ちぃちゃんの不思議なクレヨン

はつかさつき

ちぃちゃんの不思議なクレヨン

 ちぃちゃんはお外で遊ぶのが大好きな女の子です。街の真ん中にちぃちゃんがいつも遊んでいる公園があります。その公園はちぃちゃんにとってとても広くて、特にお気に入りなのは、きりんのように高いすべり台でした。

 毎日毎日ちぃちゃんはその公園で遊んでいました。お友達と一緒の時は順番にすべり台を滑ったり、ブランコに乗ってくつ飛ばしをしたりしました。

 夕方になってお友達が帰ってしまったあとも、ちぃちゃんは砂場で立派なお山をつくったり、鉄棒でくるんと一回転したりしていました。

 ちぃちゃんが遅くまで一人で遊んでいるといつも決まって月が早めに顔を出しました。ちぃちゃんを見守るためです。月はちぃちゃんが困らないように一層明るく照らしました。

 そうしているうちに、ちぃちゃんのお母さんがちぃちゃんを迎えにやってきました。

「ちぃちゃん、ご飯よ。もうおうちに帰りましょう」

ちぃちゃんは、

「いやだ!いやだ!」

と喚きました。友達も誰もいなくても、まだ一人で遊んでいたかったのです。

 辺りはすっかり暗くなっていました。月が照らしていないと、ちぃちゃんの顔もお母さんの顔も見えないほどでした。

 やがて泣き出したちぃちゃんの手をお母さんは引っ張っておうちに向かって歩き出しました。

ちぃちゃんはようやく観念したように、手を引かれながらお母さんの少し後ろををついて行きました。名残り惜しそうに公園の方を何度も振り返っていました。その様子を気の毒に思った月でしたがなんと言っていいかわからず、ただ静かにちぃちゃんの後ろを追いかけていました。


 ちぃちゃんはお布団に入って、真っ黒な空でピカピカと光る月に言いました。

「どうして夜がくるんだろう。夜がこなければ、ずっとずっと遊んでいられるのに」

 月はじぃっと黙ったまま、ちぃちゃんを見つめていました。穏やかであたたかな月の光を浴びているうちに、ちぃちゃんは眠くなってしまいスヤスヤと寝息を立て始めました。

 月はちぃちゃんのために何かしてあげたかったのでした。そこで星のかけらが入った色とりどりのクレヨンをちぃちゃんにプレゼントしました。ちぃちゃんが寝ている枕元にそっとクレヨンを置くと、月は雲のすきまに隠れて見えなくなってしまいました。


 朝起きたちぃちゃんは、それはそれは喜びました。虹を集めてつくったような、きれいに光るクレヨンを見つけたからです。それはちょうど昨日の夜に見た星空と同じくらいきれいでした。

 ちぃちゃんは早速、そのクレヨンで絵を描き始めました。クレヨンの色は、透きとおる空の青色、さわやかな草木の緑色、サンサンと照らす太陽の赤色、ヒラヒラ踊るアゲハ蝶の黄色、そしてちぃちゃんのスカートと同じピンク色です。

 ちぃちゃんはまず、その特別なクレヨンで白い画用紙の半分を青く塗り、高く突き抜けるような夏の空を描きました。画用紙はぱあっと明るくなり、遠くで蝉の声が聞こえました。

 今度は緑のクレヨンで、風にゆれる草原を描きました。どこからともなくさわやかな風が吹き、ちぃちゃんの髪の毛を優しく撫でていきました。

 次に、赤いクレヨンで大きな太陽を描きました。辺りはむせかえるような暑い夏の匂いでいっぱいになりました。

 さらに黄色いアゲハ蝶を何匹も描きました。緑の草原を楽しそうに舞うアゲハ蝶の羽音が聞こえ始めました。

 最後にピンク色のスカートをはいた女の子を描きました。すると、絵の中の女の子はくるくると踊り出しました。どこまでも広がる青空の下、うっそうとした草原で踊る女の子はまるでピンク色の蝶のようでした。ちぃちゃんがそれに見とれていると、絵の中の女の子はちぃちゃんに気づきこちらに向かって、

「おーい、おーい」

と手招きをしました。

ちぃちゃんはびっくりしました。今描いた絵の中の女の子が、ちぃちゃんを呼んでいるのです。ちぃちゃんは恐る恐るその女の子に手を伸ばした、次の瞬間ー、ちぃちゃんは絵の中に入ってしまいました。

 女の子はそのままちぃちゃんの手をとって走り出しました。緑の草原の中、走る女の子とちぃちゃんの後をアゲハ蝶がついていきます。次第にちぃちゃんも楽しくなって、走るスピードをぐんとあげました。二人は遠くに見える背の高い葦の草まで競争しました。それからスカートをくるくる回して踊ったり、草の王冠をつくったりして遊びました。

 どれだけ長い間そうしていたでしょう。ちぃちゃんはおなかが空いてきて、お母さんのことを思い出しました。辺りはまだ明るいままでしたが、ちぃちゃんはおうちが恋しくなりました。

「もう帰らないと」

とちぃちゃんは言いました。すると女の子は少し泣きそうになって、

「まだ明るいよ。ここは夜がこないから、ずっとずっと遊んでいられるよ」

と言いました。ちぃちゃんは確かにまだ遊んでいたい気持ちがありましたが、お母さんのつくったご飯やふかふかのお布団を思い出し、今日はもう帰ることに決めました。

「明日あそぼう」

ちぃちゃんがそう言うと、途端に女の子はにっこり笑って帰り道を教えてくれました。

「その黄色いクレヨンで、お空にお月さまを描くんだよ」

ちぃちゃんはいつの間にか握りしめていた黄色いクレヨンで、空まで届くようにうんと背伸びをして、大きくてまん丸な月を描きました。

 すると辺りは急に暗くなり、もうすっかり夜でした。ちぃちゃんと女の子の頭の上にピカピカと光る月があわられました。

 月は、ちぃちゃんが迷わないように帰り道を明るく照らしました。ちぃちゃんは歩きながら何度も後ろを振り返り大きな声で

「またここで会おうね」

と叫びました。

その度に女の子は

「うん、絶対。絶対よ」

と笑って、手をふりました。遠く遠く、見えなくなるまで女の子は手をふっていましたが、おうちの近くまで来るとあの草原や女の子はいなくなり、月が後ろからついてくるだけでした。

 

 家に帰って画用紙を見ると、絵の中は暗い夜の草原でした。ついてきていた月と女の子がちぃちゃんに向かって手をふっていました。

「また明日あそぼうね」

かすかに聞こえたその声に、ちぃちゃんも

「うん、また明日ね」

と言いました。



おわり

 


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ちぃちゃんの不思議なクレヨン はつかさつき @hatsuka_satsuki

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