第3話 史上最弱の球団

 プロ野球ファンに「史上最弱のチームは?」と質問したら、10人中10人がこのチーム名を答えるであろう。


《湘南ドルフィンズ》


 創立70周年を迎える歴史あるプロ野球チームである。

 優勝回数は、通算2回。6年連続ナショナルリーグの最下位に終わっている。


 毎日不甲斐ない試合をするチームに、閑散としたスタンド。

 腑抜けたムードと低い年俸に愛想をつかして出ていくスター選手。


 そうした負の連鎖が長きにわたって続き、ドルフィンズは「お荷物球団」の名をほしいままにしていた。親会社である地元企業もついに匙を投げ、ついに2年前に身売りに打って出た。


 楓が高校3年生としてドラフトで指名されずに涙にくれた3年後、大学3年生のころのことであった。


——史上最弱球団、身売り!


 このニュースはスポーツ新聞やネットニュースを軒並み騒がせ、とあるIT企業がその買収に名乗りをあげることになる。

 その企業の名は「ラビット印刷」。


 印刷・出版企業をルーツとするが、紙媒体市場の縮小に伴って社名を残したままIT企業に変貌を遂げた会社だ。ラビット印刷の計らいで、チーム名は地元ファンの愛着ある「湘南ドルフィンズ」のままとなった。


 しかしそこは本業を捨ててIT企業に変貌した親会社。買収したチームに対しても大改革を宣言する。


「腑抜けた集団を、戦うチームに変えてみせましょう!」


 挑発的な表情で報道陣に言い放ったのは、ラビット印刷3代目社長にして、創業者の孫である女経営者・本山奏子もとやまそうこである。奏子の改革は、とにかく意外性に富んだものばかりであった。


 まず、元プロ野球選手のIT実業者であるリッキー・ホワイトランを監督として招聘した。

 ホワイトランは投手としてメジャーリーグで投げたが、通算3勝しかできずに引退した。その後、アプリビジネスを営む会社を初めて大成功を収めた、いまやアメリカIT会の寵児というべき男である。

 監督就任が決まった年の10月から、キャンプが始まる翌年2月まで、ホワイトラン監督は徹底してチームのデータ分析を行ったという。


 ホワイトラン監督はIT業界では「KPIの鬼」の異名をとるデータ分析マニアである。

 現役時代も、すべての相手打者のデータを分析し、捕手に自らサインを出しながら投げていたエピソードは知る人ぞ知るものとなった。


 そんなホワイトラン監督が最初に手掛けたのは、チームの組織改革である。

 徹底的に分析したデータをもとに、現有戦力を組み合わせてシナジー効果を発揮し、戦力を最大化する。


 その際に過去の実績は問わない。

 チームの精神状況に対して与える影響についても数値化し、実績があっても他の選手の成長を妨げる怠慢行為などがあれば、不要な選手として容赦無く戦力外通告を行った。


 そしてドルフィンズの残った選手たちは、不安な気持ちを抱えたままシーズン終了後のドラフト会議と自主トレの時期を迎えるのであった。

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