第48話 世代間レギュラー争い

 伏兵・高橋のホームランで勢いづいたドルフィンズは、その後も勢いそのままに猛攻を見せ、逆転勝利を飾った。


◆試合結果(7月1日・湘南スタジアム)

城南 002 110 100=5

湘南 101 011 20X=6

勝利投手 バワーズ 3勝3敗

セーブ 山内 1勝1敗10S

本塁打 高橋1号(湘南)、田村13号(湘南)


 そして次の試合でも高橋は6回裏に代打で出場すると2打数1安打の活躍を見せ、翌週の試合でもチャンスの場面で起用されて結果を出すなど、その存在感を日に日に増していった。

 その姿を見て、金村はいよいよ世代交代の波を感じざるを得なかった。


 そういえば、俺が首位打者を取ったシーズンも、センターは大貝さんの居場所だった。

 当時は売り出し中の若手をちやほやする雰囲気にのまれて気づかなかったが、弱肉強食が当たり前のプロの世界で起こる世代交代が、今まさに俺の身に起こっているのかもしれない。


――今度は、「食われる側」として。


 金村はその現状を認識した今でも、自分でも驚くくらい冷静だった。

 老兵は死なず、ただ消え去るのみ。

 「引退」という言葉が頭によぎる。


 しかし、勢いのある若手がベテランから居場所を奪うのもプロなら、結果を出し続けることが困難なのもプロの世界だ。


 一軍昇格から2週間が経過したあたりから、猛威を振るっていた高橋のバットに球に陰りが見え始める。


 当たり前な話だが、高橋がこのタイミングで一軍に昇格したのは、文字通り「絶好調」だったからだ。

 加えて、ホームランを始めヒットを量産したとなれば、他球団は対策を急ぐ。

 高橋は早くも最も得意とするアウトコースのストレートで勝負してもらえなくなっていた。


「まあ、こんなときもあるさ。」

「3回に1回打てたら上出来の世界なんだ。気にするな。」


 高橋にかけられる励ましの言葉たち。


 ただ、金村だけは気づいていた。

 昇格後すぐに活躍して膨らみすぎた期待は、重圧となって選手の両肩に重くのしかかることを。

 それはあの日の金村を襲った重圧と同じように。


「ざっす! 明日こそ打ちますんで!」


 周囲の言葉に元気よく答える19歳の青年の姿が、金村にはあまりに健気で、そして危うく見えた。

 何の対策も取らなければ、また打てなくなって消えて行ってしまう。

 その恐ろしさを誰よりも理解していた。


 そんな金村の思惑をあざ笑うかのように、周囲の高橋に対する期待は高まる一方だった。

 7月21日金曜日、首位タイタンズの本拠地・後楽園ドームへ乗り込んでの3連戦で、ついにホワイトラン監督は金村に代えて高橋をスタメン起用する。


1番 セカンド  内田俊介    背番号0

2番 レフト   宮川将     背番号37

3番 ショート  新川佐     背番号1

4番 サード   田村翔一    背番号25

5番 ファースト フェルナンデス 背番号6

6番 センター  高橋紘一    背番号61

7番 ライト   ボルトン    背番号67

8番 キャッチャー谷口茂     背番号8

9番 ピッチャー ダグラス    背番号49


 スコアボードに燦然と輝く若武者の名前に、ファンやマスコミは新たな世代の幕開けを予感した。

 ここからニュースター・高橋紘一の伝説が始まる。

 Aクラスを目前に伸び悩むドルフィンズを押し上げる起爆剤になる。


 高橋自身もその期待をひしひしと受け止めていた。


 試合は1回から乱打戦になった。

 両チーム合わせて24安打が乱れ飛ぶ撃ち合いを制したのは、ドルフィンズだった。


◆試合結果(7月21日・後楽園ドーム)

湘南 100 610 000=8

東京 030 000 201=6

勝利投手 ダグラス 4勝2敗

セーブ 山内 1勝1敗14S

本塁打 なし


 しかし、この押せ押せムードの湘南ベンチの中で、ひとり思い悩む男がいた。

 今日スタメンで唯一ノーヒットの高橋だ。


 そして高橋は翌日も、翌々日もスタメン起用されたが、このタイタンズ3連戦で1本もヒットを打つことができなかった。

 結局、11打席ノーヒットで迎えた3試合目の第3打席で、ホワイトラン監督は代打金村を告げた。

 金村はライバルの不調とは対照的に、ショートへ内野安打を放って軽快に一塁を駆け抜けた。

 これでまた金村のスタメン復活は、誰が見ても明らかとなった。


 このカードの最終戦は序盤で先発が7失点を喫したため登板がなく、敗色濃厚のためブルペンにも入らずベンチを終始温めていた楓は、少しでも体を動かしておこうと試合後ドルフィンズの練習場に寄った。

