第9話【番外編】サイキック全然関係ない小話 マナブと花の金曜日
金曜日の放課後、それは次の日が休みという安心感と開放感からか、一週間で最も人がはっちゃける日である。学生である俺たちは言わずもがな、社会人である大人たちも『花金』と題して羽目を外しがちだ。
今宵一人の少女が、花金の魔力によって悪しき影響を及ぼされた大人と俺の手によって、不幸のどん底に叩き落される―――――。
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「可愛い女の子のホラーゲーム実況が見たい」
金曜日の夕方、仕事が早く終わり帰宅した母が、玄関から鼻歌とともに小躍りしながらリビングに入り、フッフーと奇声を上げながらひとしきり反復横跳びを行った後に放った一言である。
いくら花金とは言えいささか奇行がすぎる気がする上に、話の脈絡がなさすぎる。
とは言え、興味を引く内容では合っので詳しく聞いてみることにした。
「いきなりなんだよ、母さん。ゲーム実況って動画投稿サイトに上がってるようなやつ?」
「ええそうよ、今日会社で若い子達が話しててね? 気になって見てみたらアニメの女の子がホラーゲーム実況してて、すごく可愛かったの」
ああ、いわゆるVtuberって奴だな。
「じゃあ、俺が見ているのをいくつか教えようか?」
「それには及ばないわ、私は可愛い女の子がホラーゲームをプレイしているのを生で見たいのよ。という訳で楓ちゃんヨロシクね?」
「ああーっ! 矛先がこっちに来ないように黙ってたのにぃ!?」
そう、実は楓は最初から俺と一緒にリビングにいたのだ。
楓が放課後、俺の家にいるのはいつもの事なので別に珍しいことではないが、帰宅した母さんと喋らないのは珍しい事だった。
なぜ楓が黙っていたか……それはひとえに楓がホラーのたぐいが大の苦手であるからだ。
「嫌ですよ! 絶ッッ対に嫌です!」
「まぁまぁそう言わずに……タダとは言わないわよ? もし途中で投げ出さずクリアできたら……コレをあげるわ。楓ちゃんが持っていないレア物よ」
母さんはそう言って、スーツの内ポケットから一枚の写真を取り出して楓に対してこっちに来いと手招きをした。
餌に釣られた子猫のような足取りで、母さんの手招きに応じた楓は写真を見て「わぁ」と喜色を孕んだ感嘆の声を上げる。
俺の位置から写真を見ることは出来ない、そんなに楓が喜ぶようなものなんだろうか?
「母さん、それなんの写真?」
「この前、親戚からダックスフンドを預かったでしょ? その時にアンタが昼寝して……」
「わー! わー! なんだかすっごくホラーゲームがしたくなっちゃったなぁ! おばさん! 是非私めにお任せくださいぃ!」
母さんの写真の説明は楓の大声でかき消された。
確かに、この前親戚が旅行する際に、我が家でその親戚が飼っているダックスフンドを預かった事があった。
聞こえた情報から察するに、楓は犬好きだからその写真が欲しかったのだろう……しかしいくらかの疑問は残る。
いくら犬好きとは言え、苦手なホラーゲームをやるほどその写真がほしいとも思えないし、そもそも母さんの話を遮るほど恥ずかしい事ではないだろう。
まぁ何が恥ずかしいかは人それぞれだ、踏み込んで聞くのも野暮だろう。
「じゃあ決定ね! 晩御飯を食べたら早速やるわよ! 楓ちゃんも今日はご両親遅いんでしょ? 家で食べておきなさい。 学、ゲームのチョイスはアンタに任せるわ」
「あいよ、任された」
そうと決まれば至極の一品を提供しましょう。
『お手柔らかに』というアイコンタクトを送る楓を華麗にスルーする、なぜなら俺も女の子がきゃあきゃあ怯えならゲームをする様を是非見たいからである。
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【Home Sweet Home】
それはタイで作られたホラーゲームで、プレイヤーキャラクターを操作して、女性の幽霊から逃げながら迷い込んでしまった建物からの脱出を図りつつも、失踪してしまった妻を探し出すことが目的のゲームだ。
よく動画投稿サイトでプレイ動画が上がっているので、ご存じの方も多いだろう。
