第13話 一応の結束


「よう」


 意外にも普通に見えるトイレで用をすましていると、背後から声を掛けられた。


 ルイカは顔をしかめる。


 先にトイレに行っておく……ってのは真っ当な意見だと追ったが、何も連れ立ってくる必要はないだろう。


 そもそも、ルイカはこの状況で会話を始めるヤツの気が知れなかった。


「さっきはその……」


 しかし至極困ったことに、邪険にすることもできない。ハルの生存の可能性が首の皮一枚で繋がったのはこの男のおかげなのだ。


「いいって。ただ、気を付けようぜ。このゲーム、最悪なのはゲームマスター同士が対立しちまうってことだ」


 ルイカの隣で用を足しながら、中年は続ける。


「マスター同士の対立?」


「なんでゲームマスターが4人もいるんだと思う?」


 唐突な言葉に、ルイカは何事かと言葉を詰まらせた。


「そりゃあ、……いきなりそんなことしろって言われても普通は」


 普通の人間はゲームマスターなんてやったことないんだから、一人では手に余る、ということだろう。


「それも、もちろんあるんだろうが、――どーも、オレには別の意図があるように思えるんだよ。実際、さっきはお前ら3人で三竦みさんすくみみたくなっただろ?」


 ――確かにその通りだ。あのままだったら、最悪ルイカは着ぐるみたちと決別し、その上で、一人でもハルを助けるために行動しただろう。


 そのためなら、どんな事でもしたはずだ。


 そう、どんなことでも。


「じゃあ、俺たちが何時まで協調してられるか、ってのもゲームの一部だってことか!?」


「わからねぇ。確証は何もねぇからな。ただ、オレとしてはそんな展開は御免だと思ってる。だから両方助けるって提案したんだ。――ただ、言っとくが別に一時しのぎで言ったつもりはねぇ。本当に何とか2人、生き残らせるつもりでいる」


 力強い言葉だった。そしてルイカはようやく察する。


「アンタ――まさか、それを2人だけで話すためにトイレ行っとけっていったのか!?」

 

 そう言うと、中年は口角を吊り上げた。


「いや、ションベンだって大事だろ? けど、4人で固まってる所で言うよりはサシで話しときたかったからな」


「……他の面子を疑ってるのか?」


「そうじゃねぇよ。マツリカは実際見た目通りの子だろうし、クマだって悪人には見えねぇ。けどな、人間裏では何を考えてるかわからねェんだ。ちょっとしたことで普通の人間が殺し合うなんて展開も、絶対にないとは言いきれねぇ」


