第2話 女子プロ野球選手・誕生!
女子選手の高校野球参加が認められたのは、意外にもプロ野球よりも先であった。
この大会の10年前のことである。
強豪校の一軍選手には女子はいないものの、公立校をはじめとして多くの野球部に女子選手が入部した。その後、一定数の高校では女子選手が戦力として活躍するようになった。
そして、楓が高校1年生だった年、未だ東北大震災からの復興ままならぬ日本列島に、衝撃的なニュースが駆け抜けた。
《日本プロ野球連盟、女子選手の登録を解禁》
折しも長く続く不景気打開のため、女子のさらなる社会進出と共働きの推進が叫ばれ始めた冬の出来事であった。
この知らせが、全国の女子野球選手の目に光を宿したことは確かである。
彼女たちは、来るべきプロ野球デビューの日に向けて、いっそう厳しい練習に励むのであった。
◆◇◆◇◆
ベスト4に進出した後、楓の所属する葛西学園高校は東東京大会の準決勝で敗れた。しかし、相手校の校歌斉唱を見つめる楓の目に涙はなかった。
その瞳は、さらに先を見つめていた。
(やるだけのことはやった。結果は出した。スカウトには十分アピールできたはず。)
確たる思いがあった。
楓の視線の先には、目の前の敗北よりも大きな夢が映っていた。
(ドラフトでの指名を受けるために、今まで頑張ってきたんだ。)
女子選手が各チームに指名されるたった一つの「枠」を目指して、努力してきた。
プロ野球で女子選手の登録が認められたといっても、これは女子にもプロ野球選手になるという「機会の平等」が与えられたに過ぎない。
当然のことながら、野球は投げて・打って・走って・守るスポーツである。生来の体格差や練習環境の差はいかんともしがたく、各球団は女子選手を戦力とは考えていなかったのが現状だった。
それでも、プロ野球人気に陰りが見え始めていたことも相まって、各球団はこぞって女子選手をドラフト会議で下位指名した。女子選手をアイドル、またはマスコット的な存在としてチームに置くことで、集客効果があると見込んだのである。
しかし、女子選手の名前がドラフト会議の場で呼ばれることが、全国の野球少女たちの心を躍らせたことは、紛れも無い事実である。
結果的に各球団には、支配下選手のうちに1名だけ、事実上の「女子枠」が存在することになった。
そしていつしか、「女子選手が指名されること」は、「球団におけるその年のドラフト選択が終了すること」を意味するようになっていた。
そして訪れた、楓が高校3年生の年の秋。例年通り、ドラフト会議が開催される。
子どもの頃から3人の兄とともに野球に励んできた楓もまた、ドラフト会議で名前を呼ばれる女子選手の名前に目を輝かせ、そして自分の名前が呼ばれないものかと中継を流すPCモニターの前に釘付けになった。
(私がこの家族で最初のプロ野球選手になるんだ!)
兄妹全員が野球をしていた野球一家のなかで、3人の兄のうち長男は社会人野球を引退し、次男は社会人リーグで、三男は独立リーグで野球をしながらプロを目指している。楓は自分にも訪れたプロ野球選手になるチャンスを逃すまいと、日夜部活や自宅で練習に打ち込んできた。
地方大会ではベスト4に進んだ。
2年の夏から男子に混ざってベンチ入りもした。
女子の高校日本代表にも選ばれた。
スカウトも、3球団が見にきた。
結果は出してきたはず。
テレビの中継も終わり、下位指名はインターネットのみで中継される。
――第6回選択希望選手。湘南。江川 希。内野手。18歳。オホーツク商業高校。
その球団の最終指名選手であることを告げる女子選手の名前が、次々に読み上げられていく。
――第7回選択希望選手。東北。巻 涼子。外野手。18歳。博多学園高校。
昨年の成績が下位だった球団からの指名はない。
でも、楓のもとには上位球団である東京タイタンズのスカウトも来ていた。
まだチャンスは残されている。
心の中で楓は自分に言い聞かせる。
そして、前回日本シリーズの覇者である東京タイタンズが最後の指名を終える。
息を飲む。
――第7回選択希望選手。東京。
――田瀬 愛乃。内野手。18歳。聖リリー学園高校。
18歳の楓の名前は、呼ばれることはなかった。
12球団全てが、楓と同い年の18歳の少女を最下位で指名し、その年のドラフト会議は幕を閉じた。
こうして、楓のプ・ロ・野・球・人・生・は、開幕を迎えることなく事実上幕を閉じたのであった。
楓は、モニタの前のキーボードの上に突っ伏して、唇をかみしめてただ涙を流した。
なぜなら、女子選手は球団にとって「アイドル枠」であり、そのためには「18歳の女子高生」を指名するのが慣行になっていたことは明らかだったからだ。
高校3年生の時にプロに指名されないことは、女子プロ野球選手になれないことを意味する。
あの日が来るまでは。
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