第30話 独白⑥ プレイヤー名「ニート」 配布シム「タラリア」


 もう、15年になる。


 高校を途中でやめて、ぶらぶらして、それっきりだ。


 気が付いたら、15年。


 ずっと家の中で生活してきた。


 それで最近になって、もうどうしようもないんだって気が付いた。 


 本当に気が狂いそうになったよ。


 だってさ、ただでさえ人生がどん底なのに、ここから何かが良くなるって可能性が無いんだ。


 ただでさえ底辺に居るのに、ここからさらに悪くなっていくだけ。


 歳も取って、親もいなくなって、身体もどんどん弱って。


 考えたくなかった。


 何も考えたくなった。とにかく考えたくなかった。


 けど、一日中、考えちまうんだよ。


 想像できるか?


 拷問だと思ったよ。刑務所なら、いつか外に出してもらえるって希望があるし、周りに人だっているんだろう。

 

 でも、おれには、それすらないんだ。


 絶望しかなかった。人生がどんどんスカスカになっていくっていう絶望だ。


 おれが何をしたっていうんだろう? よく覚えていないけど、ちょっとだけつまづいただけだったはずなんだ。


 なのに、それだけで、どうしてこんなことになっちまうんだろう?


 気が狂いそうだった。


 会話が出来ない。会話がしたい。でも誰とも話せない。喋れない。怖い怖い怖い。


 家族が恐い。コンビニにすらいけない。外が恐い。日差しが恐い。


 だって誰かが見ている。おれを! いつも!!




 ……日が落ちるのを待って、誰もいないのを確認して、人が出歩かないような天気の日に外に出るのが気晴らしだった。


 雨のとばりの向こうから、近所の家の中にいる人の気配を感じていた。


 明かりがついて、料理の匂いがして、話し声が聞こえることもあった。


 訳わかんないかもしれないけど、おれにとっては必死の社会復帰だった。


 リハビリのつもりだったんだ。


 少しでも人間の社会に、接したかった。


 おれ以外に人間がいるんだと思うと、少しだけ人間に戻れた気がした。 


 人間は誰かに人間だと認識してもらえないと、人間じゃなくなるんだ。


 おれにはもう、自分が人間なのかすら曖昧だった。


 自分が泥か何かの塊みたいに思えた。


 まるでバケモノだ。


 そんなことを思いながら、ぽつぽつと雨の降る夜に取り残されていた時、声を掛けられたんだ。


 花みたいな女の子だった。


 本当に、一輪の花みたいな。


 何を血迷ったのか、自分でもよく覚えていない。


 どうしてそうなったのか。おれはその子と話し込んでいた。


 夜の、雨のぱらつく公園のベンチで。


 どうして逃げなかったのかわからない。


 ただ、あの子の笑顔を見た瞬間。乾いて今にも崩れ落ちそうだったおれの、バケモノの手が、人に戻ったんだ。


 本当だよ。本当に、そう思ったんだ。


 あの子が、マツリカちゃんが声を掛けてくれるたびに、おれのただれたバケモノみたいだった身体が、元に戻っていくみたいな。


 本当に、奇跡みたいな夜だった。おれは長らく見なかった夢を見たんだ。


 雨夜の刹那にだけ花開く、有りうべからざる安寧の夢を。  


 



