第20話 ゲームとコスプレ
「え……と、この人」
マツリカが一人のプレイヤーをマークする。そこには「レイヤー」とだけ記されていた。
レイヤー……意味としてはコスプレイヤーということでいいのだろうか?
ルイカとしては「ミョルニールの女」ことアザミの方を優先してほしかったが、強弁ばかりもしていられない。
「コイツ……どこにいるんだ!?」
とりあえず、歩調を合わせることにする。
「えーっとな……ここだ。サイドスペースの中にいるな」
中年が画面を操作すると、内部が映し出される。
「なんだ、この部屋?」
ルイカは画面を眇め見る。奇妙な部屋だ。
四方の壁面が全てカガミ張りになっている。
「んん? っかしーな。こんな部屋無いハズなんだが……」
「あー、これはアイテムッスよ。「テクスチャー」タイプのアイテムのひとつだね」
「テクスチャー?」
「偽装用のアイテムだよ。カガミの他に、壁と同じ模様を自分に張り付けたり、エネミーのテクスチャーを自分に張り付けたりもできるよ」
「偽装って、このカガミ……なんに使うんだ?」
「んーっと、エネミーは基本的に視覚でしかモノを判別できないみたいだから、それを錯覚させるために使うってことかな? とりあえず、これ自体が危険なアイテムじゃないから、バラまいといたんだよ。ハズレアイテムってことで」
「それはそうとして、……コイツは何やってるんだ?」
カガミ張りの由来はわかった。しかしそれでこのプレイヤーの行動が説明できるわけではない。
このプレイヤー「レイヤー」は、先ほどからカガミ張りにした壁の前に立ち、真剣そうな顔つきで、ためつすがめつ、ポーズを取っては、鏡の中の自分を見てニヤニヤと顔を歪めているのだ。
「なにって……見たところ……ポーズの練習じゃないですか?」
ルイカはそろそろ頭が痛くなってきた。眼がしらを押さえつつ、声を絞り出す。
「なんなんだ!? 真面目にやる気があるのかコイツ!?」
「まーまー、ある意味でこのヒトは真面目じゃないでスか。罠まで張ってるんだし」
そううことを言いたいのではない。
ルイカは言葉を探して唇を噛んだ。
ゲームを真剣にやってほしいわけではない。むしろやめてほしいくらいだ。――ただ、だからといっ遊び半分で殺し合いをするような奴らを歓迎などできない。
「……しっかし、良くわからん奴だよな」
中年も困ったように言う。
「んー。マジで誰なんですかね? なんでコスプレしたままこんなところ来ちゃうんだろ?」
お前だって人のことは言えないだろ――とはルイカも口に出さなかったが、とにかく妙なのは確かだ。
この女はなんというか、巫女さんというか、神職めいた衣装をまとっているのだ。
しかし、実際の神職の衣装とはだいぶ異なり、なんというか、スカスカで、よく見ると服としての機能をはたしていないかのような具合なのだ。
コスプレイヤー――とは言うがその中でもかなり過激な部類に入るのではないだろうか?
