのは、母さんだ!


「やめてくれアザミ! 頼むから――」


 しかし願いは届かず、アザミは「ドライバー」を瞬殺した勢いのままに、左手に取ったもう一台のスマホ「ロンギヌス」の槍を母に向けて突き出す!


 いよいよ絶体絶命かと思われたが、母が串刺しになる事は無かった。「ロンギヌス」は身をすくませた母ではなく、その背後に居た何かを刺し貫いていたのだ。


 エネミーだ。デカいカマキリみたいなエネミーの顔面を、「ロンギヌス」の見えない穂先が捉えていた。


 どうやら、停滞ゾーンには他にもエネミーが送り込まれていたらしく、プレイヤー達の周囲には他にも何体かのエネミーが居たのだ。


 しかし、それらのエネミーは次の瞬間にはアザミの放った二投目の「ミョルニール」の雷電に焼かれて消滅していた。


 あとに残ったのは、母とアザミだけだ。


 なぜか、アザミは母の周囲に群がっていたエネミーを薙ぎ払いながらも、母にだけは攻撃を向けていなかった。


 母を確実に仕留めるために邪魔なエネミーを仕留めた、と言う訳でもないようだ。エネミーを蹴散らしたアザミはなぜかそのまま母に背を向け、立ち去ろうとしている。


 ルイカは元より、他のゲームマスター達も騒然と声を上げる。


「おおおおん? ドユコトォ?」


「なんで戦わねぇ? コイツはァまた妙な展開だぞ……」


 それも当然だろう。ゲームの開始時点からここまで、他のプレイヤーへ攻撃する以外の行動をアザミが取ったのは初めてだったからだ。


 もはや暴力と殺戮に狂わされたバーサーカー。――誰もがこの「アベンジャー」アザミユウカをそう言う存在だと認識していたはずだ。


 そして、さらにゲームマスター一同を驚愕させたのは、当の母が追いすがるようにしてアザミに声を掛けていることだった。


 なにを――やってんだよ母さん!?


 ルイカは声にならない呻きのようなものを漏らした。なにを言っているのかは不明だが、母は背を向けるアザミに対して追いすがり、しきりになにかを語り掛けているのだ。 


「こりゃあ……知り合い――ってことなのか?」


「そんなわけねぇだろ!」


 中年の言葉に、ルイカは思わず困惑を吐きかけるような声で応えてしまう。


 だが在りえない。なぜ10年もルイカと連絡を絶っていた母親が、ルイカのクラスメイトと面識を持つというのだ!?


「いやでも……そうとしかおもえないッスよこれ。スゴい親密だもん。なんていうか、距離感て言うんでス? 初対面とは思えないよ」


 ルイカは眼を皿のようにして画面に見入った。たしかに、在りえないことだとは思いつつ、アザミの手を取ってまで何かを語りかけている母の態度は、既知の、それもかなり親しい人間に向けての態度だと思える。


 さらに解らないのは、アザミが、あのアザミが、ルイカの母にだけは、その言葉に耳を傾け、殊勝そうな表情を向けていることだった。訳が解らない。本当に訳が解らない。


 仮に知り合いなのだとして、ルイカの知る母では在りえない事のように思えた。


 そもそも、自分から積極的に誰かと関わっていくタイプのヒトではないのだ。周囲の人間――時には家政婦にさえに軽んじられていたのを、今も覚えている。


 誰にも強くものを言えず、いつも一人、小さな花壇の世話をしていた。――それがルイカにとっての母のイメージだ。


 こんな異常な状況で、積極的に他者に働きかけていくなどあり得ない。――アレは本当に自分の母なのだろうか?





 結局、母が引きとめようとするのを待たず、アザミは「ドライバー」のスマホを回収すると、セキトバに乗って姿を消してしまった。


「合流は無し、か。よかったのか悪かったのか……」


「うーん、このカミナリのヒト相手だと守ってもらえたとしても最後が困るもんねぇ? ここは別れてもらって正解かなぁ?」


 ねぇ? と言う着ぐるみの言葉には応えず、ルイカはそのまま席を立った。


「は? どこ行くのさ?」


「――とにかくマツリカのとこに行くよ。早く連れ戻さないといけないし……それに、もっと聞かなきゃならないことも、出来た」


「聞くことって……」


 ルイカは構わず、マツリカの元へと向かった。


「まぁ、とりあえずは任せてみようや。オレ等は現状の把握に努めよう」


「またケンカに成んなきゃいいッスけどねぇ……」

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