本作の特徴としては、主人公は敵に対する攻撃手段が一切用意されていないため、見つからないように隠れながら進んでいかなければならないという点だ。
最後までやると長いので、楓には第一章である建物からの脱出して家に戻るところまでクリアしてもらおう。
理不尽な仕様も少なく謎解きも程よくヒントがあるので、普段からゲームをしている楓には丁度いい難易度だろう。
しかし、そのゲーム性の難易度とは裏腹に恐怖演出はかなりレベルが高いので、恐怖を乗り越えてゲームをクリアすると考えるとその難易度は跳ね上がる。
我ながら絶妙なチョイスだ、自分で自分を褒めたくなる。
夕食を終えて俺は自室からPS4を持ち出し、リビングに設置する。
ゲーム画面と楓の表情を同時に見るために、カメラを用意しパソコン用のモニターに繋げておく、これで楓の後ろからゲーム画面を見ていながら、楓の表情の観察も出来るようになった。
俺たちの声が聞こえるとゲーム進行の妨げになので、楓にはヘッドフォンを付けさせてゲームに集中させる。
全てのセッティングが完了し、ゲームを起動して部屋の電気を消す。
さぁ準備は整った、今宵は楽しい花の金曜日、少女の悲鳴を肴にコーラでの晩酌を楽しむとしよう。
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「暗い~……やだぁ……あっ! 懐中電灯だぁ……あれ? どうやって使うの!? ねぇ! 学ちゃ……あ、使えた」
現在楓はゲームの序盤も序盤でモタモタしている。
「どうせこの角曲がったらいるんだよ……ハァッハァッハァッてりゃあ! あれ? いない……」
俺はクリア済みなので先の展開を知っているが、まだ幽霊のゆの字すら出ない段階で楓は勝手に先の展開をして、いもしない幽霊に勝手に怯えている、まさに独り相撲だ。
楓の独り相撲に、俺と母さんの晩酌はとても良く進む。
やってよかった、なんて面白んだ。
「ああっ! 人がいた! 人がいたよぉ~ああ……怖いぃ。階段だ……ぎゃあっ!! なんか降ってきた!?」
楓の表情モニターには、困ったように眉をハの字に歪めて涙目の楓が写っている。
なんだろう……なんか良いなコレ、新しい性癖の扉が開く音が聞こえる。
楓は怯えながらもゲームを進め、ついに最初の接敵の場面へと差し掛かった。
「いっいた! 女の人だ! ああ……首が……ああーっ!! 嫌! 嫌ぁ! あれ? ドアが壁になってる! なんでなんでなんでぇ!? 学ちゃん! 助けっ……わあぁあっ!!」
ゲームの画面は主人公の視点が左右に激しく振られていて、その様子からも楓の表情モニターを見るまでもなく、楓がパニックに陥っているのがよく分かる。
ヘッドフォンをしてる楓には聞こえないだろうが、その場面を見て俺と母さんは腹を抱えて笑っていた。
ここはこのゲームおなじみの、初見殺しの場面だ。
追ってくる幽霊から逃げるために、廊下のドアを開けたら壁に変わっていて、幽霊が追ってきている方を向くと前まで無かったドアが出現していると言う場面だ、前情報無しで死なずに切り抜けられるやつは中々いないであろう。
案の定楓の操作キャラは死んで、初めてのゲームオーバーを迎えていた。
「ハァーッ、ハァーッ……ううぅ……ぐすっ」
現在ゲームの画面はゲームオ-バーを経て、続けるとメインメニューの選択肢の画面になっている。
楓も泣いているし、正直ここでやめても良いと思ったのだが、俺達が何も言わずとも楓は『続ける』の選択肢を選んで自分からゲームを再開した。
途中で物事を投げ出すのを良しとしない楓らしい行いだ。
今までも応援していなかった訳ではないが、この行動で応援する気持ちが強くなってきた。
「私やるよ! 頑張るよ! 学ちゃん! 見ててね! 私を見てて!!」
ゲームを再開し、幽霊に接敵する直前の場面に戻る、楓はここで自分を鼓舞するように大声を出す。
「頑張れ楓! 俺はここで見ているぞ!!」
俺の声はヘッドフォン越しに聞こえてはいないだろう。
そんなことは百も承知だが、俺は楓を応援せざるを得なかった。
ここからはこのゲームの見どころを楓のセリフのみでダイジェストでお送りしよう。