しかも明らかに作りものめいたロングヘアーは腰まで伸びる金髪(いや、キツネ色と言うべきか)で、なぜか狐の耳がついている。
顔にもクマドリめいた化粧が施されており、完全に二次元の世界のキャラクターそのものと言える姿だ。
問題なのは、いい年をした人間が人前でこんな姿をさらしていることであろう。
はっきり言って娼婦以下だ。
それでもファンには――つまりゲームを知っている手合いには好意的に映るのかもしれないが、ハタから見ると何ともリアクションに困る光景だと言わざるを得ない。
「まー、僕らが見てるとは思ってない訳ですシね? 多少はね?」
言われてみれば覗きでもしているような気になって来るが、ルイカにしてみれば気分が悪いだけだ。誰が好き好んでこんなことをやるものか。
「だいたい、なんの格好なんだコレ。ゲームか?」
ルイカは苛ただしげに吐き捨てる。
「アレ? 知らないでス?」
「ワイズ!」
すると、マツリカが少々声を弾ませて言った。
ルイカは驚いてマツリカを見る。はにかんだような笑顔が、何かを期待するようにルイカを見つめ返した。
「そうそう。よく知ってるねぇ! ――ほらこれ、「ワイズ・クラッカーズ!」っていうね、神ゲーだよ神ゲー」
着ぐるみは着ぐるみで、頼んでもいないのにルイカへ自分のスマホを見せてくる。
そこには何やらソーシャルゲームめいたものの画面が映っている。
「ゲームなんてしてる場合かよ!?」
「違う違う。僕ねー、こういうゲームとかのアフィリエイトサイトとか、いくつか運営してるんだよね。その広告収入で、まぁ死なない程度に生きてるわけでス。そう言うつながりだって言いたかったの」
「はぁー、器用な生き方してんなぁ」
次いで、中年が何ともとぼけたような声を上げる。どうやらルイカと同様このゲームについてはなにも知らないようだ。
「おじさんもやったらいいじゃないでスか。こういうの得意そうなのに」
「いや、いろいろあんだよ。ネットにはさ、……いろんな闇が詰まってるんだ」
「うへぇ……」
薄ら笑った中年に、今度は着ぐるみが絶句する。
当然ルイカにもマツリカにもやり取りの意味は解らない。
「私も、見たことあるかも」
「えーー!? 僕のサイト!? うにゃあああ、なんだか照れちゃうなーそういうのぉ!」
マツリカが言うと、キグルミは身をよじって奇声を上げている。
……まぁ、仲良くしてくれる分には問題はないのだが。
しかし、口ぶりからすると、マツリカもこのゲームに詳しいということなのだろうか?
あまり、スマホの扱いに慣れている感じじゃなかったが……。
「で、だ。問題はこのレイヤーさんをどうするか、なんだよな」
妙な方向に盛り上がっている話題を修正するように、中年が声を上げた。
「……どうもこうもないだろ。ハルを狙ったんだ。排除するしかない」
ルイカが固い声を出すと、他のゲームマスター達は押し黙った。
「んー、気が乗らないよねぇ……。僕らにしたらゲーム仲間なわけで」
そんなこと言ってる場合かよ! と、ルイカは心の中で吐き捨てる。
こうしてくっちゃべっている間にも、ハルは危険にさらされてるんだぞ!?
「ま、当面はどうしようもねーだろ。このキツネのねーちゃんは罠を這って自分は安全圏にっていうタイプだ。排除ってもすぐにはどーしよーもねー」
「なら――」
「んー、じゃあやっぱり問題はあのカミナリの人でスかね? あの人さえいなけりゃ、さっきみたいに僕らのサポートでもなんとかなりそうなんだけど……」
「だな。一人でダメなら、二人以上で対抗するしかねぇんだが……、残りのメンツも癖のありそうなやつらばっかでなぁ……」
「それより、僕としては、やっぱ動機とかを訊きたいんだけどなぁ」
持って回ったような言い回しで、着ぐるみが再びルイカに水を向けてくる。
「おい……」
「だってこの人の「プレイヤーネーム」って「アベンジャー」ッスよ!? みんな意味知ってるよね? 『報復』って意味だよ!? つまりは「やり返す人」って意味!」
たしかに、そろそろ、ルイカが何も言わなくても、それが何を意味するのかを察っし始めることだろう。
「アベンジャー」……報復者と銘打たれた女。その女は執拗にハルを狙い、ルイカはそれについて口を閉ざす。
いいかげん、だれでもその関係性に気付きそうなものだ。
その報復がハルに向けられているのだという事に。
ルイカは必死に口をつぐみながら、内心でその報復者に語り掛ける。
――お前、どうしてそんなことになっちまったんだ!? 仕方のないことだって思ってたんじゃないのかよ!?
なら、なんであのとき「何でもない」なんて言ったんだよ!?
お前が「なんとかしてほしい」とでも言えば、なんとかなったかもしれねぇじゃねぇか!?
――なぁ、アザミ。おまえ、どうして。
どうして。
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