 そうならないように、出来ることはしときたかったんだ。


 中年はそう結んだ。


「あんた――ホントにフリーター、なのか?」


 ルイカは呆けたような声を上げた。さっきのやり取りもそうだが、とても正業に就けないほど無能な人間には見えない。


「ハハ――ありがとな。けど、無能じゃないってこととサラリーマンに向いてるかは、別の話なんだなぁ、これが」


 そう言って中年はしおれたように肩をすくめる。 


 ゆっくりと手洗いをすませてから、2人は元の『会場』へ戻った。






「――遅い! 女子より遅いってどういう事なのさ!」


 大部屋に戻ると開口一番、すでに席についていた着ぐるみが声を上げる。


「悪ぃな。話に花が咲いちゃってさ」


 中年は笑顔を浮かべるが、ルイカはどう足並みをそろえていいものかわからず押し黙る。


 なんとか4人で歩調を合わせていかなければならないのは確かなのだが、そもそもルイカは誰かと協調するなどと言うことが、苦手も苦手だった。


「それより、盤面に動きは?」


「んー、良く見えないんだけど、まぁ特にないみたいだね。――みんな慎重だよ」


 と、着ぐるみが応えたその時、小さな警報ののようなものが鳴り響いた。


「なんだこれ? どういうことだ!」


「それは禁止エリアだよ。このゲームフィールドは24の区画に分かれているんだ。そして一時間ごとにひと区画ずつ、進入禁止のエリアが増えていく」


 スタート地点から順を追ってね――と、応ずる声は前からではなく、背後から聞こえた。


 ルイカの声に応えて、再び青い肌の女――「ゲームメイカー」が姿を現したのだ。


「やぁみんな。『方針』が決まったようで何よりだよ」


 それを見止めた瞬間、動いていた。我慢できなかった。


 それを考える暇すらなかったというべきか。


 ルイカは怒声と共に、この女「ゲームメイカー」へ向けて殴りかかっていた。


 しかし、血が出るほどに握りしめていた拳は、有ろうことか、虚空で何かに押し留められていた。


 そこには何もない。何も見えない。にもかかわらず、見えない壁に埋め込まれたかのように、ルイカの身体は自由を奪われていた。  


「すまない」


 未知の感覚に、ままならない五体に、ルイカが獣のような雄叫びを上げようとするその眼前で、しかしこの神のごとき異形はまた、殊勝なそぶりで頭を下げた。


「事情は察するよ。ただ、前にも言ったけどボクにもどうしようもないんだ。君たちが選ばれたのも、「因果の渦」に引き寄せられただけで、君たち個人に対して害意があったわけじゃないんだ」


 そして、見えない拘束は解かれ、ルイカは床に投げ出された。


 それでもルイカは歯ぎしりしてこの異形を睨みつける。


「ま、そういうことだ。仕方ないから座ろうぜ」


 しかしそこで中年が声を上げた。ルイカが視線を送ると、中年は無言で頷いて見せた。


 ――そうだ。馬鹿な真似は慎まなければならない。大事なのは、ゲームマスター4人での協調を保って、ハルを救いだすこと。


 それだけだ。それ以外のことに拘泥している暇も余裕もないのだ。


 肝に銘じろ。二度とこんなバカな真似はするな!


 ルイカは静かに自分へ言い聞かせた。


「――『因果の渦』ってなんすか?」


 ルイカが飢えた犬みたいな顔のまま席に着くと、着ぐるみが声を上げる。


「君たちは、皆何かしらの因果でつながっているんだ。4人のゲームマスターと10人のプレイヤー……それらは皆、まるで出来損ないの蜘蛛の巣みたいに、互いに因果で結びついている。だからこそ選ばれたんだ」


 その声に、しかし着ぐるみは胡乱な言葉を返す。


「そぉなのおぉ? 僕、知らない人ばっかりなんだけどなぁ……マツリカちゃんはどう?」


「いんが?」


「あー、えーと、なんだろ? 関係性、って言ってわかるかな? ねぇ?」


 と、なぜか着ぐるみはルイカに水を向けてくる。


 なんで俺なんだよ。――くそ。


 悪態の一つも付きたいところだったが、ようやく意見がまとまりかけているところなのだ。


 ここでこの少女――マツリカに対してそんな態度をとることはできない。


 ルイカは自分でもよくわからない表情のまま、顔を上げる。


「……そ、そうだな。「縁」っつーのか、人間同士のつながりのことだ。家族だったり、唯の知り合いだったり、あるいは仕事上の――商売敵だったり。――そういうもんだ」


「うん。わかった」


 小学生に対してふさわしい説明だったのかわからないが、とりあえず、マツリカは納得がいったように頷いて、微笑んだ。


 だが、ルイカには、なんでこの――初対面の妹が、一々そんな顔をするのかが分からない。


「……なんだよ」


「いえねぇ。いえねぇ?」


 さらには、着ぐるみが被り物越しに視線を向けてきているのが分かって、ルイカは声をとがらせる。


「よく考えたら、生き別れの兄と妹が協力して危機的状況からお母さんを救い出そうっていうんでショ? なんかすごくない?」


 何がすごいんだ!? こんなもの、悪趣味でしかない。


「あー、それよりも神様。確認したいことが……」


 ルイカが悪態を噛み殺していると、中年が青い女に対して声を上げた。   


「君たちの『方針』についてだね。――ボクの方からそれについて何かを言うことはないよ」


 青い女は全て知っていたかのように即応する。――いや、きっと知っていたんだろう。俺たちのやり取りや、その頭の中まで、全部。 


「これは……習性のようなものでね。自分自身でもコントロールでいないんだ。作りたくなかったとしてもゲームは出来上がってしまうんだよ。


 そして、公平を期すためにもボクが「ゲームマスター」をやるわけにはいかない。ゲームは公平でなければならないからね。なので、プレイヤーのほかに、ゲームの進捗を司ってもらう「ゲームマスター」が必要になるんだ」


 そしてまた寝台のようなものを出現させて、そこにくびれた腰を落ち着ける。


「それ故に、君たちの自発的な発想と行動とによって、ゲームがどのように展開するのか。そこにボクは関与しない。その結果ゲームが破綻することになってもね」


「――ありがてぇ! なら、当面は「両方助ける方針」で行けそうだ」


 言質げんちを得て、中年は意気込みを見せた。


 いよいよ本番だとでも言うように。


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