第24話 知りたい

「コイツ、知ってるぞ……親父オヤジの運転手だ!」


 ルイカは自分の声に驚きながら声を上げた。


「運転手ぅ?」


 その声に、着ぐるみが驚きを交えて応える。


「なんでこいつが……いや、こういうことなのか。俺達を繋ぐ因果がどうっていうのは」


 見れば、確かにプレイヤー名も「ドライバー」となっている。


「いま初めて気づいたのか? 見覚えがあんならもっと前に気が付きそうなもんだが」


 静かに驚愕するルイカに、中年が重ねて問う。静かに、諭すような声だ。


 ルイカも一泊の息を置いて、応える。そうだ。取り乱してもいいことは何もない。


「……見た――って言っても、それはかなり前なんだ。親父を迎えに来てたのを見たってだけで」


「運転手さんに迎えに来させるわけですかぁ? お金持ちだねぇ。ボンボンだねぇ。世の中は不公平だねぇ」


 中年とは逆に揶揄やゆするような着ぐるみの感想に、ルイカは舌打ちする。今は関係ねぇだろ。


「まぁまぁ。続けてくれ。じゃあ、お前のおふくろさんとも知り合いだったってことか?」


「――いや、でも母さ……が家を出たのは10年も前だ」


 その当時からこの巨漢が運転手をしていたはずはない。


 ルイカの父にはそんな昔からの部下などいないはずだ。そんなに長く部下を続けられる奴が要るはずがない。


「そうなると、確かに謎だな」


 中年が熟考するように押し黙り、つられて一同も沈黙する。


「……私も、知ってる」


 そこでマツリカが声を上げた。


 誰もが驚愕に目を剥いてマツリカを見た。


 無論、ルイカの困惑はひときわだった。


「そん――なはず、ないだろ!? だって、アイツは」


「わかんないけどッ、けど、時々お母さんと話してたんだもん」


 身を乗り出すルイカに、マツリカもそれを訴えかけるようにして向きなおる。


 マツリカの自身も全身に困惑の色を浮かべている。さすがにウソを吐いているようには見えない。しかし、だからこそルイカはいっそう困惑せざるを得ない。


 何がどうなってるっていうんだ!?


「じゃあ、ちょくちょく家に来てたってこと……だよね? それって……」


 キグルミの言葉に、マツリカは曖昧にうなづいた。


「どういう……クソ! どういうことだよ! もう、わけが……」


「まーその辺は一旦置いといて、今は状況を正しく捉えよう。見ろ、現状はそこまで剣呑な雰囲気でもないみたいだぞ?」


 取り乱すルイカを諭すように中年が言い。4人の視線は立体型モニターに集中する。


 確かに、巨漢の運転手は、母に詰め寄りつつも、ニコニコと、いかにも作ったような顔で母に語りかけている。


 ――コイツ、何をしゃべってんだ!? このモニターの映像ではそこまでは解らない。


「なぁ、音は拾えないのか? これじゃ何もわかんないだろ!?」


「そうなんだよねぇ。ゲームマスターをしろってわりには、映像しか見えないんだよねぇ~。不便だよ、ふべーん!」


 ささくれ立つようなルイカの声に、キグルミも不満を重ねる。


 これは致命的な欠陥なんじゃないのか?


「それについては、さっき質問書を出してみたんだ。応答は『プレイヤーの要望が直接ゲームマスターに届くと、ゲームそのものがワンサイドゲームになってしまうから否』だそうだ」


 中年の応答に、一同から声にならない唸りのようなものが漏れた。


「あー、あんまりプレイヤーに親身になりすぎるなってことだね。僕らも僕らで勝手な方針を固めてるんだし、全部が筒抜けだとゲームが成立しないまでありそうだけどね……」


「成立しなくていいんだ! こんなゲーム! あの青いのだってそう言ってただろ!」


 ルイカは吐き捨てる。


「まーねー」


「落ち着こうぜ。とにかく、お袋さんに好意的な仲間が出来たんなら、それはオレ達にとっても好都合なことなんだ。とりあえずは、状況を好意的に受け止めようじゃねーか」


「そーねー」


 中年の唱える方針に、しかし生返事を返したのは着ぐるみだけだった。


 ルイカも、何よりもマツリカも押し黙ってこの光景を見ることしかできない。


 この巨漢を見て、何か、良く無いモノを感じていたからだ。


 とにかく、コイツがなぜこんな行動に出ているのかが解らない。そこが不気味だ。


 そもそも、このデカいのはなぜ親父の元から去ったはずの母と会っていたんだ?