 ――それからも夜に2人で会うことが多くなった。


 マツリカちゃんは季節の花みたいに表情を変える子だった。


 喜怒哀楽が激しくて、学校やお母さんにことで愚痴を漏らすのを聞いてほしいみたいだった。


 それなら任せろ。おれはいくらでも話を聞ける。


 だって、君が喋りかけてくれる言葉は、おれにとっては希望の光なんだ。


 何気ない言葉が、おれを、アキオ君って呼んでくれる声が、おれを、人間にしてくれる。


 幸せだった。


 彼女と出会って。おれは変わった。


 ――といっても、人並みには程遠い有様だったけれど。


 長期間のバイトは無理だから、短期のバイトをちょろちょろとやるだけ。


 資格も経験も国籍も、なんなら犯罪歴も問わないような、誰にでもできる肉体労働に勇んで飛び込んで行って、打ちのめされて、ボロボロになって帰ってくる。


 そんなことをやるようになった。


 割りになんて合わない。あんな思いをして、貰える金は数千円。


 以前なら二度とやるものかと吐き捨てていたことだろう。


 でも今のおれなら、それにだって耐えられる。


 マツリカちゃんが笑ってくれるからだ。


 そうして反吐を吐くような思いをして手に入れた金で、マツリカちゃんが欲しがっていたモノをプレゼントした。


 スマホだ。


 お母さんに持たせてもらえない事を悔しがっていた。友達は持ってるのにって。だから、オレが買ってあげたかったんだ。


 バカみたいな話だ。自分のスマホは親に買ってもらったヤツだってのに。


 おれは話し相手になってくれる小学生の女の子に、初めて自分で買ったスマホをプレゼントしたんだ。


 当然、毎月の通信料はおれが払う。


 その分の金は、バイトで死ぬような思いをして稼がなければならない。


 毎月、毎月。それを考えるだけで首を吊って死にたくなる。バイトから逃げるためなら、死んだほがマシだって本気で考える。


 でもいいんだ。マツリカのためなら、やれる。おれはやれるよ!


 おれの、親の番号しか入っていないスマホにマツリカの名前が入る。


 それだけで、生きていける気がした。


 ギリギリだけど、踏ん張れる気がしたんだ。 



 


 もちろん、こんなの、長くは続かない。


 きっと今だけだ。


 今はいいけど、マツリカだってすぐにオレがおかしいヤツだって気づいてしまうだろう。


 マツリカの家も知ってるから、たまに見に行くんだ。ちゃんと挨拶とかは出来てないけど、お母さんも知ってる。


 そのお母さんを見れば解る。


 マツリカはとんでもない美人になる。中学生。いや、小学校の高学年になれば、もう周りが放っておかないだろう。


 つまり、もう、すぐだ。


 そうなったら、おれは彼女に近づけなくなる。


 当然だ。そもそも周囲にどう説明する? こんな関係。


 それに、そうなればマツリカの周りにはいろんな奴が寄ってきて、きっとみんなで楽しく生きていくんだろう。


 美人っていうのはそういうことなんだと思う。それだけで、人に好かれるんだから。


 それはきっといいことだし、なんだかおれも嬉しくなる。


 けど、そこにおれの居場所はない。


 きっとマツリカはオレのことなんてすぐに忘れてしまうことだろう。


 いやだ。けど、しかたがない。だから、今だけ。今だけなんだ。


 一緒にいられるのは。幸せでいられるのは。






 あのデカい人のことは、マツリカから聞いたことがある。


 よくわからないけど、たまに家に来る嫌な人がいるって。


 おれは調子にのって、


「追い払ってやろうか?」


 って言ったんだけど、


「アキオ君じゃ勝てないよ」


 なんて笑われて。


 悲しかったよ。事実だけど。


 それが――こんなことになるなんて考えてもみなかった。


 こんなゲームがあるなんて。


 まさか現実に、こんな状況になるなんて。


 けど、でも、それでも、今はそんなこと言ってられない。


 このゲームから、とにかく「お母さん」だけでも助けないといけない。


 じゃないと、マツリカが不幸になる。


 それだけはダメだ。


 それだけは、本当にダメだ。


 正直、バイトの何倍も怖かった。


 殴りつけてくるデカいやつに、いきなり脱ぎだす女とか。


 怖すぎる。


 デカいやつもそうだけど、コスプレみたいな恰好した女も、怖かった。


 別にゲイとかじゃないけど、――初めて見たんだ。生身の女の身体なんて。


 とにかく経験がない。当然だ。あるわけない。


 だからただ、驚いて――――怖かったんだよ。


 それだけなんだ。それだけなんだ。


 殺してしまった。


 もうどうにもできない。


 おれはきっとここで死ぬんだと思う。


 勝てればいいけど、多分勝てない。


 それに、勝ってもどのみちマツリカとは一緒にいられない。


 きっと賞金なんてあっても、使い道に困って引きこもるのがオチだ。


 だから、勝っても負けても、結局おれは不幸になるだけ。


 どうしようもない。自分でも、本気でどうしようもないと思う。


 けど、しかたがない。これがおれなんだから。


 本音を言うなら、もう一度だけマツリカに会いたいよ。


 でも、マツリカに本当に必要なのは、おれじゃなくて、お母さんだから。


 おれが勝ち残ってもマツリカは幸せになれないから。だから。


 マツリカの「お母さん」だけはなんとか、おれが助けなくちゃ。マツリカのために、おれが何とかしなくちゃ……。たとえ、それでおれが死ぬことになったとしても。






特殊シム「タラリア」


 機能:スマホを起動して走り出すだけで、敏捷性と体感速度を一気にハネ上げることが出来る。


 戦闘力はないものの、人の動態視力を凌駕する速度で動き回ることが出来ようになるため、至近距離ならばいかなるシムに対しても優位を取れるようになる。

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