第16話 対決 ミョルニール対ロンギヌス①

 

「結論から言って、生き残るのが一人ってのはゆるがねぇ」


 開口一番、中年は言い切った。


「そんな――」


 反駁はんばくしようとしたルイカを中年は諸手で制す。


「まぁ聞いてくれ。だから、――なんとかして、最後の一人以外のプレイヤーを仮死状態にして、そのままゲームをいったん終わらせる。そのあとオレらでそのプレイヤーを蘇生させるって方針になると思う」


「回復用のアイテムを使えば、なんとかなると思うんだよ――もちろん無傷とはいかないけど……


 中年の言葉に着ぐるみが続いた。


「回復用?」


「うん。僕が配置できるアイテムって結構種類があるんだよ。食べ物に武器、回復薬に、特定のエネミーが近づかなくなるようなのもある」


 それを聞いてもルイカの心は晴れなかった。


 回復アイテムと言うものの効果が具体的にわからなかったのもあるが、それで本当に上手くいくのかという思いが強かった。


「とりあえず、それが今のところ出せる次善の策だ。もっといい手があれば知らせるから」


「あ――あの、」


 そこで、マツリカが声を上げた。


「シム――を使えばいい、とおもう……」


「どういうこと?」


「え……と、シムってレベルが上がると」


「しっかり喋れよ」


 たどたどしいマツリカの言葉にルイカは思わず声を荒げた。


「ちょっと!」


「わるい……」


 着ぐるみの声に視線を逸らすものの、ルイカは気が逸って仕方がない。


「え……と、それぞれのシムって、レベルが上がると、人をよみがえらせたりもできるようになるって……」


「なんだと!?」


「なるほど――。マツリカ、そのデータだけ回してもらえるか? シムの詳細の」


「うん」


 どうやら、これらのシムは各種神話の神器をモデルにしているようで、レベルが上がるにつれ、基本的な機能が上昇するかたわら、それまでには無い機能が備わる場合もあるらしいのだ。


「この……ミヨ……ル? っていうのが」


 マツリカが指差すのをみて、中年は声を上げる。


「「ミョルニール」のシムか! これはアレだな、北欧神話の!」


 すごいぞ! と中年はマツリカの頭を撫でた。


「そうそう映画の奴ね。ハンマーだよハンマー!」


 着ぐるみは陽気な声を上げるが、ルイカは口をつぐんだまま恨みがましい目を向けることしかできなかった。


 そんなものがハルに向けられたんだぞ? 何を無邪気にはしゃいでんだよ!?


「これならいけるかもしれねぇぞ! 少なくとも成功率はグッと上がるハズだ!」

  

「でもなんで、そんなもんが蘇生に使えるんだ!?」


 ルイカの疑問に、着ぐるみがなぜか上機嫌で応える。


「オホン。神話ではね、あれってただのトンカチじゃないんだよ。死んだものを生き返らせることもできるっていう、まさに神様の道具なんだ」


「あの青いねぇちゃんが選んだのかしらねぇが、なんだか皮肉な話だな――ま、ざっと見た感じ、蘇生に使えそうなのはこの三つだ」


 送られたリストを眼で攫った中年は三つの候補を提示した。


 曰く、「ミョルニール」「トクサ」「ロンギヌス」それらのシムが、蘇生、回復を可能とする特殊シムらしい。


「幸いにも、その内の「トクサ」はお前らのおふくろさんがそれぞれ持ってる。これは朗報だな」


「んーでも、――逆にそう言う攻撃系じゃないシムはレベルを上げにくいんじゃないでス? 特にこの「トクサ」って、最高レベルまで上げないと「蘇生」の能力つかえないみたいでスよ!?」


