第6話 郷愁

 その後も、拓海はずっと図書館に通った。そしてその道中で少女に会った。毎日毎日、忘れては会うことを繰り返した。


「消えたら、君はどうなるの?」

「さあ」

「成仏するってことなのかな。だったら、早く成仏したいよね。成仏したら、天国に行くのか、生まれ変わるのかは知らないけど、でも多分いいことが待ってるって感じがする」

「――そうだね」


 拓海は少女をみた。少女の黒い髪がふわふわ揺れた。


「成仏したくないの?」

「私は、怖いかな。怖いし、寂しい」


 少女も拓海をみた。


「私が消えるってことは、私のことを知る人が誰もいなくなるってことだから。私は、一度死んで肉体はもうなくなっているけど、それでも今まではみんなが私のこと覚えてくれてた。でももう、私のことを知っている人は誰もいなくなる。本当に、この世界から私という存在は消えてしまうの。それはとても、寂しいと思う」


 私は二回も死ななければいけないのね。


 少女はそう言って笑った。


 拓海は視線を足元に向けた。もう一度少女をみようと思って目をあげたとき、そこにはもう少女はいなかった。


「俺に見えてないだけなんだよね、そこにいるんだよね」


 応える声はない。


「また明日も来るよ」


 拓海は自転車をこいで家に戻った。戻る最中に、すっかり少女のことは忘れてしまった。

 祖母と一緒に晩御飯を作って、祖父と一緒に少しだけお酒を飲んで。風呂に入って寝る。


 そして次の日も、もう日課になった図書館通いのために自転車をこいだ。


 橋の上に差し掛かって、麦わら帽子をみて、ああまただと息をはいた。ここにいるときは、絶対忘れないようにしようと思うのに、いつの間にか忘れてしまう。


「君、ここら辺に住んでたのかな」

「さあ。覚えてない」

「ちょっと散歩してみないか? 何か思いだすかも」

「でも私、あまりここから離れられないの」

「じゃあ行けるところまで」


 拓海は自転車を押して歩いた。少女はその横を、きょろきょろと周りをみながら歩く。


 川沿いには桜並木が続いている。今は夏だから、桜は咲いていないけれど。


「春にきたら綺麗なんだろうな」

「うん。綺麗だよ。私、よくここにお花見に来ていた気がする」


 少女は眩しそうに桜の木を見上げた。


「家族みんなで。お母さんと、お父さんと、それから――」


 少女は立ち止まった。ちょうど小さな地蔵の前。

 少女はしゃがんで地蔵を覗きこんだ。


「そう、この地蔵。妹が、この地蔵の前で転んで大泣きして、大変だったの」

「そっか、妹がいたんだ」

「そう。そうなの。妹よ」


 ふふっと、彼女は笑った。


 それ以上、少女は遠くへは行けないと言った。この場所に縛られているから、遠くへは行けないらしい。


「ありがとう。少しだけ自分のことが思いだせて、楽しかった」

「そう――、もっと他の場所にも行けたらいいのにね」

「うん」

「あ、じゃあ俺が写真撮ってくるよ。君の代わりに、色んな場所に行ってくる。散歩にもなって気分転換にちょうどいいし。俺、写真撮るの好きだからさ」


 少女はぱちぱちと目を瞬いたあと、微笑んだ。


 拓海は早速自転車で町を駆け抜けた。時々、綺麗な風景を写真に収める。


 途中で、いつものように少女のことを思いだせなくなった。けれど、写真を撮らなくてはいけないことはぼんやりと覚えていた。わけが分からないまま、自転車で移動して時々写真を撮る。


 写真を撮るのは趣味だったから苦ではなかった。


 翌日、撮った写真を少女にみせた。


「たくさん撮ったんだね」

「途中から単純に楽しくなっちゃってさ。どう? なんか想い出の場所とかない?」

「うーん、そうね――」


 ちょっと急な階段が続く道。踏切。柿の木畑。公民館。分かれ道。夕暮れ。

 次々に写真をみせていくと、少女はあ、と声を出した。


「ここ、覚えてる」


 古びた公園だった。ブランコと鉄棒だけがある。寺の隣にあった公園だ。


「昔、ここで遊んだの。たまにお父さんと一緒に散歩に行って。お父さんと、私と、妹で。お父さん、ブランコを勢い良く押してくれるの。ぐんぐんスピードがついて、空に近付くのが楽しくて」


 少女は空に手を伸ばした。


「楽しかったな」


 少女は微笑んだ。

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