「……」


 ルイカはマツリカを見る。一瞬、この巨漢がマツリカの父なのでは、と考えたのだ。


 しかしマツリカの反応を見ればそうとは思えなかったし、なにより、他ならぬと思い直した。


 ルイカの父は、執拗な、執念深い性質の人間だ。


 一度でもミスをした人間を許さない。切り捨てるとか、解雇するとかではなく、この世から消してしまうのだ。


 執拗に消してしまう。


 無論、殺すということではない。自分の生活圏から徹底して遠ざけるという意味だ。


 何かがあると、――たとえば、ルイカの成績が少し落ちた場合、叱責はルイカにではなく、その周囲の人間の責任となって、少しずつ評価が下がっていく。


 怪我をしたり、病気にかかった場合もそうだ。静かに配置変えが起こり、ミスをしたと見なされた人間が、少しずつルイカから遠くへ、はじき出されるようにして、消えていく。


 使用人や家政婦。家庭教師、学校の教師、部活の顧問、さらには友達までもがそうだった。


 少しずつルイカから離れていき、姿を消すのだ。


 それは父の周囲でも同じことだった。父にかしずく家人はルイカをとり巻く人間と同様に、コロコロと顔を変える。


 この「ドライバー」も何人目の運転手なのかはわからない。


 まるで、この世界には父とルイカだけが存在し、後は変えの効く駒だけが配置されているだけであるかのように感じられてしまう。


 今でも父がそれをやっているのだという確証はない。そもそも、ルイカ自身には何も知らされないのだ。


 だが、ルイカは確信している。確実に、ルイカと、あの父を中心として、何かが起こっているのだと。


 初めてそれを知った時、ルイカは罪悪感で眠ることが出来なかった。




 当然、母が消えてしまったことも、自分のせいなのではないかと感じていた。


 ルイカがやった何かのミスの責任を取らされて、母はルイカから遠ざけられたのではないか?


 それを認めることはルイカにはできなかった。


 それは、あまりにも残酷なことに思えたから。


 自分のせいだという責任を背負うことが出来なかった。とても、孤独な少年が一人で背負えるものではなかった。


 だから、母は勝手に自分を捨てて何処かへ行ったのだと思い込むようになった。


 二度と会えないなら、憎んでいる方がましだと思えたからだ。


 だが、母はルイカと同じ世界にいる。


 異常な世界ではあるが、今、ルイカは母を同じ世界を共有しているのだ。


 ルイカはようやく、奇妙な焦燥のようなものを感じ始めていた。


 臓腑に固いしこりが出来るかのような、不快な感覚を伴って。



 ――知りたい。



 それは衝動のようなものとなって、ルイカの喉を震わせた。


 あの巨漢――「ドライバー」のことなどどうでもいい。自分の前から消えて、10年。


 10年もの間、母はどうしていたのだろうか?


 マツリカの父親はどんな人間だ? 良い人間なのか?


 どうして、母は自分の前から消えた?


 父のせいか? 母自身の決断だったのか? それとも、自分が何かをしてしまったせいなのか?



 母は――母さんはこの10年、幸せ、だったのか?



 そしてルイカは唐突に悟る。


 このゲームは彼にとって、本来、知ることのできないはずのそれを知ることのできる、二度とないチャンスだったのだと。


 消えてしまった人と出会える、またとない機会だったのだ。


「――大丈夫?」


 言葉にならない言葉を持て余すルイカに、マツリカが窺うような声を掛けてくる。


「なん……でも、ない」


 辛うじて、そうとだけ答える。


 問いたいことはあっても、声が出てこなかった。


 それを一度でもマツリカに質問してしまえば、自分の中で、何かが決定的に変わってしまうような気がしていたから。


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