「ロッカーだぁ! ロッカー! 早く早く! 気づかないでぇ…………ふぅ」
「あれ? 動けない……ムービーかな? ああっ!? きっ来たっ! ……アハハハハハ、ゲロ吐いてる。おえーだって、アハハハ」
「ウロウロしてるぅ……カッターの音がぁ! カチカチってぇカチカチってぇ」
「ひゃあ! 気付かれた!? 気付かれちゃったよ! ごめんなさい! ごめんなさいぃ!」
ふむ、女の子の情けないふにゃふにゃした声はとても良いものだ。
そして場面は第一章の最終局面、幽霊から逃げつつ直線を走り抜ける場面だが、ポルターガイストで物が動いて走るのを邪魔される場面だ、楓は何度も死にながらも、ポルターガイストで動く物のパターンを把握し、クリアは目前に迫っていた。
ゲームの演出上、クリアした事をすぐに察することは出来ないと俺は判断し、楓に告げるために楓の背後へと移動した。
予め言っておくが他意は無い、声をかけてもヘッドフォンで聞こえないから肩を叩くために背後に移動しているだけである、ゲームに夢中の楓は背後の俺に気付いていない。
俺は楓の背後でゲーム画面を観察し、クリアしたのを確認した直後に楓の肩をポンと軽く叩いた。
「ひぃやああああぁぁぁぁぁああ!! …………あっ」
俺の肩叩きに驚いたのだろう、座っていた椅子から飛び上がって転げ落ちた楓は背後の俺を見て安心した表情を浮かべた後に、小さい声で『あっ』と言った。
『あっ』ってなんだ? なんかあったのか?
「も~学ちゃんかぁ、驚かさないでよぉ……ちょっと家で着替えてきます」
なるほど『あっ』って言ってのはこれか。
乙女の尊厳の為、あまり言及は出来ないがどうやら少しだけ染み出たようだ。
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当然のごとくホラーゲームを終えた直後の楓に、無人の家へ一人で帰る度胸もなく俺が付き合わされている。
俺が原因でもあるので、そこに文句は無い。
だが、着替えのために部屋の外で待とうとした俺に怖いから部屋に入ってこいと言うのは女の子としてはいかがなものか。
見るわけにはいかないので、後ろを向いていたが、背後から聞こえる衣擦れの音に大変ムラムラいたしました。
「あ~、ホンットに怖かった! もう二度とやらないからね!」
現在は楓の着替えを済ませて我が家に戻っている。
ゲームをやると決めたのも、途中で続けることを選んだのも楓の意思ではあるが、怖かったことには変わりはないため、現在の楓さんはちょっとご機嫌斜めだった。
「楓ちゃんご苦労さま。とっても良いものが見れたわ。謝礼のあれとは別に今度駅前のシュークリームをご褒美で買ってあげる」
「ホントですか!? やったぁ!」
楓の機嫌がころっと良くなった。
まさに『今泣いたカラスがもう笑う』だ、子供かこいつは……だが、頑張ったのは事実だ。
俺も何か楓にしてあげたい。
「確かによく頑張ったよ。一つだけ何でも良いからお願いを聞いてあげよう」
「ホント!? いいの? えーっと……じゃあね」
楓はしばらく考え込んでから、俺に頭を下げるようにジェスチャーをして、自分の口元に両手を添える。
恐らく母さんに聞かれたくないのだろう、内緒話をする仕草を見せたため、俺は頭を下げて耳を傾ける。
頭を下げた俺の耳元に楓は両手を添えて、コショコショと小さな声で呟いた。
「怖いから今日は一緒に寝て?」
この後、俺と楓は数年ぶりに一緒の布団で寝る事となった。
お互いの尊厳のためにも言っておくが、何もなった。
何もなかったが、寝ぼけた楓のアレやコレがどうしても当たってしまうのだ。
生着替えの衣擦れで既にムラムラしていた俺へのダメージはとんでもないものだったが、なんとか鋼の精神で耐え抜いた。
それにしても、女の子はほっそりしているのに、なんであんなに柔らかいのだろう?
とてもじゃないが同じ人類とは思えなかった花の金曜日であった。
【あとがき】
楓の学ちゃんアルバムコレクションに『犬と一緒に昼寝する学』が新しく追加されました。
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