第12話 両方助ける

 

 長い――長い沈黙を破ったのは、そんな中年の一言だった。

 

 視線が集まる。


「おれ達の方針は。――つーか、両方とも生き残らせるっていう方向で行くしかないだろ」


「えぇ……? やー、だってそんなの」


 着ぐるみは胡乱な声を上げ、マツリカも赤くなった目を向ける。


「で、――できるのか? そんな」


「わからん!」


 期待、不安、懐疑、それらのないまぜになった視線を受けながら、中年は極シンプルに言い切った。  


 唖然とする三者に、しかし中年は声を張って続ける。


「けどな、この状況なら無理にでも、その「方針」で進めるしかねぇだろ。いいか。このゲーム、実は曖昧な部分が多い」


 たとえば、と続ける。


「『ゲームマスター用窓口』ってアプリがあるだろ? そこには「マスターからの問い合わせ、意見・要望を受け付ける窓口」って項目があるんだ。要するに、これはまだゲームの細かいルールが、曖昧なままになってるってことなんじゃねぇか?」


「それは……」


 意味がよくわからず、ルイカは声を漏らす。


「それは、つまりだな。このゲームはデバックが済んでないってことなんだ!」


「デバック……ってなんだ?」


「ああ、要するにテストプレイだ。普通のゲームなら、出来上がった後にテストプレイを繰り返して、問題点を洗い出してから、ようやくゲームとして完成するんだ」


 そこで、中年はニッと口元を歪める。


「聞けば、このゲームは今回のために作ったもんだって言うじゃねぇか。つまりぶっつけ本番なんだ。微調整が済んでない。そこでだ! この「窓口」に意見を送りまくって、「ルールの隙間」を見つけ出す。それにつけ込んで「勝利者は1人」っていうルールをすり抜けて、2人のプレイヤーを生還させる。っていうやり方が出来るかもしれない」


 突拍子もない提案に思えた。


 ――それでも、それはこのどうにもならない現状を打開するだけの希望に満ちていた。


「じゃ、じゃあそれで……」


「でもムリじゃないでス? そんな都合よく……」


 着ぐるみが言葉を差し挟む。


 ルイカはカッとして言いかけた言葉を、なんとか噛み殺す。


 感情で対立してもいいことなどない。大事なのは当面の「方針」をこの「両方助ける」というものにすることだ。


「とりあえずは、それをあらゆる面から検討してみようじゃねぇか。今、ここで誰を勝たせるかって決議をとっても意味はねぇ。違うか?」


「……そりゃそうでスけど」


 幸いなことに、ルイカよりもよほど的確に、中年が着ぐるみをやり込めていく。


「なら、ルールの穴をついて、なんとか二人、出来ればもっと。ゲームから生還させられるか、考えてみようじゃねぇか」



 それからもいくらかの言葉が交わされた。しばしの押し問答の末、着ぐるみもうなずいた。


「わかりまシたよ。とにかく当面はその「方針」でいこう。――いい? マツリカちゃん」


「…………うん」


 マツリカは涙目のままうなずき、そしてルイカを見る。


 機嫌を損ねてはならないとは思いつつ、ルイカはどうしていいのかわからず、目をそらした。


「じゃあ、まずはルールを徹底して洗い直す。みんな、とりあえず座ってくれ」


 中年以外の3者が席に着く。4人が正位置に付き、ディスプレイが復元される。


「――んじゃ、僕もそのデバック? 的なアレを手伝いまスよ」


「わ、わたしも……」


「具体的にはどうすればいいんだ」


 それぞれ声を上げる3人に、中年は視線を送る。


「とりあえず、ゲームの進行は止められねぇ。役割分担をして、オレとkithi熊キチクマくんがデバックをする間、他の2人には代わりにゲームの監視と進行を頼みたい」


 たしかに、プレイヤーたちは既にバトルフィールドに解き放たれてしまっている。


 放っておけば、いずれ殺し合いが起ってしまうだろう。


 そうならないように監視する役目は必要だ。


「――と、その前にみんなトイレとか行っておいてくれ、いざって時に誰かいなくなるとアレだからな」


 中年がそう付け加えた。



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