第17話 対決 ミョルニール対ロンギヌス②
「――――うッ!」
誰よりも、当のルイカこそが真っ先にうめき声を上げていた。
無数の大蛇に巻かれ、牙を突きたてられた鬼田は絶叫と共に血しぶきをまき散らして、体をくねらせる。
振り返ったハルも――それを見下ろすゲームマスターたちも声がなかった。
あまりに凄惨な光景だ。
殺し合いだと聞いてはいても、実際にこんな血なまぐさいものを見せられては言葉を失うしかない。
ましてや、これを自らの手で実行してしまったルイカの心情は筆舌に尽くしがたかった。
「うわぁ……これはもう」
「いや、待て!」
着ぐるみの声に、中年が叫んだ。
ぼたりと、巻き付いていた蛇の一匹が落ちた。
もう一匹、また一匹と、その胴体を両断されて、どんどん床に散らばっていく。
その下からは血だらけの鬼田が姿を現した。
今の今まで、想像を絶する苦痛を味わっていたはずのその貌は――笑っていた。
ジャージの袖で血をぬぐい、言葉を失っているハルへ向けて、今度は堂々と近づいていく。
「傷が治ってる! 再生能力だ! コイツのシムの機能なんだ!」
中年が続けて声を上げた。そうだ。血をぬぐった下にはもはや傷など跡形も無いのだ。
治癒や回復というよりも、傷そのものを消しているかのようにさえ見えた。
「なんてこった! ――予想以上だな」
「ケド、これってまずくないでス?」
鬼田はスマホ片手に、ハルへ突貫した。右手を、スマホをハルへ突き出す。
ハルもスマホを掲げる。
「今ので、この「ロンギヌス」のレベル上がっちゃったんじゃないでスか!?」
確かに、そうだ。――なんてことだ、俺はハルを助けようとして、逆に窮地に陥れちまったってのか!?
「まぁ――それは問題ないだろ」
しかし中年が冷静な声で応えた。その言葉の通り、ハルと鬼田の間では見えないなにかがぶつかり合うような衝撃があっただけで、どちらにも負傷は無い。
それからも鬼田は再三スマホを突き出すが、ハルが負傷するようなことはなかった。
「いくらレベルが上がっても「ロンギヌス」の特性は治癒だ。彼女さんの「アイギス」を貫くような事ねぇよ」
そ、そうか。――ルイカは息を吐いた。確かに、このままでは勝敗はつかなそうだった。
「文字通りの矛盾ってわけですね。盾は貫けないけど、盾じゃ相手に勝てない」
「そうだな。後はこっちで誘導しよう。まずは俺が――」
その時、紫電が走った。
両者の死角から飛来した、雷電を纏うスマホは意志を持ったかのように鬼田を薙ぎ払い、冗談みたいな急カーブを描いてハルへ向かう。
鬼田は体をコの字に折り曲げられて吹き飛び、正面から「アイギス」で受け止めたハルをもはるか後方へ弾き飛ばした。
誰の眼にも明らかだった。――ゲーム開始時よりも明らかに、あの雷電のスマホの威力は増大している。
「どうやら、あっちのお姉さんは……きっちりレベル上げをしてから来たみたいでスね……」
手元に戻ってきたスマホを受け止めた「ミョルニール」の女が、倒れ伏したハルへ歩み寄る。
まずい! このままじゃ、ハルは――
だが、俺には何もできない。こここでエネミーを開放しても意味なんて無いだろう。
この規格外のシムの力で薙ぎ払われ、またレベルが上がるだけだ。
「な――何とかしてくれ、なんとか……」
ルイカの叫びが届いたのか、ハルとこの女の間に立ちふさがる者の姿があった。――鬼田である。
「ウソだろ……」
中年が驚愕の声を上げ、他のマスターたちも言葉がない。
先ほど、コの字に折れ曲がった身体はそのままに、それでもなお鬼田は喜悦を浮かべて「ミョルニール」の前に立つ。
その五体は見る間にゴリゴリと音を立てて、正しい形にまで修復されていく。
鬼田は、ニィ~と。この上ない笑みを浮かべた。そして、焼け焦げた上着を破り捨てる。まるで無敵の自分の存在を誇示するかのように。
当然のようにその体は全くの無傷だ。
「……ヤル気……なのか!?」
先ほどの投擲を受けてもなお鬼田は戦うつもりのようだ。
「ミョルニール」の女はスマホを振りかぶったまま、わずかに視線を揺らした。
これを機に走り去っていくハルの背中と、むしろ自分へ向けて距離を詰めてくる鬼田とへ。
逡巡は刹那。女は迷わず 突貫してくる鬼田へ向けてスマホを投擲した。
電光が衆目を焼く。直撃を受けた鬼田の身体は焼かれ、貫かれ、煤を撒いて大穴を穿たれる。――が、当の鬼田は構わず手にしていたスマホを突き出した。
その数メートルも先にあった女のわき腹から、血があふれ出た。
