第22話 爆殺

 結局思ったような案は出ず、暫くは現状維持ということでゲームマスター達は元の作業に戻った。


 中年と着ぐるみはゲームの「抜け道」を模索する作業に戻り、ルイカとマツリカはそれぞれにプレイヤーとエネミーとを監視する作業を続ける。


 実際、これもけっこう神経を使う作業だ。エネミーにも強い弱いという細かい違いが有り、どういう順番で仕向けるかを間違うと大事なプレイヤーを傷付けることになりかねない。


 あの「アベンジャー」ことアザミ・ユウカへはレベルを上げられないように、出来るだけ雑魚を仕向けるのだが、大した時間稼ぎにもならない。


 それでも、スマホを使えば充電するのには時間がかかる。少しでも雑魚を宛がって、わずかの時間を稼ぐしか、今できることはなかった。


「――?」


「どうした?」


 マツリカが不思議そうな顔をしていたので、ルイカは声をかけた。


 ゲームが始まって相当な時間が経過している。そろそろ6時間近く――すでに四分の一近い時間が経過しているのだ。


 プレイヤーの詳細な情報を追えるのは「プレイヤーマスター」であるマツリカだけなので、ルイカはハルの安否をも逐一マツリカ経由で確認しなければならなかった。


 しかし、そのやりとりを繰り返したせいか、最初ほど険悪な空気はない。


 ときおり妙なタイミングで笑いかけられるのにも、慣れた。


 余計なことにかかずらっていられないというものある。ルイカは、とにかく優先すべきことの為に集中していた。


「この人……ずっとここに居る」


 指し示されたサイドスペースの一室には、据え付けらえた豪華なベッドへ横になり、延々スマホを弄っている、中学生ぐらいの少女の姿があった。


「なにやってんだコイツ……。この部屋もなんだ? こんな部屋あったのか?」


「ああ、そこは戦闘禁止部屋セーフルームだ。プレイヤー同士の戦闘を禁止してるっていうサイドスペースだな」


 声に、汗をぬぐった中年が応えた。


 その部屋は豪勢なキングサイズのベッドと気の利いた調度品で飾り付けられており、さらにはキッチンや冷蔵庫まで備わっているのだ。


「そんな場所があったのか……」


「そこで、しばらく籠城ろうじょうするつもりなんだろ。けっこう奥の部屋だし、しばらくは侵入禁止エリアにもならない。悪い手じゃないかもな」


「ゲームに積極的じゃないっていうのは有望じゃないでスか? 味方にできれば」


 つられてか、着ぐるみも声を上げた。


 とにかく今最優先すべきは、あの雷女アザミに立ち向かってくれる協力者を見つけることだ。


「そうだな……」  


 そう言う意味では既にヤル気になっている「プレイヤー」を味方に付けるのは難しい。殺し合いをしたがっていないというだけでも貴重な人材だと言える。


 しかし、それはそれとして、ルイカにはわからないことがある。


「けど、コイツ、ずっとスマホで何してるんだ?」  


 殺し合いをしていないのはいいが……安全圏に引きこもってスマホを弄り続けているのはなぜなのだろうか?


「なにって、そりゃあ、ゲームでしょゲーム」


 わからない、という風にルイカは着ぐるみを見る。


「いや、だからゲームだよ。デスゲームじゃなくて、スマホで出来るソシャゲ。さっきも言ったじゃん? ワイズだよワイズ」


 しかし、そう聞いてもルイカにはわからない。むしろ、いっそう困惑するばかりだ。


「またそのゲームか。けど、なんで自分の命が危ないって時に、そんなことしてるんだって訊いてるんだが……」


 着ぐるみは、それを僕に言われてもなぁ……、とぼやいた後で、


「んー、つまりは、『ガチャ欲』が勝ったってことじゃない?」

 

 と続けた。


 ガチャヨク……ってなんだ?


