第19話 ビフレストの罠

 ハルは再び補足されていた。ミョルニールの女――アザミは、疲れを知らないかのような走りでハルを追い詰めていくのだ。


 クソ! どうしてハルの居場所がこんなに簡単にわかるんだ!? そう言うアイテムでもあるっていうのか!?


「ハル! ――ハル逃げてくれ!」


 聞こえている訳もない――が、ルイカは言葉にせずにはいられなかった。


「なんとかできないんでスか?」


「サイドスペースに入ってくれるなら、さっきみたいにワープさせられるんだが……」


 すると、またハルの前方に障壁が降りてくる。


 一定時間ごとに道が区切られると言う、例の仕掛けだ。


 本来はプレイヤーの行き場を失くして戦闘を促すためのものなのだろうが――


 ハルは迷わず、近くのサイドスペースへ向かう。そうだ。戦うんじゃなくて、逃げてくれ!


「おっさん!」


 ルイカが叫んだ。


「まかせろ! 後はこのサイドスペースにワープを設置すりゃ……」


 さっきと同じだ。これでハルを安全な場所に――と、ルイカが安堵しかけたその瞬間、サイドスペースに入るよりも先に、ハルの姿は消失していた。


「ちょっとおじさん! 何やってんの!?」


「違うぞ――オレはこんなところに設置してねぇ!」


 中年の声に、誰もが息を呑んだ。


「どゆこと? 最初からここにワープがあったってこと? じゃないなら――」


「プレイヤーがやったってことか!?」


「…………これ、だと思う」

 ルイカの声に、マツリカのか細い声が応えた。


 先ほど送られてきた「特種シム」のリストにマークが付けられる。


「「ビフレスト」――の特殊シム、か!」


 中年が興奮気味に声を上げた。


「機能は、……ワープゲートの設置……。あらら。じゃあおじさんと同じことが出来るシムってことでスか?」


「ま、大雑把に言うとそうだな。――やられた」


「待て――ハルはどうなった!? なんでプレイヤーがそんなことするんだ!?」


「そりゃあ――」


 着ぐるみが当然の如く何かを言おうとしたところで、ルイカはハルを見つけ――そしてまた、くぐもる様な悲鳴を上げた。


 ハルは一つの部屋、つまり先ほどのそれとは別のサイドスペースに押し込められていた。


 ――20体以上のエネミーと共に。


「なッ、――なんだこれは!? なんで」


「罠――だな」


 中年が落ち着き払った声でいう。


「なーるほど。ワープゲートを使って、自分に群がってくるエネミーをわけでスか」


「ああ、エネミーは「ドア」を開けられないからな。サイドスペースに詰め込んじまえば、自分じゃ出てこれない」


「なに――なにそんな冷静に喋ってんだよ!?」


 ハルが、ハルがそのエネミーにやられそうになってんだぞ!?


 しかし応える声は呆れたような響きさえ伴っている。


「落ち着けって。いい加減、お前の彼女のシムを覚えろよ――あらゆるシムの中でも最高の防御力を誇る「アイギス」の盾だ」


「そうそ。エネミーに囲まれたって傷一つ負わないッスよ」


 ――たしかに、エネミーに囲まれたハルはそれでもスマホを掲げてあらゆる攻撃を弾いている。


 まるでバリアでもあるかのように、エネミーの攻撃は届いていない。――しかし、


「だからって、このまま耐えてたってどうにもならないだろ!?」


「当然やることはやってるッスよ。だから見てな――って!」 


 着ぐるみがスマホをタップすると、ディスプレイの向こうで、ハルの近くに何らかの立体的なマークが浮かび上がった。


 ちょうどゲームの誘導指示アイコンみたいな感じだ。


 これがゲームなら、この先には……。


「大抵、必要なアイテムとかがあるよね? 僕は「アイテムマスター」。好きなところにアイテムを配置できるんだよ」


 そのアイコンに気づいたハルは、アイギスでエネミー達を押し退けつつ、それに接触する。


 すると、一気に複数種のアイテムが出現した。どっさりとだ。10個近いアイテムが一気に出てきた。


「――おいおい、やりすぎじゃねぇか?」


「いいじゃないでスか。僕らは別に、んだから」


 着ぐるみがおどけるようにいう。


 出現したアイテムの中には、ナイフや銃みたいな、明らかに武器と見なせる形状のものがあった。


 ハルは迷わずそれを掴むと、群がるエネミーを蹴散らし始めた。


「――これでシムのレベルも上がるし、万々歳でしょ。あとは回復用のお薬と、各種レーダー、エネミーの忌避剤、懐中電灯に食べ物に水、簡易トイレまで! なんでもござれだね。後はなんとでもなるなる」


 ルイカは安堵の息を吐いた。


「……アイテムに武器なんてあったんだな」


「「サイドアーム」だ。攻撃に使えないシムもあるからな。それに、スマホばっか使ってると「バッテリー」がすぐ減っちまう」


 そうなのだ。このスマホ、魔法みたいなことが出来るわりに、使うために充電してエネルギーを補わなければならないという面倒なルールがある。


 そのため、スマホのバッテリーを温存するためにも武器――「サイドアーム」のアイテムは重宝するというわけだ。


「このサイドスペースにも充電ポイントはあるみたいだし、だいじょぶでショ。サブバッテリーのアイテムも出しといたよ。僕ってば有能!」


「…………」


 しかしルイカの心は晴れなかった。だからこそ、こんなルールがあるからこそ、「スマホの複数持ち」には多大な意味がある。


 どれだけハルにアイテムを渡しても、しょせんは補助アイテムだ。複数のスマホを振るう相手には分が悪い。


「――さて、当面はなんとかしのげるが、マジの問題はあの「ミョルニール」の女にどう対抗するか、だな」


 中年がルイカの無言を代弁するかのように言った。ありがたい。本音を語らぬルイカが言うよりも、みな納得しやすいだろうから。


「それもあるけど――どっちかって言ったら、こんなワナ作った人の方が先じゃないでス?」


 性格悪そう。――と着ぐるみが続けた。


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