第10話 マナブと瞬間移動(前編)


「これは、友達がバイト先の先輩から聞いた話らしいのだが……」


 ゴクリ……とツバを飲み込む音が聞こえてきそうな、そんな気さえするほど緊迫した表情を浮かべる楓は、現在部屋の主の俺を差し置いて俺のベットに居座り、俺の枕を胸元に抱きかかえて俺の話に耳を傾けている。


 現在の日時は日曜日の午前11時、休みの日だというのに朝っぱらから俺の部屋に乗り込んできた楓はダラダラと俺のベッドでマンガを読んだ後に、暇だからなにか話せと無茶振りをしてきたのだ。


 そんな芸人殺しのフリと惰眠の妨害をされてイラッときた俺は、楓の苦手な怖い話で懲らしめようとしているところなのだ。


「そのバイト先の先輩……そうだな、仮にKさんとしよう。Kさんは専門学生の20歳でな、進学と同時に一人暮らしを初めて2年たった頃に不思議な経験をしたそうだ」



 話の概要はこうだ。

 Kさんは専門学生2年生の頃、不思議な出来事に見舞われた。

 その出来事というのは、『エレベーターがちょうどいいタイミングで来る』というものだ。

 その程度なら誰しも何度か体験したことがあるであろう、エレベーターの前で待つことも無く、歩幅を緩めたり早めたりする事も無くスッと乗れるという経験だ、さして珍しい事ではない。


 では、何が不思議かというと、Kさんはこの『エレベーターがちょうどいいタイミングで来る』という出来事を少なくても1日に3回、多くて5回、しかもそれが2ヶ月もの間続いたと言うのだ。


 最初は『こんな事もあるもんだなラッキー』くらいにしか思っていなかったそうのだが、それが1週間も続いた時にはさすがにおかしいと思ったらしい。

 その出来事が起こる場所も、自宅のマンション、専門学校、バイト先とバラバラで、時間帯も違うそうだ。


 しかしKさんは、基本的には幽霊を信じないというタイプなので、どうにか現実的に説明できないかと色々考えたらしい。


 例えば、家に帰る時や、学校に入る時は1階からの乗り込みなので、たまたまどちらにもKさんの直前にエレベーターを使用した人が親切な人で降りる際に1階のボタンを押してくれて、そのエレベーターが1階に到着したタイミングがたまたまKさんが利用する時間帯で、前任者とKさんの生活リズムが偶然合致したというものだ。


 しかし、これが毎日少なくても3回、2ヶ月続くと言うのは、可能性的に無くはないが難しいだろう。


 それに、先の説はKさんが家を出る時にも起こっている事を説明できない。

 Kさんが住む階層にちょうどいいタイミングで無人のエレベーターが着くのだ、一体どこの誰が自分がエレベーターを使った後で、誰が住んでいるかもわからない階層のボタンを押して出るというのだろう……それはもはや親切どうこうの話ではない。


 Kさん曰く、色々可能性を考えたが場所も時間もバラバラなので説明が出来ない。

 一番しっくり来るのは、目に見えない何者かがKさんの先回りしてエレベーターのボタンを押してくれていると言うものだった。


 そんな不思議な現象が、2週間、3週間と続いて行き、最初は戦々恐々だったKさんも実害が何もなく、むしろ便利だなと思い始めた。

 友人が一緒でお構いなしにちょうどいいタイミングでエレベーターが来るので、友達にも「Kと一緒なら待たなくていいから便利」と言われ、ちょっと調子にのって誰もいないエレベーターのボタンのところに「おう! ご苦労」なんて声をかけていたそうだ。