 着ぐるみが声を上げる。そうなのだ。「トクサ」は相当レベルを上げないと「蘇生」の機能なんて使用できない。


 その上、ルイカとマツリカの母は、おとなしい性格の人間で、エネミーとはいえ積極的に撃破していくタイプとは言えない。


 ましてやプレイヤー相手に命を懸けたやり取りなどできるはずもない。


「なら、やっぱ本命はこの「ミョルニール」でスかね。レベル上げやすいし、けっこうすぐに蘇生の機能も使用できるんじゃないですかネ?」


「他のプレイヤーのスマホを使うってのは出来るのか?」


「その場合、パターンとしては二つだな。一つは死んじまったプレイヤーのスマホを別のプレイヤーが奪った場合。これはそのまま使用できる。もう一つは、放置されたスマホをアイテムマスターであるクマキチが回収して、どこかに配置するってパターンだ。」


 ルイカの問いに、中年が応える。


「それで所有権が移るわけでスね。その時はまかせて」


 着ぐるみは頷くが、ルイカは声を荒げた。


「じゃあそもそも無理だろ!」


 出来るわけがないのだ。


 あの女から、「ミョルニール」を持つあの女からスマホを奪うなんて、無理だ!


「うーん。……なんとか『みんなで一緒に生き残ろう』とかできると良いんでスけどね」


「そりゃそうだが、まぁ難しいだろうな。バトルロイヤルが始まった後でそんなこと言われても賛同しろってのが無理だ」


 それに、と、中年は天を仰いで続ける。


「まず、俺たちからコンタクトを取るのが難しいしな。――仮にそれが出来ても、何故かあの女はルイカの彼女を執拗に狙ってるみたいだし」


 ビクリと、ルイカの肩が震えた。


 ――それは、触れられたくない話題だった。


「――ことのついでに、ちょっと聞いていいでス? そもそも、なんであの人は彼女さんを追いまわしてんでスか?」

 

 視線はルイカに集まる。しかし、ルイカは応えなかった。


「……しらない」


「でも、同じ制服着てるじゃないでスか?」


「そうだな。お前も同じ学校なんじゃないのか?」


 何か知ってるだろ? と質問が重ねられ、ルイカは押し黙る。


「――どうしたの?」


 問い詰めるのではなく、心配するようにマツリカまでもが声を掛けてくる。


 傍から見ても、このルイカの沈黙は異様であったのだろう。


 答えに窮しているのが、誰の目にも明らかだった。


 何かを秘め隠しているのが、明らかだった。


「俺は、何も知らない」






 明らかな虚言に、中年は憮然と目を細め、着ぐるみも目に見えて不満をあらわにする。


「嘘つくならもうちょっとソレらしくしてくれません? 明らかになんか隠してますってまるわかりなんでスけど? 感じ悪いでスよ」


 キミ、ちょくちょくそう言うとこあるよね!? と、着ぐるみは刺々しい言葉投げかけてくる。


 もっともな意見だったかもしれない。だが言えないものは言えない。――ハルを危険にさらさないためにも、これを言うわけにはいかなかった。


 ルイカはすがるような視線を中年に送るが、その目もまた――協調はどうした!? と訴えかけてくる。


 ――無理からぬことだ。立場が逆なら、ルイカだってそうするだろう。きっともっと悪辣に相手を問い詰めることだろう。

 

 わかっている。わかってはいるのだ。だが――これを知らせていいとは思えなかった。


 事、ここに及んで、これを告白するのは、「ハル」へのゲームマスターたちの心証を著しく損なうことになる。


 それを、いい繕うことが果たしてルイカに可能なのだろうか?


