第6話 迷宮の中へ

「うはっ! 最初の『プレイヤー』さんッスね。あぁー、なんかドキドキしてきた……」


「プレイヤー?」


 ルイカが質すよりも先に、青い女が声を上げる。


「ボクがいても邪魔になるかな。うん。――では、またあとで出てくることとしよう。まずは4人でを決めてくれたまえ」


 自らを「ゲームメイカー」と称した奇異な美女はそう言うと、長椅子ごと煙みたいに姿を消した。


 ルイカは再び我が目を疑う。


 本当に、なんなんだアイツは……。


 ……神? まさか本当にそんなものが……。


 いや、それよりも「方針」っていうのはなんなのだろうか? 


「いよいよだな」


「あわぁー、なんか緊張してきたぁ」


 すると、それまで黙って座っていた少女に、中年が話しかけた。


「えっと、お嬢ちゃん。『プレイヤー』のリスト、出してくれるかい?」


「いやいや、まずは名前からでしょう。ダメだねこのおじさんは。はじめましてkithi熊キチクマくんです」


「オイィィッ! お前も名乗る気ねぇーじゃん!!」


 中年はツッコむが、着ぐるみは無視したまま、少々大げさな動きで少女に語り掛ける。


「こ~れ~か~ら~、よろしくね! あ、この人はおじさんでいいから」


 緊張でもしているのか、それまで終始硬い表情を浮かべていた少女は、笑い返した。 


「……いや、まぁ。いいけどさ。おじさんで。……まぁね? 事実だし?」


 相変わらず、空気は緩い。


 ルイカとしてはもどかしいの一言だったが、大人たちが談話しているせいか少女は引き続き笑顔を見せる。


「え……と、環茉莉花タマキ マツリカ、です」


「マツリカちゃんか。偉いねぇー。ちゃんと自己紹介できるんだね」


「かわいいなぁ。何年生?」


「ハイ! アウトだよおっさん! 発言がアウト! マツリカちゃん! 逃げないと!」


「率直な感想を述べただけだろうが! 何がアウトだよ! おい!」


 着ぐるみは席を立って、ふかふかとした毛並みでマツリカを抱きよせた。


 マツリカ当人も、この2人のやり取りを見ては笑顔を浮かべているし、抱きつかれてもイヤそうなそぶりは見せなかった。


 しかし、着ぐるみが席を立ったせいで立体型ディスプレイが歪み始める。


 どうやら、4人が定位置にいないと保持できないものらしい。


 便利なのか不便なのかわからないな。


「――おい、座れよ。見えないだろ」


「おっと失礼」


 ルイカがトゲトゲしい声を出すと、それきり三者は押し黙った。


「……なぁ、もうちょい仲良くいこうぜ。――みんな不安なのは一緒なんだしさ」


 中年が諭すような声をかけてくる。


 不安――なのは確かだが、どうしてお前らまで不安なんだ!?


「やっぱいろいろと事情が呑み込めてないってことなんスかね?」


 三者はルイカを余所に顔を見合わせる。


 なんなんだ!? 何かあるならさっさと言えばいいだろう! その口は何のためについてるんだ!?


「これから何するか、分かってまス?」


 静かに憤慨するルイカに、着ぐるみがこの上なく言いにくそうに言葉をかけてくる。


「なにって――」


「おっ! ――おい、動き出したぞ!」


 すると、先ほど画面の中に出てきた最初のプレイヤーが道なりに歩き始めた。


「じゃ、リスト出してね」


「うん」


 着ぐるみの声に応えてマツリカがスマホを操作する。


 少々ぎこちないのが見て取れる。普段から持ち歩いてはいないようだ。


 4人それぞれに見えるようにリストが表示された。


 そこには10名ほどの名前が列挙されている。

 

 このスマホでいろいろ操作できるみたいだな。


 どのアプリだ?


 ――いや、今は良い。とにかく、まずはこのゲームとやらの全容を知らなければならない。


「んー。これだけじゃあ、訳が分からんなぁ」


 中年が言った。


 確かに、そのリストはそれだけではまるで意味のないものだった。


 並んでいるのは「JK」や「ニート」「ドキュン」「レイヤー」「ママ」と言ったスラング交じりの属性だけで、個人につながるようなものは無かったからだ。


「とりあえず番号はついてるから、顔とソレを一致させることを優先しまスかね」


 着ぐるみが一転して生真面目そうな声を出す。


「なんでス?」


 まじまじと見ていたからか、着ぐるみがルイカに問うてくる。


「いや、――ふざけんのはやめたのかと思って」


 思わず悪態をついてしまう。


 よくないクセだが、こういう時はどうしても皮肉なことしか言えない。


「いやー、さすがにね。ここでふざけんのは、ね」


 着ぐるみは、明らかに声のトーンを落とした。


 ――何だってんだ?


「おっと、2人目だな」


 先ほどと同じように、また通路に1人の男が姿を現す。


 2人目の「プレイヤー」は、先ほどのプレイヤーと同じように道なりに進んでいく。


「……一本道、なのか?」


「ああ、この『ゲームフィールド』はこう、蛇がトグロ撒いてるような形になってるんだ。円を描くみたいに一本道が丸くなってる」


 そんなこともわかるのか?


 思いながら、ルイカは道なりに進んでいく男を凝視する。


 ――見たことのない男だ。


 しかし、ルイカには未だに、これがどういう『ゲーム』なのかがわからない。トグロをまいた一本道を順番に進んでいくのか?


 レース……じゃないだろうし。双六スゴロクをやっているわけでもないだろう。


「どういうゲームなんだ、これ。どうやったら勝ちになるんだ?」


 とにかく、それが分からないと『ゲームマスター』なんてできないぞ?


「……あー、それなんだけどな」


 中年がこの上なく言いにくそうに口ごもると、着ぐるみが素気ない声を出す。


「いわゆる、『バトロワ』ッスよ。このゲームは」

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