第55話 決戦は火曜日
8月15日のタイタンズ戦に勝利して苦手意識を克服したドルフィンズは、勢いそのままに快進撃を見せた。
しかし、3年連続CSに進出しているロイヤルズにも意地がある。
9月を迎えると、早々に1位タイタンズ、2位カブスがクライマックス・ステージ(CS)進出を決めた。
一方、9月に入ってもドルフィンズが連勝すればロイヤルズも負けじと連勝を重ね、結局シーズン終盤までこのデッドヒートは続いた。
そして気が付けば、10月10日火曜日。
この日湘南スタジアムで行われるシーズン最終戦となる直接対決。
ドルフィンズとロイヤルズはゲーム差ゼロのまま、CS進出をかけた最終決戦を迎えることとなった。
この試合の勝者がCS進出の栄冠を手に入れる。
◆ナショナルリーグ順位表(10月9日時点)
※括弧内は首位とのゲーム差
1 東京タイタンズ 88勝51敗4分
2 広島カブス 77勝61敗5分(10.5)
3 大阪ロイヤルズ 72勝67敗4分(16.0)
4 湘南ドルフィンズ 71勝66敗6分(16.0)
5 中京ドジャース 58勝79敗6分(29.0)
6 東京城南フェニックス45勝96敗2分(44.0)
日本プロ野球界の古豪・ロイヤルズと、万年最下位でお荷物球団の名をほしいままにしてきたドルフィンズ。
この相反する2球団の最終決戦に、プロ野球ファンは大いに盛り上がった。
その盛り上がりとは対照的に、湘南スタジアムのロッカールームは、かつてないほどの緊張感に包まれていた。
「いよいよか……泣いても笑っても、この試合ですべてが決まるんですね。」
静まり返ったロッカールームで、ぽつりとつぶやいたのは、2塁手の内田俊介だ。弱小だったドルフィンズをよく知る男のひとりとしては、感慨深いのも当然だろう。
「すごいよな。去年までの俺たちからしたら、CS争いだなんて考えられんかったわ。」
不振からすっかり調子を取り戻した金村虎之介も、ふとこれまでを振り返る。
「ほんとに、みんなよく戦ったよ。ベテランとしては、いい夢見させてもらってる。改めて、ありがとう。」
そうつぶやいたのは、こちらもドルフィンズ一筋15年の投手、須藤克博。
皆、今の状態が夢のようで、すこし浮足立っていた。
「でも、俺は……このまま負けてCSに行けないなんて、絶対に嫌です。」
その雰囲気を壊したのは、新4番・田村翔一だった。
今シーズンは、絶対的4番だった太田のFAによる玉突き人事のような形で、26歳という若さでドルフィンズの4番に抜擢された。
相手投手に徹底的にマークされながらも、前後を打つ選手の活躍などにも助けられながら、なんとか4番としての結果を出してきた。
今シーズンは、ここまで打率.295、本塁打38本、89打点。
4番の重責を跳ね返したというには十分すぎる成績だろう。
静まり返るロッカールームに、再び田村の声が控えめに響く。
「絶対に、負けたくないです。」
普段自己主張をほとんどしない田村が、ここまで強い意志を示すのは初めてだった。
それにつられて、
「そうだな、ここまで来たら勝たなきゃ意味がない。」
「俺も……入ったばかりですけど、CS、行きたいです。」
谷口と戸高も勝利への渇望を言葉にする。
「そうだな。勝とう!」
「絶対に!」
「俺たちなら、きっとできる!」
気が付けば田村の一言に刺激され、皆が口々に発していた。
猛々しい男たちの声がロッカールームにこだまする。
「おーつかれさまでー……っと、なんだなんだー?」
ちょうどそこへ着替えを終えて入ってきた楓には、異様な光景に見えたが、チームの雰囲気が良好なことは一目瞭然だった。
そこにキャプテンの新川が一堂に声をかける。
「おお、立花もきたか。よし、じゃあみんな、ベンチに出て円陣組むぞ!」
雄たけびとともに選手たちがグラウンドへ向けて駆け出していく。
約1名を除いて。
「今日のケータリング、誰も手を付けてないんですねぇ……。」
遠慮がちに楓がつぶやく。
「お前……」
新川は少し呆れたような顔をしながらいう。
「よし、試合に勝ったら、ひとりで全部食っていいぞ!」