「教えてくれ――どういう関係なんだ!?」


「――すまない」


 ただ、そう消え入るような声で言うことしかできなかった。


 三者はそれぞれに顔を見合わせる。


 沈黙が続いた。


「…………まぁいい。誰も何かを強要できる立場にいるわけじゃないんだ」


 切歯するような沈黙を、中年の言葉が切り上げた。


「そりゃ、そうですスけどぉ……」


「ただ、ずっとだんまりってわけにはいかねぇぞ。ちゃんと話してくれ」


「……」


 ルイカは曖昧に頷く。


 卑怯なやり方だったかもしれないが、それでも簡単に告白できることではなかった。


「じゃあ、残りのシムについてはどうでス? コレ、「ロンギヌス」って奴ね」


「回復専用のシムみたいだな。どんな傷でも治せるって解説にはあるが……」


「これもなんかの元ネタがあるのか?」


 ルイカの言葉に、ほんのわずか、一拍の不服を挟み、着ぐるみは応える。


「――んー、確かキリスト様のおなかをブスってした槍だったはズ。ゲームとかだとよく出てくるけど、ホントはどういうものなのかまでは……」


 気を使わせているということか。ルイカは心の底ですまないと繰り返した。こんなにも人の恩情にすがったのは初めてだ。


 自分がこんなザマになるなんて思いもしなかった。――いや、きっとハルことがなければ、今も自分はスカしてクールな様を装っていたことだろう。


「ま、『原典』についてはどうでもいいだろ、この場合。それよりも、誰が持ってるんだ?」


「え……と、この人」


 中年の言葉に、マツリカがコンソールを動かして、ディプレイ表示を切り替える。


 映し出されたのは、人相の悪い中年男だった。


「うわぁ……目つき悪ぅ」


「知ってるか?」


「うん、たかし君のお父さん」


 マツリカはなぜか声を弾ませて応える。


「同級生?」


「うん」


「そっか。……僕はちょっとわかんないなぁ。おじさんは?」


「あー、多分同級生だ。――この本人のほうな? 見たのは小学校以来だと思うが……名前は「鬼田恭一郎(きた・きょういちろう)だったかな」」


「ほぉ~ん?」


 すると、着ぐるみが妙な声を上げる。


「なんだよ」


「じゃあ、おじさんにはマツリカちゃんくらいのお子さんがいても全然おかしくないってことですなぁ」


「だから、なにがいいてーんだよ!」


「奥さんとか欲しくないんです?」


「かんけーねぇだろ! 欲しいっつーの! 普通に! だから、このチャンスにしがみつくって言ってんだからよぉ」


 中年が渋い声を上げると、着ぐるみはケタケタと無邪気な笑い声をあげる。


「子供とかはぁ? どうなんでス?」


「そりゃ、多い方がいいな。野球チームぐらいは」


「大家族じゃん! テレビスペシャル! ワンチャンあるよ!」


「だれが出るか! だれが!」


 両者のやり取りに、マツリカも笑顔を浮かべる。


 ――ルイカにもだんだんわかってきた。このバカみたいなくだらないやり取りを繰り返すのは、恐怖心や緊張に何とか対処しようとする術なのだと。


 わかっていなかった。苦境の中でおどける人間の心理なんて。そんなことにまるで思いも至らず、見下して、嘲うばかりだった。


 今更ながらに悔恨が五体を縛り、叱咤されるかのようだった。


 それが、今になって自分とハルとを窮地に追い込んでいるのだから。

 

「とりあえず、俺の記憶ではあんまり〝良い人〟だったとは思えねぇな。無理やりゲーム機取り上げられたことあってよぉ」


 いまだに戻ってきてねぇ。借りパクだ借りパク。と中年は続ける。


「ふむ、かつてはいじめられっ子、そして今はワープア。おじさんの人生悲しい……」


「恣意的に情報をゆがめんな! 俺がどうこうじゃなくて、こいつはみんなに対してのいじめっ子だったんだよ。嫌われもんだったの!」


 当然、着ぐるみも本気で言ったのではないだろう。この中年がそういう陰のある人間ではないのはわかっている。

 