 明日はオフのため、少し遅くなってもかまわないと思ったのだ。


 すると、室内練習場の方からバットの音が聞こえる。


 中を見ると、無心でマシン打撃に打ち込む金村の姿があった。


「金村さん!」


 思わず楓は声をかける。


「こんな時間に、どうして。」


 当然の疑問だった。


「いやーーー、試合でないと、体がなまってなまって。」


 金村は大げさに肩を回して見せる。こういうところが金村の関西人らしい人懐っこさなのだが、今日はやけに空元気に見える。

 一時的とはいえ、若手にレギュラーを奪われたのだ。何かをしていないと不安になる気持ちはわかる。


 楓は何と言葉を返していいかわからず、黙り込む。

 二人の間に沈黙が流れる。


「ごめん! うそ! スベったからいまのナシで!」


 沈黙に耐えきれなくなったように、金村が大きな声を出すと、マシンを止めて楓の方に歩み寄る。


「しっかし、君は入団前から思ってたけど、妙なところで勘が鋭いよなあ……ほんま参るわ。」

「別に、そんなこともないと思いますけど。」


 あっけらかんという楓だが、チームのメンバーは楓の勘の鋭さには一目置いていた。それは野球についても同じで、チーム状況の変化や相手の狙い球には人一倍敏感だった。

 実際、谷口や戸高のリードの意図を読み取る力だけは、すでにチームの中では上位に達していた。


「いまから、ほんまのこと言うで。めっちゃダサいから、かえって寝たら忘れるんやで。わかったな?」


 突然妙な約束を強いてくる金村。

 あっけにとられつつも楓が黙ってうなずくと、ぽつり、ぽつりと言葉を探すように金村が話始める。


「ほんまはな、高橋が凡退しまくったとき、『よっしゃ』って思ってしもうてん。これでレギュラー取り戻せるってな。な、最低やろ?」

「えっ? ま、まあ……」


 突然の問いに、「そうですね」というわけにもいかず、言葉に詰まる楓。


「楓ちゃん、『まあ』て……『まあまあ最低』ってこと?」

「違いますよ!」


 真面目に聞いていたはずなのに、いつの間にか金村のペースにのまれてしまう。

 ただ、こうして誤魔化しながら話したいほど、金村の中ではセンシティブな話題なのだということも、楓は何となく察していた。


「ほんま、最低やと思うわ。人が落ちてくるの待ってレギュラーとったかて、チームは勝たれへんのにな。」

「まあ、でも、気持ちはわかりますよ。誰だって、生活かかってますから。」


 楓も正直な気持ちを返す。


「ありがとな、楓ちゃん。でもな、やっぱ野球はチームスポーツや。他人の不幸なんか願ったらアカン。だからな……」


 少し思い悩んだようにうつむくと、決意したような強い目でいう。


「俺、本気でやって、それでも高橋にレギュラー争いに負けたら、引退しよう思う。」

「えっ?!」


 衝撃の言葉に耳を疑う。


「プロ野球選手は、自分の腕だけで稼ぐ職業や。そんな奴らが何十人も集まってチーム作んねん。だからな、俺は改めて、15近く年の離れた後輩クンと、『レギュラー争い』をしようと思う。悔いのないようにな。」


 そういうと金村は、


「ほんじゃ、もうちょっとやってくから。また明日な。」


と言って、また黙々とマシン打撃を続けた。


◆◇◆◇◆


 翌々日、楓が湘南スタジアムへ行くと、意外なコンビと鉢合わせた。


「そうじゃねえよ! 何回言うたら分かんねん! 前の膝を回すのが早い!」

「すんません! もっかいお願いします!」


 トスバッティングをする高橋にボールを投げていたのは、金村だった。

 金村は、自信がプロ生活で培ってきた「早い打球を打つ理論」を高橋に説いているようだった。


 その日からセンターのレギュラーは再び金村に戻ったが、ホワイトラン監督は毎試合のように高橋を代打起用した。

 そして、試合が終わると今度はロッカールームで、高橋の打席のビデオを見ながら何やら指導しているようだった。


 金村の指導が始まって1週間もたつと、高橋のバッティングはみるみる上達した。

 誘い球の打ち損じは少なくなり、凡打になるゴロも野手のグラブをときに弾くほど強いものになっていた。


 そして代打でも高橋の結果が出るようになってきた、7月29日。

 今日から湘南スタジアムで3位ロイヤルズとの直接対決を迎える。


 ドルフィンズは3位ロイヤルズについに1ゲーム差と迫っている。

 どちらにとっても負けられない試合だ。


 楓が女子更衣室で着替えを終えて、男子選手たちが着替え終わるタイミングを見計らってロッカールームへ行くと、試合前のミーティングが始まろうとしている。いつにもまして緊張感が高まり、選手たちの雑談の口数も少ない。


 すると、その静寂を金村の声が破った。


「監督! 今日なんやけど、俺やなくて、高橋をスタメンで使ってやってくれんか?」

「起用に意見するとは君にしては珍しいね。しかも自分を外せと。」


 ホワイトラン監督も興味深げに金村に問う。


「高橋の課題は、インコースのボールに差し込まれるとこや。調子悪いときはここなげときゃ大丈夫みたいな意識が相手にある。けど、俺がやってきたインコース打ちを、高橋もマスターしたんや。だから……」


 そこまでいうと、ホワイトラン監督は冷酷な口調で言葉をさえぎる。


「起用は我々首脳陣の領分だ。君にこれ以上意見する権限はない。」


 ぴしゃりというと、再び緊張感がロッカールームを包む。

 そして、そのままその日のスタメンが発表される。


「1番 センター 金村。」


 だよな、やっぱり、アカンか。

 まあ、久しぶりの1番起用はありがたいけど。

 単にイメージ悪くしただけやなあ俺……。


 バツの悪そうな顔でスタメンを聞く金村。


「2番 レフト 高橋。」


「えっ?!」


 声を上げたのは高橋だ。


「聞こえなかったのか? 2番 レフト 高橋。」


 もう一度ホワイトラン監督が言いなおす。


「今日は、超攻撃的な1・2番でいく。頼むぞ。」

「はいっ!」


 そういうと、ホワイトラン監督は、高橋のはきはきとした返事もあまり聞かずにスタメン発表を続けた。


 スコアボードのドルフィンズのメンバー表に、この日初めて金村、高橋の1・2番コンビが名を連ねた。

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