第9話 優先すべきもの
「この人はどうでス!?」
「いや、知らねぇな……」
それからも、プレイヤーは一定の感覚でバトルフィールドに入場してくるのだが、先ほどのような激突はおこらなかった。
各々、サイドスペースに身を隠す、構わず先へ進む、やる気はあるようでも誰もあとから来ないので仕方なく先へ進む。
など、プレイヤー同士でもすれ違いが起っている。
それはそうだろう。
いきなり殺しあえなんて言われて、本当に殺し合いを始めるヤツなどいるものか。
いたとしたら、それは異常者だ!
「とりあえず、さっきの「彼女」さんを生かすって「方針」でいいスかね……」
ルイカは顔を上げる。
「そうだな。特に異論はねぇよ」
「マツリカちゃんはどう? 知ってる人いる?」
「……うん。あいさつしたことあるお兄さんと、たかし君のお父さん……」
そして、一度ルイカを見て、何かを言いかけた口をつぐんだ。
何なんだ? ルイカはこういう人の顔色をうかがうような奴が一番嫌いだった。
自分の取り巻きになりたがるようなヤツらは、たいていこういう手合いだった。
なによりも、母を思い出す。
もう、十年もまえに、自分を置いて消えてしまった母を。
「なんだよ」
そのせいもあってルイカは必要以上にとげとげしい声が出てしまう。
マツリカは悲しげに押し黙った。
「やめなよ。大人げない――とりあえず、僕も家族とか友達とかはいないみたいです」
着ぐるみ女が線を引くみたいに言った。対して中年もそれに続く。
「オレもだ。――とりあえず、そこまで親しい相手はいない」
「……けど、少なくとも顔見知り程度の奴はいたってことだろ?」
ルイカは声を上げた。気にくわなかった。
「……そうだな」
静かにこたえる中年の言葉に、ルイカの声は強張りを増す。
「なに、家族じゃないから大丈夫みたいな方に持ってこうとしてんだよ! 家族じゃないからいいのかよ!? そいつらは今から殺しあうんだぞ!? なのに、なんでそんな平然としてるんだ!? こんな――こんなゲームを進行しろ? 管理しろ? ゲームマスター!? ふざけんなよ!!」
おかしいと思わねぇのかよ!
ルイカは重ねて叫ぶように続けた。
目の前でハルが――恋人が殺されかけたせいだと、自分でもわかる。
そのせいで感情の置き場がないことも確かだ。
それでもなお、異常だと思った。
どうして、どんな理由で、――こんな普通そうなやつらが、こんなことに手を貸そうとしているのか、ルイカにはそれが分からない。
声を上げたルイカに、三者はすぐには返答を返さなかった。
「――クソッ」
そしてルイカがやるせないままに引き下がろうとしたところで、おもむろに中年が言葉を発した。
「……そりゃ、思うさ。本気で思う。こんなのは悪趣味で、人間のやることじゃねぇよ。――けど、オレはやめる気はねぇ」
「な――」
思わぬ返答に、ルイカは息をのむ。
「なんで……」
「そりゃ、報酬――つまりは「金」だよ」
その返答に、ルイカは鼻白んだ。
「あんた……そんなもんのために……」
だが、そこで中年は声を荒げる。
「――ああ、そんなもんのためだ! けどな、そんなもんのために、オレは何でもやるつもりだ!」
中年は立ち上がり、ルイカを見下ろす。
そこには、この上なく真剣な、あるいは鬼気迫る視線があった。
「見りゃわかると思うが、オレはもう人生の上がり目が無い底辺だ。二度とねぇんだよ、こんな、奇跡みてぇなチャンス! どんだけ見下してもらっても構わねぇ。オレはやり遂げる!」
「右に同じく、かなぁ」
すると、その後に着ぐるみが続けた。
「自分が殺し合いをしろって言われたら絶対イヤだけど、僕らは安全圏に居ていいんだもんね。こんなに条件のいい話ないんだよねぇー」
「お前……」
「プレイヤーの人らは、そりゃ、気の毒だと思うッスよ。でもそれに同情してあげられるほど、僕も余裕のある人生送ってないんでスよね。――たかがお金、されどお金なんだよねぇ……」
ルイカは押し黙った。
理解できないという思いと、現実はそんなものだろうという思いがないまぜになって、彼の口を縛る。
いつもなら、――「しょせんは他人」「理解できない人種」「現実はそのていど」「俺の知ったことじゃない」――そんな他人事のような言葉で切り捨ててきた。
それがルイカのスタイルだった。
――だが、今回ばかりは、そういうわけにはいかない。
「それに、オレらが逃げたらこのゲームはめちゃくちゃになるぞ? 間違いなく途中で全員死亡だ。誰も生き残れない」
言葉を失っていたルイカは。中年の断言を受けてさらに喉を強張らせる。
「――ッ!」
言葉が出てこなかった。
自分の意見が間違っているとは思わなかった。
しかし、確かにここで取ってつけたような道徳を語っても意味などないことも確かなのだと理解できた。
「――確認したが、このゲームの「中止」だけは、どうあっても無いそうだ。神様が言うんだからオレらにはどうしようもねぇ。ならどうする? オレはやることにした。テメェの欲と、道徳心と、相談した結果がそれだ。その上でどう言われたってかまわねぇ。お前はどうすんだ? やめるか? もちろん責めねぇし、その方がまっとうだっていうのも承知だ」
声を上げる中年に、ルイカは無言を返すことしかできなかった。
相手の事情など知らない。知ったことではない、なんていうスカした態度は、結局のところ、いざというときに相手だって自分の事情を察してなどくれない、ということなのだ。
無関心を貫くクールなスタイルなど、とっくに破綻している。そんなものは当事者でないからこそ取れる態度でしかなかった。
もはやスタイルもくそもない。ルイカはとっくにこのゲームの当事者なのだ。
「――いいや。俺は、ハルを助けたい」
なにより、ルイカには金銭以上に掛け替えのない存在を守る使命がある。
他の9名のプレイヤー達の命よりも、優先しなければならないものを持っているのだ。
本当は誰よりも他人の命になど構っていられないのは、ルイカ自身だ。
「なら、……今はそれだけに集中しようぜ。お互いの目的以外のことは……どうしようもねぇことだと割り切るしかねぇ」
うなずくしかなかった。
「……来た」
その時、一人静かにしていたマツリカが言った。
「10人目か。最後のプレイヤーだな」
中年とルイカは席に戻る。わずかに歪んでいた展開型モニターが鮮明に、その人物を映し出す。
10人目。最後のプレイヤーだ。
頼りない足取りで石畳を歩くその姿に――しかし、またもやルイカは見覚えがあった。
足元が崩れるような感覚があった。現実の底が抜けてしまったかのような。
「そっスね。えーと、プレイヤー名は「ママ」。……お水の人っスかね?」
「あー、それっぽいな。美人だけどけっこう歳が……」
中年は言葉を切った。
ルイカが再び、顔を蒼白にしてうめくような声を漏らしたからだ。
ありえない。――だって、ありえないだろう。こんなこと。
「…………母さん」
そしてつぶやく。
意図せず出た言葉だ。もう十年も使っていなかった言葉。
なのに、その呼びかけは、するりと口から出ていた。
間違いない。10年前に自分を置いて家を出た母に違いない。
あのケダモノの巣のような家に、幼かった自分一人を残して。
当然驚愕は筆舌に尽くしがたい。
――ただ、本当に彼を驚愕、あるいは混乱させたのは、実母の存在それよりも、
「おかあさん!」
と、真向かいにいた少女。マツリカもまた、その女を母と呼んだことだった。
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