「ガチャガチャのことだな。あの百円玉入れて回すヤツ。それが転じて、ソシャゲでランダムにでてくるアイテムをゲットするときのイベントのことだな」


 首を捻るルイカに、中年が補足した。


「それは……聞いたことくらいはある。けど、それが勝つってなんだ? たかがゲームだぞ!?」


「あー、イカんなぁキミィ。ヘタにそんな事を言うとヘイトの炎に焼かれるんだぞ?」


 着ぐるみが冗談めかして述べる。先ほどからアザミの件では険悪なモノの、それ以外の話題でまでそれが尾を引くことはないようだ。

 

 重ね重ね、申し訳なくも有り、ありがたいとも思っていた。


 それと同じくらい、どうするべきかもわからなかったが。


「いいかい? ソシャゲ民にとってはね、たかがゲーム、されどゲームなんだよ。もうね、のめり込む人はマジでのめり込むわけ。ねー? マツリカちゃん」


「う……ん。うん」


 水を向けられ、マツリカは曖昧に頷いた。


「ねー? このゲームのユーザーがどのくらいいると思う? 50万人だよ50万人。もうね、立派な経済圏なわけ。それだけさ、のめり込む人が多いんだよ。バカにするのは間違いだよね?」


「オレも知ってはいるけど、自分でやろうとは思わねぇなぁ」


「あー、おじさんもおっくれてるなぁー。ゲーム好きそうなのに―。て言うか好きでしょー? ファミコン世代ィー」


「勝手に決めつけんなっての! ――そりゃあ、まぁ人並み以上にやってきたっていう自負はあるけどな」


「ほらー」


「けど、課金はなぁ……この娘、中学生くらいだろ? 見覚えがあんだよ」


「知り合いなのか?」


 もしもそうなら、なにかしらのコンタクトが取れるかもしれない。


 しかし、中年はルイカの期待を孕んだ声に頭を振った。


「いや、そう言うんじゃない。オレが一方的に見覚えがあるってだけだ。勤め先のスーパーでさ、たまにすっげぇ量のエナドリとカロリーメイトとか買ってくんだ。それで印象に残っててな」 


「……」


「あー、かなーり重度の課金厨のひとってことでスかね。――ま、そう言うのは人によるとしか言えないよね。案外コレも、本人は抗議のつもりなのかもしれないねぇ」


 ゲームに対するボイコットってことか?


 ――そう考えれば、確かに、心情的には解らなくもない。だが、


「他のプレイヤーはになってんだぞ!?」


 このままじゃ一方的に殺されちまう!


 そうなったら、――戦力になりそうなプレイヤーが減っちまうってことだ!


 そうなったら、ハルを救えない。――そのためには、ハルを守るための協力者がいるんだ!


「誰か来た……」


 そこでマツリカが声を上げた。


 指差しているのは、みなが注視していた戦闘禁止ルームの中の映像ではなく、その外の通路だ。


 そこには、複数のエネミーに囲まれている別の女の姿があった。


 年の頃は20代の後半という所だろうか? ショートの黒髪で、かちっとしたスーツ姿の女だ。身だしなみに気を使っているのと言うのがここからでも察せられた。


 だが、そんな事よりも目を引くのは、この女が複数のエネミーに取り囲まれているということだ。


「なんでこいつ……エネミーに襲われないんだ!?」


 取り囲まれてはいるが、しかし、そのエネミー達はこの女に襲い掛かる様子がない。


「……これ、だと思う」


 マツリカがシムの詳細を表示する。



 プレイヤー名「記者」 所有シム「クピト」


 機能:射出した「矢」でエネミーを支配下に置く。



「エネミーの支配!?」


「あーなるほど。エネミーを手下にできるシムってことか。いい能力だな……」


「でも、部屋の外でなにしてるんでスかね?」


「仲間になりたいのかな?」


 マツリカが少々声を弾ませる。


 たしかに、こちらで何もしなくても穏健派のプレイヤーでもまとまってくれるのはありがたい展開だ。


 しかし、


「――のわりには、あんまり仲良くしたそうな雰囲気じゃないな」


 黒髪の女、プレイヤー名「記者」は、部屋の声を掛けるでもなく、「非戦闘部屋セーフルーム」へのドアを開けた。


 そして自分で中に入るのではなく、周囲のエネミーの内一体に命じて中に侵入させる。


 コイツ、なにをするつもりだ!?


