第27話 ミラー・トリック

 その時だった。あらぬ方向から、単発の射撃音がパラパラと鳴り響いた。


 「ニート」の持つマシンガンではない。別のサイドアームだ。


 おそらくはハンドガンだろうか。


 視界をめぐらすと、「ニート」が出てきたのとは反対側の「ドライバー」たちからかなり距離を開けたところに、銃を構えている人影が見えた。


 弧を描く回廊の向こう。ギリギリ射線を保持できるぐらいの場所に、奇妙に場違いな衣装をまとった女の姿があったのだ。


「レイヤー」だ。ハンドガンを構えて、今は「あちゃー」とでも言わんばかりの顔をしている。


 他のプレイヤーが集まっているところを奇襲でもするつもりだったのだろうが、銃弾に気付いた母が「シールド」のサイドアームでカバーに入り、事なきを得ている。


 ルイカの母が持つ特殊シム「トクサ」の機能だ。


 トクサはそのレベルを上げることで、全八種のサイドアームを全て使用することが出来るようになる。


 とにかく手数の多さが特徴のシムなのだが、あえて防具ばかり使用しているのは母らしいと、ルイカは思った。


 そこで怒髪天を突く勢いで、巨漢が身震いした。

 

 背広のせいでよく見ないと解らなかったが、肩辺りから出血している。最初の一発が当たったのか?


 母が何かを「ドライバー」に言った。しかし「ドライバー」はその巨体をぶるぶるとふるわせ、何事かをわめきたてる。


 母さんの言葉は最初から取り合うつもりがないようだ。


 そこで「ドライバー」は初めて自らのスマホを取り出した。


「――こいつ、なにする気だ!?」


 そして母に近づいたかと思うと、その身体を掲げ上げた。ルイカは声を上げたが、次の瞬間には、巨漢と母の姿は何か、さらに巨大な何かの上にあった。


「これは……」


「この人のシムだね。『セキトバ』。ま、見ての通りのお馬さんだよ。能力は――」


 キグルミは解説の言葉を吐こうとするよりもも早く、それは動き出していた。


 凄まじい重量感で、石造りの通路を、まるごと揺り動かすようにして走り出す。


「飛び抜けた機動力・防御力・そんで、鎧袖一触の破壊力って感じかな。走りだしたら止められないってヤツ?」


 セキトバに乗った「ドライバー」は「ニート」を置き去りにして走り出し、一気に「レイヤー」へ詰め寄る。


 しかし、このレイヤーの特殊シムは「ビフレスト」。各所にワープゲートを設置できるというものだ。


 逃げるだけなら問題ないと思うのだが……。


 案の定、「レイヤー」はスマホを手に、壁面にワープゲートを開く。


 しかし、自分でそこに入るのではなく、通り過ぎる。


 そのワープゲートからは、ぞろぞろとエネミーが姿を現した。


 おそらくは――ハルをハメた時と同じように、エネミーを何処かのサイドスペースに溜め込んでおいて、自分が逃げる時の壁として使用したってことか。


 何気に頭を使ってるなこの女。見た目と違って頭脳派なのか? ――しかし。


 ルイカは感心しつつも、それが無駄に終わることを知っていた。


 ルイカだけではないだろう。他のゲームマスターたちも、そして逃げているレイヤー自身も。


 それほどに、巨漢の駆る「セキトバ」は圧倒的だった。


 壁としてばら撒かれたはずのエネミーが、何の障害にもなっていない。「レイヤー」はあっという間に追いつかれてしまう。


 しかも、レイヤーの眼前には、例の障壁シャッターがあった。道は塞がれていたのだ。


 万事休す! あとは轢き殺されるだけか、と思われたところで、「レイヤー」は道を塞ぐシャッターに手を突き、そこにワープゲートを開いた。


 そのまま、身体を滑り込ませる。


「なんだ? ワープで逃げれるならもっと早くすればいいのに……」


「ちがうちがう。……今のは短距離ワープ用のゲートだよ」


 キグルミが補足してくる。ルイカの視線に、キグルミは人差し指を立てつつ、続ける。


「えっとね。ワープゲートを設置できる『ビフレスト』は強力なシムだけど、その分バッテリーの減りも早いんだよ。充電もせずに使いまくるとスグにバッテリー切れになっちゃう。そんな時に便利なのが、この短距離ワープ。――つまりは壁抜けだね」


 ワープゲートの機能を応用しての壁抜けってことか?


「それに、穴を開けるだけなら出口の出現場所をアレコレ設定しなくていいからな。咄嗟に逃げる場合にはこれの方がいいわけだ。――やっぱ、格好はアレだが、コイツ考えてるな」


 中年が画面を切り替えると、確かにレイヤーは設置したワープゲートをくぐりながらも、壁一枚を隔てて向こうにいた。


「そうか、なら――」


 ルイカが安堵の息を吐こうとしたところで、目の前のモニターが爆ぜた――かのように思われた。


 それほどの衝撃が画面の向こうで炸裂していたのだ。


「……あーらら」


 一時、言葉を失ったゲームマスター達だったが、キグルミが、そして中年もつづいて、呆けたような声を上げる。


「こいつぁ……さすがに予想外だな」


 セキトバを駆る巨漢は、その突進で道を塞いでいた石壁のシャッターを粉砕してしまったのだ。


 まるでダイナマイトでも爆発したかのような光景だった。


 しかも、それだけのことをしておいてもなお、セキトバに負傷や破損は見られない。


 なんてこった。ランダムに道を塞いでプレイヤーを戦わせようとするこの障壁の仕掛けシャッター、誰にも手の出せないギミックかと思いきや、このセキトバを持つプレイヤーなら障壁を破壊して進むことが出来るのか!


「これもシムの特権……ってところか」

 

 中年の声に応える者はいない。セキトバを駆る「ドライバー」が、粉砕したシャッターの向こうで棒立ちになっている「レイヤー」を見つけていたからだ。


 気色ばんだ巨漢は顔面をきゅっとような笑いを浮かべ、そのままセキトバを前進させる。


 それを見る誰もが、次の瞬間に起こるであろう惨劇の予感に、目をきつく閉じようとした。


 棒立ちのレイヤーはもはや回避も叶わない。――誰もがそう思った。


 しかし、無防備に立つ「レイヤー」の身体がそのまま血油の塊となって霧散する事は無かった。


 プレイヤー2人を乗せたセキトバの巨体は、そのままレイヤーの元に突進し、姿を消してしまったのだ。


「――鏡だ! 鏡張りのトリックだ! コイツ、やりやがった!」


 中年が上ずるような声を上げる。


 ルイカも、一瞬何が起こったのかを測りかねた。


 レイヤーは、セキトバの直進方向にいたのではなく、湾曲した道の対面側にいたのだ。


 巨漢が轢殺れきさつしようと突貫したのは鏡に映ったレイヤーだったのである。


「おぉー! カガミ張りのテクスチャー、こんなふうに使うかぁ!」


 キグルミも興奮気味に声を上げる。


 「レイヤー」がわざわざ壁抜けの短距離ワープを使ってまで自分を追わせたのは、このためだったのか!


 そして、鏡張りの壁には、同時にゲームフィールドのどこにでも出口を繋げられる長距離ワープゲートが仕掛けてあった。


それで、セキトバを駆る「ドライバー」は、母もろともに姿を消してしまったのだ。


「お母さん!?」


 マツリカが悲痛な声を上げた。

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