槍だ。見えない槍がこのスマホの攻撃手段なのだ。実際に効果が表れて、初めてそれが確認できた。
さらに、鬼田の攻撃はそれで止まらず、二度三度と、連突きを見舞う。
「ミョルニール」は強力だが、防御には向かない。槍を防ごうとした左手ごと、体中を穿たれていく。
瞬く間に、周囲は血に染まっていく。
が、血だるまにされてもなお、「ミョルニールの女」は攻撃の手を止めなかった。
二度目の投擲。今度は紫電の槍が鬼田の顔面を捉えた。
鼻から上、額のあたりにかけてが、炭となってえぐり取られた。
尋常でない光景だった。――が、なによりも見る者を瞠目させたのは、その、残った口元だけがニターッと、この上ない笑みを浮かべたことであった。
顔面を失っても構わず、鬼田は右手の槍を突きまくる。
女の方も、体中が裂傷に覆われ、三度振りかぶったスマホを掲げる手も震えている。
「こりゃ――長くは続かねぇ……」
独り言のような中年の、その言葉通りだった。
こんな殺し合いが長々と続くはずがない……。すくなくとも「ミョルニール」の女の方はもう限界だろう。
傷を治す手段がないのなら、なおさら……。
――できることなら、ここで脱落してくれ。ハルのためには、それが一番いい――
だが、そんなルイカの願いをあざ笑うかのように、その女の貌には、対手のそれにも勝る狂気の笑みが浮かんでいた。
三度の投擲は、体でも顔でもなく、今もせわしなく突きを放ってくる鬼田の右腕に向けられた。
電光のスマホは、その身を槍ではなく斧へと変えて鬼田の右腕を両断したのだ。
当然、それに保持されていたスマホもボトリ、と床に落ちた。
すると、今の今まで冗談みたいに動いていた鬼田の身体は動きを止め、途端に、その全身から冗談みたいな血が噴き出し始めた。
――そうか、スマホを手放したから。
そして、立ったまま火葬されたかのような、煤だらけの遺骸は倒れ伏した。
最期まで、その口元に浮かんだが全能感の証しのような笑みは消えなかったが。
女は荒い息のまま、最後に残っていた鬼田の右手を塵にすると、そのスマホを拾い上げた。
「ロンギヌス」と「ミョルニール」。二つのスマホが女の両手に握られた。
拾った方のスマホを操作すると、今にも倒れそうに揺れていたその身体が、一変、芯が通ったみたいにまっすぐに伸びた。
「――どうやら、「ロンギヌス」もこの子のもののになっちゃったみたいでスね……」
言葉通りだ。先ほどの戦闘による負傷はすべて完治してしまった。
「これも見越したうえでの接近戦だったってことか。――一歩間違えば死んでるっつーのに、どういう神経してんだ?」
中年が呆れたような声を上げる。
たしかに。今の戦闘、負けていてもおかしくなかった。なのに、この女はまるで楽しくてたまらないとでも言うように、スマホを振るっていた。
――どうしてそんな風になっちまったんだ? お前はそんなヤツじゃないだろ? もっとおとなしくて、控えめな、そういうヤツだったじゃねーか。
そんな風に反抗できるなら、なんでもっと早くに反抗しなかったんだよ!?
「ハァ~。とりあえず、どうしまス? プランどうりにはいかない雰囲気でスけど……」
着ぐるみは盛大な溜息を吐いた。そうして誰もが緊張を解いた。それほどに、見る者を引きずり込むような悪夢のような光景だった。
「ちょっと、考えないとな――――なぁ、……なんか変じゃねぇか?」
「なにがでス?」
「いや、コレ……この娘さ、なんか」
「でか……く、なってる!?」
ルイカは喉を引きつらせた。
そうなのだ。戦闘に勝利したこの女の身体は、その姿から受ける印象は、先ほどまでとはまるで別物となっていた。
華奢で、今にも風に吹かれて倒れそうだった、看板のような身体は分厚くなり、蒼白で色気のなかった皮膚は内側から張り詰めるかのように血色がよくなっている。
枯れ枝のようだった手合いはしなやかに伸び、その眼光には常人ならざる光が宿る。
しわがれてぼさぼさだった髪までもが艶めくように流れ、凡庸だった容姿は、個人の特徴はそのままに、尋常ならざる美貌へと変じている。
「なにこれ……え? 別人? なのこれって、なんていうか」
「キレイになってる……」
困惑する着ぐるみの言葉に、マツリカが終止符を打った。
誰に向けるでもなく覇王のような笑みを浮かべた女はまた一路、迷いなく走り出した。
――おそらくは、ハルを追って、だ。
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