 中年が画面を切り替え、部屋の中と外とを同時に映し出す。


 部屋の中では、ソーシャルゲームに興じていた中学生ぐらいのプレイヤーが、侵入してきたネズミのようなエネミーを迎撃していた。


 かなりおっかなびっくりの挙動で、見るからに心もとない動きだ。


 これじゃあ、あの雷女アザミ相手には一撃でやられてしまうだろう。


 ルイカは密かに落胆するが、それでも居ないよりはいい。


 ここはなんとか生き残ってほしいが……。


非戦闘部屋セーフルームなんじゃないでス?」


「エネミー相手なら別ってことなんだろうな。……またなんかやるぞ」


 外の女、プレイヤー名「記者」はネズミのエネミーがやられると、今度は別のエネミーに指示を出す。


 ……今のは下見だったってことか!?


 じゃあ、それじゃあ、この「記者」女がやろうとしてることは、まさか!?

 

 ルイカが悟った時には、もう遅かった。


 「記者」から指示を受けた複数のハチ型エネミーは雪崩れ打って部屋の中へ飛び込んでいった。


「――うわー、この人もヤル気の人でシたか……」


「なんとかできないのか!?」


非戦闘部屋セーフルームは後付けでアレコレ出来ねーんだ。オレにもどうもできねぇ!」


 ルイカの声に中年が応える。


「――クソッ!」


「いや、あのエネミーは雑魚だ。さすがに、それでやられるってことは」


「あぁー、それはどうかなー」


 中年の分析に、着ぐるみが異を唱える。


「あのが抱えてたのってわかる? あれって攻撃用のサブアイテムでさ、つまりはバクダ――」


 その時、ディスプレイが光に染まった。


 爆発した!? ――エネミーに爆弾を抱えさせて突っ込ませたっていうのか!? 


「あー、言ってるそばから、だね~」


「え、えげつねぇな……。この女、シムを使いこなしてやがるぞ……」


「な、中はどうなってる!?」

 

 ルイカは声を上げる。


「――いや、だめだ。見ない方が良い」


 しかし中年はもうもうと煙に包まれていた室内の画像を消してしまった。


 異論を述べる者はいなかった。

 

 ルイカにも一瞬だけ、部屋の中が真っ赤に染まっているのが見えていたから。



 ――なんてことだ。



 こんな殺し方をする奴までいるなんて……。


「ああ、ゲーム仲間がー」


 着ぐるみが悲しんでいるのかどうかも怪しい声を上げる。

 

 確かに、惨々たる光景を魅せられたにもかかわらず、ゲームマスターたちの受けている衝撃の度合いは明らかに先ほどよりも目減りしている。


 ――慣れて来てるのか。みんな、こんな殺し合いの光景に。


 それが、ゲームマスターと言う立ち位置ゆえのなのだろう。


 どこまで行っても当事者でないという大前提が、この凄惨な殺し合いを前にして、彼らの神経を麻痺させている。


 嫌な気分だ。自分が自分でなくなっていくみたいな気になってくる。


 これで、残りの「プレイヤー」は8名。


 そのうち、少なくとも3名がこのゲームにいる。


 「アベンジャー」、「レイヤー」、そしてこの「記者」。


 ハルと「母」を除けば、残りは3人だけだ。


 本当に協力してくれる「プレイヤー」なんているのか!? 


 ――くそ、落ち込んでる場合じゃない。ハルは何処だ!? 今は何処に居るんだ!?




「お母さん!」


 その時、マツリカが悲痛な声を上げた。


 中年がその画像を拡大する。すると、そこには大柄な男に詰め寄られているマツリカの、そしてルイカの母の姿があった。


 マツリカも、ルイカ同様、常に母の安否を気遣っているようだ。



 ――気持ちは分かる。



 本来なら、ルイカも立体型ディスプレイでハルの安否確認を優先したかった。


 しかし、そうはしなかった。


「こいつ――この男、知ってるぞ」


 なにより、ルイカもまたその巨漢に、見覚えがあったのだ。 


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