第28話 ルイカの選択 誰がために
「――お母さん!?」
マツリカが声を上げる。
先ほどのハルと同じだ。「レイヤー」は落とし穴の要領で相手を何処かへワープさせたのだ。
「大丈夫なのか!?」
ルイカも思わず声を荒げていた。
「さっきと同じなら、まぁ問題ないと思うけどね。セキトバは移動中ほぼ無敵になれるシムだし。……ちょっと、おじさん画面切り替えてよ」
「いや、ちょっと待て……」
中年が首をひねりつつ、真剣そうな顔で画面を覗き込む。
「――ダメだな。見えない」
どうやら、ゾーンマスターである中年にも画面を切り替えることが出来ないらしい。
「見えないって、なにさ!?」
「ワープした先は多分、「進入禁止エリア」だ」
キグルミの声に中年が応える。
「進入禁止って……スタート地点から徐々にゲームエリアが狭まってくってヤツだよな!?」
ルイカは確認する。たしか一本道であるバトルフィールドが、スタート地点から一区画ずつ、進入禁止エリアに指定されるというルールである。
このルールがあるため、ゲームが進むに連れバトルフィールドはどんどんと狭まり、プレイヤーたちは否応なく殺し合いを強要されることとなるのだ。
「まさか――まさか、それで即失格なんてことはないんだろうなッ!?」
ルイカは発言してから、自分の発した言葉にゾッとして口元を抑えた。
胃が引きつっているのがわかる。息が止まりそうだ。
こういう(少なくともフィクションにおける)バトルロイヤルゲームでは、禁止区域に入ったら、もしくは特定のエリアから出てしまったら、即脱落と見なされ、死亡させられるという事例を、幾つも思い出したからだ。
「ウソだろ!? こんなんで、まさかこんなことで脱落なんて――――」
「いや大丈夫だ。問題ない」
いきり立ったルイカに、不安そうに顔を歪めているマツリカに、中年が確たる返答を返す。
「禁止エリアに入っても、それで死んだりとかは無いみたいだね。その代り「一回休み」になるんでシたっけ?」
「正確には、次の禁止エリアが制定されるまでの間、一時停止しちまうみたいだな。ま、禁止区域入り=死だと、ワープ使いが有利すぎるもんな」
「そ、うなの、か……?」
なんだよ、紛らわしい……。と、ルイカは息を吐きつつ、汗で冷たくなった身体を持て余す。
「まぁ、禁止エリアまでワープが繋がってるってのは問題だよな。意見書に書いとくか?」
「でもそれだと、エリアが狭まるとワープ使いが不利になってくってことにならないでス?」
「でもなぁ……」
「やめろよ! ゲームバランスなんてどうでもいいだろ! それより母さんは大丈夫なのか!?」
ルイカは老人が咳き込むような声で言い、マツリカも無言で中年を見る。
「あー、禁止エリアが広がるたびに、その中で一時停止してたヤツは活動可能なエリアまで押し出されるらしいな。だから『一回休み』だ」
「じゃあ……」
「とりあえず、しばらくは問題ないってことだ。あのコスプレ姉ちゃん、罠まで用意してたわりにずいぶんと穏便だな」
そう言えばそうだ。この女、さっきはエネミーだらけの部屋にハルを放り込んだくせに。
「あ、でも押し出されたところにワープが有ったら、またまた禁止エリアに放り込まれちゃうよ! ハメ技だよハメ技!」
「バッテリーの無駄だからやらんとは思うけどな……。ま、押し出されてくる辺りは綺麗にしとくか。何も設置できないようにっと」
「じゃなきゃ
「の割りには、なんか仕掛けてる感じじゃねーんだよな。……意図が良くわからねー」
確かに、「レイヤー」の行動には不可解な部分が多かった。
しかし、これ以上ゲームマスター同士で話し込んでいても分かる様な事ではない。明確な意図があるかどうかも定かでないのだ。
とにかく、禁止エリアに送り込まれた母やドライバーのことを思案しても意味がない。
当の「レイヤー」はその場から去ることもせず先ほど利用した壁面の鏡を、もといそこに映る自分の姿を満足そうに見ていた。
くねくねと体を動かし、ポーズを決めては頷いたり、逆に首を振ってアレコレと思案するようなそぶりも頻繁に見せる。
とにかく真剣だということは伝わってくる。
「ヒマさえあればこんなことばっかやってんなぁ、このねぇちゃん」
「どんだけ自分のこと好きなんだろねー?」
「コイツを見てても意味ないな……。ハルはどうしてる?」
「まだレベル上げだな。順調ってとこだろ。……ただ、問題はあのカミナリのねぇちゃんの姿が見えねぇことなんだが……」
「あ、ちょいちょい。ちょいまって。また来たよ例の――」
「アキオくん!」
マツリカの声とほぼ同時に、カガミに集中していたレイヤーもそれに気づいたようだった。
また、いつの間にか「ニート」がレイヤーの背後に出現していたのだ。
ずっとうずくまって泣いていたかと思ったのだが、セキトバを追ってきたのか?
コイツはコイツで、いつも唐突に姿を見せるな。……この「ニート」の特殊シムはなんなんだ?
ルイカがいぶかる間にも、ギョッとして跳びあがった「レイヤー」を、「ニート」は微動だにせず、じっと見つめている。
その手には先ほどと同様に、強力なレア・サイドアームの『サブマシンガン』が握られている。
しかし、強力な武器を手にしている割に、この男は相変わらず、ぶるぶると小動物のように震えているばかりだ。
「こいつ……まだやるつもりなのか?」
なぜこんな、見るからに怯えているのが丸わかりの状態で、他のプレイヤーに立ち向かっていこうとするのだろうか?
ルイカにはまるで理解できなかった。逃げ回っていた方がまだマシだろうに。
「アキオくん……ッ!!」
ただ、それを心配そうに見つめるマツリカのことが気にかかった。
マツリカがこの「ニート」に向ける感情とはいったい何なのだろうか?
友情? それは本当に親愛の情なのか? ――それとも、それらとは一線を画する、おぞましい何かなのか!?
ルイカは何も言わず、マツリカを見た。
こんな子供に、あの男は、「ニート」は――いったい何をしたのか?
どす黒い感情と想像が沸き起こってくる。なによりも、母がそれ知ったなら、どうなってしまうの関わらない。
――母さんが、可愛そうだ。
言葉にするでもなく、ルイカの心にのしかかるのはその一念だった。
自分は、自分の前からいなくなった母が、何処かで幸せでいてくれることを望んでいたということなのだろうか?
こんなにも、母を案じてしまうというのなら?
――いや、そうじゃない。
ルイカは、奥歯をかみしめて、都合のいい美談めいた妄想を断じる。
そうじゃない。今、自分が母を案じるのは「母が幸せでいてくれるなら、自分の罪が軽くなる」と、勝手に思ってるからに他ならない。
あくまで自分のためなのだ。自分の罪悪感を和らげるために母が幸せでいてくれた方が、都合がよかったというだけなのだ。
結局はそれ。自分勝手な話でしかない。
ルイカは一人、物言わぬ石のようにうつむいて、自重と自責で自らを切り刻む。
オレは結局、そんな人間だ。――だが、たとえそうなのだとしても。
ルイカは顔を上げ、マツリカを見据える。
たとえ、薄汚い自己満足のためだったのだとしても、これ以上母を苦しめかねないものの存在を、看過することは出来ない。
「――オレはこの「レイヤー」を援護するべきだと思う」
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