 だが、そんな出来事も2ヶ月目で終わりを迎えた。

 ある日、KさんとKさんの友人が学校の教室に残ってだべっていた時にちょっとタバコでも吸おうかとなったらしい。


 Kさんの専門学校は構造的に喫煙室に向かうにはエレベーターの前を通る必要がある。

 教室から出て同じ階の喫煙室に向かう途中、エレベーターの前を通ったところでエレベーターが、もし乗るならちょうどいいタイミングで開いたそうだ。


 Kさんの教室は5階だ、周りにはKさんと友達しかいないし、エレベーターも無人だ。

 状況的にも経験的にも間違いなく、何者かがエレベーターを呼んだんだろうとKさんは理解した。

 ちなみにこの友達も、Kさんとよく一緒に行動しているためエレベーターの件は一緒に何度も体験している。


 しかし今回はエレベーターに用はなく、目的地は同じ階の喫煙室だ。

 友達の前ということで調子乗ったKさんは、無人のエレベーターを指差してこう言ったらしい……


 ・


 ・


 ・


「バーカ! バーカ! 勘違いしてやんの! 今回はエレベーターは使いませぇん! ってな……それ以降エレベーターがちょうどよく開く現状は起こらなくなったらしい……」

「……え!? 終わり? 悪口言ったら起こらなくなったの?」

「そうだよ。何度か一人でエレベーター乗ってる時に謝ったらしいけど、悪口言ってからピタッと起こらなくなったんだって」




 楓は怖い話が苦手だ。

 あんまり恐がらせるのは可愛そうなので、俺が持っている怪談ストックの中から笑える怖い話をチョイスしたのだ。


「えっと……つまり……悪口を言ったら起こらなくなったって事は、悪口で傷ついた幽霊的な何かがいるってことで……??」


 楓はどうやらこの話で怖がればいいのか、笑えばいいのかわからなくなっているようだ。

 俺が話を聞いた友達曰く、Kさんが飲み会でこの話をした時は笑いが8割で2割はガチで恐がられるそうだ。

 俺個人としては笑える話だと思うけど。



「俺の話はこれで終わり。楓は? なんか怖い話ない?」

「ええっ!? わ、私? んーと……えーっと……」


 俺の突然のパスに必死に記憶の引き出しを漁っているいるようだ。

 ほれほれ、そうじゃ! 困れ! 


「あっ! えっとね……これは女子の間で最近話題になっているんだけどね」

「ほうほう」


 チッ……どうやらストックがあるようだ。


「最近カップルでデートしていると襟足から服の中に氷を入れられるんだって、今は夏なのに変だよね? それで周りをみても誰もいなんだって!」

「……で?」

「……終わりで……です」

「……ッハン」


 楓の低レベルな話を鼻で笑ってやった、もう一回やっとこ……ッハン!!


「~~!!」


 俺に鼻で笑われた事がよほど悔しかったのだろう、楓は俺の枕にバンバンと拳を突き立てている。

 フハハハ! んん~実にいい気分だ! 



「はぁ~もういいよ……そろそろお昼にしよっか……って言ってもまたそうめんだけどね。出来たら呼ぶから学ちゃんは待っててね」


 そう言って楓は、よっこいしょと反動をつけて俺のベッドから起き上がる。

 そうか、そうめんしか無いのか……とういうか楓は俺より俺の家の台所事情を知っているな。

 家の両親の帰りが遅い時なんかは、楓がよく俺の晩御飯を作ってくれるので、それが理由だろう。


 そうか……改めてよくよく考えると、楓にはかなり世話になっているな……日頃の感謝として俺のおごりでどこかに食べにでも行こうかな? だがそのまま伝えるのは気恥ずかしいので、そうめんに飽きたことにさせてもらう。

 すまない! そうめん! 君には世話になっているが、ここは俺のために死んでくれ!


「まままマァ↑たそうめんかァ! ちゅっと飽きてきたら、たぁたぁ……たまには外に食いに行こうぜ! おっおっ俺がおごるからさ」


 ドモルわ、上ずるわ、噛むわ、声が震えるわで散々だ、これじゃあそうめんは無駄死だ。

 俺は自分の失態に恥じながらも楓を見ると、ポカンとした表情からゆっくりとニヤニヤした表情になっていく。


「おやおやおや~ん? あらあら、もしかして学ちゃん、それってデートのお誘いかな~?」


 楓はニヤニヤしながら俺に近づいてきて、俺の頬に自分の頭頂部をグリグリと押し付けてくる。

 ええぃ! やめろ! うっとおしい! いい匂いすんだよコノヤロー!


 俺の話し方のせいで、そうめんに飽きたというのは楓を誘うための方便であることが、すでに楓にバレているようだ。

 だが今更後に引けないので、言い訳を継続せざるを得ない。


「ちち、ちげーし! デートじゃねぇし? そうめんに飽きただけだし? もぅそうめんの事ゎ着拒にするレベルでぇ。。。ぁきたッテゆーか? もぅマヂ無理。。。みたいな?」

「はいはい、わかったわかった、デートじゃないデートじゃない。じゃあ駅前の広場で待ち合わせしよっか? 家から一緒はいつものお出かけと一緒で味気ないもんね?」


 これは決してデートではないので味気なんていらない気もするが、今の楓に口ごたえしても勝てる気はしないので受け入れておく。

 大いなる敗北を喫さない為にも、多少の譲渡は必要なことなのだ、これまでのこの世界の歴史が何よりもそれを証明している。

 ……具体的な事例は特に思い浮かばないので詮索はやめていただこう。


 俺の受け入れに気を良くした楓は、じゃあまた後でねと言い残し俺の部屋をあとにした。

 もしかしておめかしでもしてくるのだろうか?

 それはなんだか、嬉しいようで気恥ずかしいような気持ちになる。


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サイキック少年ボウイ・マナブ(連載) ぬこダイン @nukodain01

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