 むしろ、気が気でないのはルイカの方だった。


「つーわけで、あんまお願いして聞いてくれる相手とは思えねぇな……」


「でも、たかし君、お父さんのこと大好きだよ?」


 そこでマツリカが言うと、中年は口をつぐんだ。


「むぐ……」


「そうそう。むか~~しのことは置いといて、今は良い人かもしれないじゃないでスか。まぁ見た目もそうとうアレだけど……」


 この鬼田という男――プレイヤーネーム「ドキュン」は目の下にクマを浮かべた鋭い目つきの小男だった。


 格好もジャージで、こちらも正業に就いているような人間には見えなかった。


「で、どうする? エネミーでも差し向けてみるか? シムの機能をみてみるっておことで……」


「そうッスねぇ……アレ? ちょっとまってちょっとまって」


 着ぐるみは唐突に調子を変えた。


 見れば、目つきの悪い男「鬼田」は何かを伺うように、カーブする壁際に張り付き、影に身を潜ませる。


 その視線の向こうで、壁の扉――サイドスペースだ――から出てくる人影があった。


「――ハル!」


 ルイカは声を上げる。今までサイドスペースに身を潜めていたのか。


 通路に出てきたハルは鬼田に気付いていない。鬼田は死角から、ハルへ向けて、獲物を狙うような視線を送っている。


 ハルは気づいていない。


 そこで、ルイカは思い出した。この、ある種追い詰められた野良犬のような目つきに覚えがあったのだ。


「思い出した――コイツ、あの時俺に絡んできたヤツだ!」


 ルイカの声に、中年が首を傾げる。


「知ってんのか?」


「……いつだったかは忘れたけど、ハルと一緒にいるところをいきなり怒鳴りつけられたんだ。……何を言ってたのかまでは覚えてねぇけど」


「へぇ~、それでそれで? どうしたの?」


「そりゃ、追っ払ったさ」


「おぉー! 武勇伝っスか?」


「俺じゃなくて、ハルが、な」


 興味を示ししていた着ぐるみは、一転ズッコケた。


「あらら。――キミ、情けなくないでス?」


「しかたない。ハルは中学のとき空手で全国まで行ってるんだ。俺の出る幕じゃない」


 あの時もすごかった。咥えタバコのまま絡んできたあの鬼田のタバコを、寸分たがわず、蹴りの一閃で跳ね飛ばしたのだ。


 真っ青になって逃げていく様を、二人で笑ったのを覚えている。


「すごーい!」


「……カッケェー彼女だなオイ」


 マツリカや中年も称賛を送ってくる。妙にうれしかった。――この後のことを想えば、喜んでばかりもいられなかったが。

 

「けど、こっちのおじさん、――鬼田さんでスか? どうも、この場でリベンジするつもりみたいっすよ」


 その言葉に、はっと引き戻される。


 そうだ。いくら空手の黒帯でも、こんな常軌を逸した殺し合いでは通用するはずもない。


 鬼田は、獲物でも狙うようなそぶりで、道なりに進んでいくハルの背中をつけていく。


 道そのものが延々とカーブしているから、ハルはそれに気づかない。


 このままではまたハルが襲われる――くそ、あんなことを根に持って襲ってくるんじゃねぇよ!


 すぐにでも知らせたかった。連絡と取りたかった。だが手段がない。――クソ! スマホなんだから電話ぐらいかけさせろよ!


 このスマホ、一応電話の機能もあるようなのだが、連絡先のアドレスは空なのだ。これではまったく意味がない。


 窮したルイカは思わず、別のアイコンをクリックしていた。


 させない。ハルを危険に晒すなんてダメだ!


「おい、――なにして」


 エネミーの開放だ。ちょうど、ハルをじっと付け狙っている鬼田の背後、その壁から、解放されたエネミーがぞろぞろと這い出して来る。


 でかい蛇のようなエネミーだ。エネミーはあちこちの壁面や床に仕込まれているらしく、ルイカが解放するとそこから這い出してきて、近くにいるプレイヤーに襲い掛かる。


 ただ、今回、誤算だったのは、解放したエネミーと鬼田の距離が近すぎたことだ。


 前方、ハルに気を取られていた鬼田は、瞬く間に複数の大蛇に襲い掛かられることとなった。


 絶叫が響いた。

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