第10話 花の咲くように
「ぅええ!? ――マジスか?」
「こりゃあ……なんつったらいいか……」
着ぐるみも中年も、それ以上声がないようだった。
当然ルイカもまた固まらざるを得ない。――「おかあさん」――このガキ、今そう言ったのか?
つまり、十年前に家を出た母が、別の場所で産んだ子供、それがこのマツリカだっていうのか?
なら、こいつは、おれの妹……。
ルイカは情報を受け止めきれず、うめきさえ漏らさずに少女を見ることしかできない。
だが、――マツリカはそうではなかった。
少女は真っ直ぐに、色のない透明な視線でルイカを見つめてきた。
そしてパッと、まるで花の咲くように、笑った。
ルイカは虚を突かれたように、固まるしかない。
どうしてそんな顔をする? わからない。生き別れの兄なんか見つけて、どうしていきなりそんな風に笑えるんだ!?
理解できない。ルイカは、声もなく、しかし困惑したままその、花の咲くような笑顔に見入っていた。
まるで幸福の只中にいるかのような、安心しきった顔だった。
「――こ、これは、さすがに」
中年の声が聞こえた。
「そうスよね。4人中2人の「親」はさすがに……」
そしてその向かい側にいる着ぐるみが応える。
静かな声だ。しかし、はっきりとした意図のこもる声だ。
さすがに? ――さすがに、なんだっていうんだ!?
「悪いけど、「方針」は変更するしかないないんじゃないでス?」
いかにも控えめなその言葉に、ルイカは目を剥いた。
「――い、嫌だ!」
思わず叫ぶ。
それは、最後の一人を「ハル」じゃなくて、この「母」に変えるって言ってるのか!?
「いや、ほんと申し訳ないけど。そうするしかないんじゃない? いや、言いたくなでスよ? こんなこと。でも」
着ぐるみが、まるで「説得」でもするような声をかけてくる。
何言ってやがる。――何言ってやがる、何言ってやがるんだ! この着ぐるみ野郎!!
ようやく、といっていいのか。とにかく事情を飲み下したルイカは、そこで歯を食いしばり、年端もいかない少女をにらみつけた。
「――俺の「方針」は変わらない! 残すのは「ハル」だ! それ以外は、死んでも構わない!!」
ルイカの言葉に今度はマツリカが眼の色を変えて――叫んだ。
「何言ってるの!? お母さんだよ!?」
「うるせぇ!!」
悲痛な子供の声に、ルイカは怒鳴り返す。
もはや体面も何もない。
「俺を――俺を捨てた女じゃねぇか!! ――10年も、俺をあんなクソみてぇな親父のところに、1人で、置き去りにした……」
ただの一度も、会いに来なかった。手紙の一通さえよこさなかった……。
俺を捨てて、それで別のところで楽しく暮らしてましたってか?
別の男と、子供まで作って!?
そんな奴のために、どうして俺が、ハルを犠牲にしなきゃならないんだ!?
「――でも、……でもぉ」
マツリカはボロボロと涙を流す。だが、ルイカにも余裕はない。
「でもなんだ!? 俺がそうしなきゃならない理由を言ってみろよ! 泣けば何とかなるとでも思ってんのか!?」
「やめなよ」
すると、それをさえぎるように、着ぐるみが立ちふさがった。
「なんだよ!? お前らには他人事だろうが!? ――邪魔すんなよ!」
「イヤだね」
ルイカは気を吐くが、着ぐるみは、このふざけた恰好の女は腕組みをしてルイカに、真っ向から立ち塞がる。
「事情があるのはわかるけどさ。君がこの子の事情をどうでもいいっていうように、僕らだって君の事情なんて無視したっていいんだよ? それを何だい? 子供相手に怒鳴り散らして」
感情的な声を向けられて、ルイカは言葉を失った。
――しまった。と思うが、もう遅い。
「悪いけど、君がどんだけ彼女さんのことが好きなんだとしてもさ。第三者からしてみれば、そんなのどうでもいいんだよ。――それより、そうやって子供から母親を取り上げようって態度の方が、率直に言ってムカつくよね」
ルイカは汗が噴き出すのを感じた。
もっと状況を見るべきだった。自分の都合だけわめきちらしても、第三者は納得も同情もしない。
――クソ! そんなことくらい、わかってたはずなのに。
「それでも嫌なら、君は抜けてもらってもいいよ。多分三人でもなんとかマスタリングは続けられると思うし……」
そんなことができるはずがない。いま、ハルを助けられるのは自分だけなのだ。
「わ、――悪かった!」
言いながら、ルイカはその場で床に手をついて、土下座した。
「言い方が悪かったのは謝る。けど、――それでもハルを見殺しにしないでやってくれ!」
「……でもぉ」
マツリカはどうしていいのかわからないとでも言うように、着ぐるみにしがみついて涙をこぼす。
双方の言葉を受けて、着ぐるみは被り物ごと頭を抱えている。
「あーもう、これどうスんのォ? ムリだよ荷が重いよぉ。ねぇ、おじさん。なんか言ってよぉ!」
「…………」
そしてお手上げだとでも言うように中年に声をかけるのだが、当の中年は、珍しく押し黙ったままだ。
「そ、――それだけじゃない!」
ルイカは声を上げる。――言うつもりなどなかった。――こんなこと、他人にしゃべるような事じゃない。
けど、仕方がない。
道義的に、というなら、おれ達はみんな「ハル」を助けなきゃならないはずなんだよ!
「ハルは――ハルは妊娠してるんだ! 1人じゃない。2人分の命なんだ!」
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