骨董屋麒麟堂


 それは初めは大きくともゆっくりとした変化だった。

そして、その変化は確実に、全てを変えていった。


常に柔らかな薄闇の中で共存をしていた人の子は、全てを置き去りにして光の世界へ行こうとしていた。




ただ広く暗かった道に、魚尾灯ぎょびとうと呼ばれるガス燈が並び立ち、扇型の炎で、闇しかなかった街を照らした。


その道を人力車や馬車が、髷を切り落とした紳士と、帯の代わりにコルセットで腰を締めた淑女を乗せて走っていく。


 しかし、華やかな祭りのような道を一本中に入ると、そこにはまだ相変わらず闇が大きな顔をして、夜を支配している。


その闇の中に未だ洋燈ランプをつけて、店を開いている一軒の骨董屋があった。


そこだけ明るい店内は、まるで闇にぽかんと浮かぶ満月のようだ。



「おや、いらっしゃいませ」



ヒョロリと背が高い男が振り向いた。


その男の顔は、のっぺりとしてなんの特徴もない。

目を外した瞬間にどんな顔だったか、つるりと記憶から抜け落ちてしまいそうだ。


ただ桜色の唇だけが、奇妙に愛らしく、少女のようだ。


「おや、何かお探しですか」


その男はその唇で愛想よく笑った。


「ああ、あやかしがお好きなんですか。それは是非、中にお入りください。

ええ、こういった商売ですもの、妖しい話はたんと存じております。

はい、勿論、これは全てまことの話にございます。


ただその代わり、お代は頂戴します。


いいえ、さように大した物ではありませんよ。


お代は何かでございますか?


それは最後に申し上げます」



店主はにこりと微笑んだ。


「ええ、これは全てまことの話でございます。

さあ、中にお入り下さい」





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