「よっしゃーーーーーーーーー! 勝つぞ! ドルフィンズ! 行くぞ! CS!」
「俺たちは祝勝会であったかい飯を食うけどな!」
「そりゃないっすよーーーー!!」
本当は、楓も緊張でいまにも足がすくみそうだった。
もう1年の付き合いになるキャプテンに対して、あえておどけてみせたのだ。
こうしておどけてみせる意味も、それに乗ってやる新川の度量も、もうお互い分かり切っていた。
それが、チームメイトというものだから。
◆◇◆◇◆
新川から少し遅れて楓がグラウンドへ出ると、1塁ベンチ前にもう円陣が出来上がっていた。
「おい! 早く来い!」
戸高が楓に声をかけた。
新川は円陣の真ん中に入って、一同へ気合を入れる。
「いいか、ここまで来ても、今日負けたらBクラス。去年までと同じ暇なシーズンオフと、やっすい査定が待ってる。」
息をのむ選手たちに向けて、強い意志を言葉に乗せて続ける。
「俺たちは何のために野球を続けてきた! 何のために今まで負けてもグラウンドに立ってきた!」
大きく息を吸って、出せる限りの大音量で叫ぶ。
「今日、ここで勝つためだ!!!!!!!!」
その言葉に、円陣の選手全員が大きな声で応えるのに呼応して、新川もさらに大きな声を出す。
「行くぞ!!!!!!!!!!!!!」
開幕戦の腑抜けた様子だった選手たちから、自発的にこんな声が出るとは、果たして誰が予想しただろう。
この日のドルフィンズは、まさに「戦う集団」そのものだった。
絶対に負けられないという気持ちで挑むこの一戦、ホワイトラン監督は選手の調子を最重視してオーダーを組んだ。
◆ドルフィンズスターティングメンバー
1番 センター 金村虎之介
2番 レフト 高橋紘一
3番 ショート 新川佐
4番 サード 田村翔一
5番 ファースト フェルナンデス
6番 ライト ボルトン
7番 キャッチャー谷口繁
8番 ピッチャー 斎藤武
9番 セカンド 内田俊介
8番に投手を据え、9番の内田からも打線がつながるように考慮された変則打線。
観るものにはいささか驚きを与えるオーダーだが、ドルフィンズファンにとってはこのくらいの奇策は日常的なものになっていた。
こうして何とかロイヤルズと接戦を演じてこれたのは、チームの実力だけではないのだ。
いつの間にか「ホワイトラン・マジック」と呼ばれるようになった、場面に即した選手起用のおかげもあった。
9月と10月のホワイトラン監督は、代田二軍監督との緻密な連携のもと、調子が最高潮の選手を二軍から上げては、調子の下がった選手を二軍で調整させる采配をふるっていた。
一軍だけではない、支配下選手全員を用いた総力戦は、まさに「弱者の戦術」の真骨頂だった。
選手たちは、いつの間にか誰が二軍から上がってきたということも気にすることはなくなり、一軍・二軍の分け隔てなく毎日を戦うようになっていった。
「プレイ!」
この試合ですべてが決まる――。
スタジアムを包む異様な緊張感のもと、最終戦の火ぶたは切られた。
先発の斎藤武が初球に何を投げるのか。
長年組んできた谷口とのバッテリーの間では、サインを交わすまでもなく答えは出ていた。
(アウトローに、ストライクになるスライダー)
開幕戦でタイタンズの1番打者に初球先頭打者ホームランを打たれた、このスライダー。
相手打者が一番可能性が高いと予想しているであろう、斎藤の生命線。
このシーズンを通して、斎藤の弱気もいつの間にか少しだけ鳴りを潜めていた。
(たとえ分かりきっているとしても、フルスイングしてくるとしても……俺のピッチングは、この球がなければ始まらない!)
大きくワインドアップして、渾身の力を込めて投じる。
「ストライク!」
斎藤が投じたスライダーは、予想通りフルスイングした1番打者のバットをかすめ、谷口のミットに収まった。
カウントは0-1。
斎藤武――エースの歴史を綴った書物のページが、また1つめくられる音がした。
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