第1話 クマさんと

「ユーはいくつッスか?」


「――は?」


 声を聞いて、現実に引き戻された。 


 なんだ!? 


 俺はたしか、部屋で、――そうだ親父……を、殺せばすべて解決するって……。

 

 そう思って――ああ。そうか、あのまま寝ちまったのか。

 

 寝た。――確かに、意識を失ったのはわかる。

 

 だが、それがこの光景とつながらない。

  

 ここはどこだ?


「歳です、年齢。いくつッスか?」


 電子音声のような声だ。明らかに偽装されている。


 問われ、ルイカは当惑する。


「い――や、その……17、だけど」


 なんとか質問に答える。だがなぜ? 質問? 誰が? なぜ俺に?


 顔を上げる。しかし見たところ人の姿は見えない。


 ただ、目の前には妙なモノが立っている。


「ほー、さようですか」


「……」


「……」


 それだけかよ?!


 ルイカは問うだけ問うて沈黙するそれを、あらためて睨み据える。


 なぜなら、この相手には表情というものがなかった。妙なかぶりものをしているのだ。


 着ぐるみ――というやつなのだろうか?

 

 とにかく全身が黒くてもさもさとした布地におおわれているため、男なのか女なのかもわからない。


 ごていねいに、声もボイスチェンジャーか何かで変えて喋るという念の入れようだ。


 怪しいにも程がある。


「おい。――そうじゃなくて、なんで俺をこんなところに連れてきた?! 俺はこんなところに来てる場合じゃ……」


 そこまで言って、ルイカは口をつぐむ。


 いや、状況から察するに、――――コイツは身元を知られたくない誘拐犯ってところか。


 くそ。ふざけるな! 家の防犯設備はどうした!? SPは!? 


 いつもは来るなと言っても付いてきやがるくせに!


 何のために高い金を払ってると思ってるんだ!?


「いえいえ。ボクじゃないでスよ。――てか、なんにも聞いていないんでスか? ボクはここに来る前にいろいろ説明サれましたけど」


 説明? ――何のことだ?


「おまえ、――俺を誘拐したんじゃないのか?」


「誘拐? そんな凶悪犯に見えますぅ?」


「……見ようによってはな」


 着ぐるみを来たそいつは、きょとんとして首をかしげた後でペタペタと自分の被り物を触った。


「たしかにぃ~。こんな誘拐犯いるかも~!! 変なお面被ってるイメージあるよね!」


 そういってケタケタと笑った。気味が悪い。


「でもでも、残念。違いまスよ。僕じゃありません。てか、ホントに説明聞いてないんでス? これ、部屋着なんですよ」


 ――くつろいでる所を、「転移」させられて――着ぐるみはそんな、あまり日常では使用しない言葉を続けた。


「てんい? ――転移!? なに言って」


「キミだって、部屋着じゃないですか」


「――」


 ルイカは言葉に詰まる。確かに記憶の上では、自分は直前まで自室に居たのだ。


「そこを、不思議な力で、しゅぱー。ここへ瞬間移動。違います?」


 そんなわけがない。


 転移? 瞬間移動? ――そんなことがあるわけがないだろうが。


 だが、確かに見回す風景には見覚えが無い。


 ルイカは今、見たことも無い。妙にだだっ広い空間に立っている。


 ルイカの自室よりもなお広い。


「おかしいなぁ。僕はしっかり説明も受けて、ここに来ましたけど?」


「――説明? 何だそれ?」


「受けませんでした? あの、青い人に。説明」


「青い――人?」


 だからなんなんだ。それは! と、どなろうとして、しかしふと気が付く。


「――いや。――いや、そうだ」


 そう言われて、何かが繋がった。


 確かに――そんな夢を、見たような記憶は、ある。


 深い眠りに入ってすぐに、何か得体の知れない、気味の悪いモノと一対一で向かい合って、いろいろと喋った気がする……。


「――会った。確かに、俺は夢の中で、あの、何か、人間じゃない、何かと……」


 だが、アレが、夢じゃないとでもいうのか?


「というか。ボクの感覚だと、かなーりしっかりしたレクチャーを受けたと思ったんでスけど、ただの夢だと思ったんでスか?」


「……しばらく、まともに寝れてなかったんだ」


 特にここ数日はそうだった。何が現実で、何が悪夢なのかがあいまいになっていた。


「あらら、それは御気の毒に」


 まったく思っても居なさそうな無感情なトーンが、逆にルイカを落ち着かせた。


 どうやら、少なくともコイツの中身は、それなりに現実味のある人間という事らしい。


 他人の不幸に無感動な冷淡さは、ルイカを取り巻いてきた人間に共通のものだったから。


 そして、そんな中で、例外はたった一人だけ。そう、たった一人を除いて。


 彼女だけが例外だった。


「――で、あんたはいくつなんだ?」


 間抜けな顔の着ぐるみが首をかしげた。


「歳だよ。――人に訊いたんだから、お前も教えろよ」


「えー、なに? そんなに知りたいんでスか?」


「まぁな。一応」


 さして興味があったわけではない。それでも一方的に質問されるという事が面白くなかった。


 加えて言うなら、そんな恰好で人前に出てきてしまう人間の歳にも、少々の興味があったのは確かだ。


「しかし教えられません。kithi熊キチクマくんは年齢不詳のキャラですから」


「……その着ぐるみのキャラのことか? 俺にはよく解らないが……」


「うーん、知らないか―。んまー、ちょっと昔のキャラですからねぇ」


 すると着ぐるみはなぜかふんぞり返って偉そうに胸を張る。


「ああ、kithi熊キチクマくんだろ? 知ってるぜ」


 その会話へ、唐突に割り込んでくる声があった。




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