第8話 マナブとパイロキネシス(後編その2)



 保健室に担ぎ込んだタツロウの両脇と首すじの裏に氷嚢を当て、保健室に会ったファイルでタツロウを仰いでいると、タツロウはすぐに目を覚ました。

 パイロキネシスの影響なのか、熱に対する耐性があるようだ。

 目を覚ましたタツロウに水分を与えた上で、俺とツヨシとトオルの三人はタツロウに頭を下げた。


「俺たちに任せろなんて言ったのに……お前の願いを叶えられなかった……すまねぇ」

「僕の作戦ミスだ……一応確認したけど湯布院さんのブラは透けていなかったよ。だから写真も……ごめん」


 俺たちの謝罪を受けたタツロウの表情には、怒りの感情は見られなかった。


「よせやい、謝らんでくれ。俺は一時的な欲求を満たすよりも大切なものを手に入れた……それは、お前達という仲間だよ。」

「タツロウ……へへっ、言うじゃねぇか」


 タツロウの言葉を受け、照れくさいながらも悪い気はしなかった。

 俺たちの間で流れる一体感を感じているところで、突如背後から声をかけられた。


「話は聞かせてもらったぁ!」


 突然の事に驚き、声のした保健室の入り口の方を見ると……。

 ゲェーッ、か……楓!?


 楓は保健室のスライドドアの縁に背中をもたれかけ、腕と足を組んでいかにも少年漫画のお助けキャラがかっこよく登場するようなポーズをとっていた。


 俺たちがタツロウの看病をしている間に、5時間目の終了を告げるチャイムは鳴っていた、楓は6時間目の授業までの休み時間であるこの時間に様子を見に来てくれたのだろう。


 それにしてもこの野郎、なんて面白カッコいい登場の仕方をしやがる!

 生粋のエンターテイナーとしてはこのノリに乗らざるをえない。


「か……楓ェ!!」


 俺は『ピンチな状況での味方登場に、驚きと嬉しさの感情を仲間の名前を呼ぶその一言で表現する漫画の主人公』のような気持ちで楓の名前を叫んだ。

 俺の声色で、楓は俺がこのノリに乗った事がわかったのだろう。

 楓は少し嬉しそうにしながら背中を持たれかけていた体勢から反動をつけて立とうとして……失敗した。


 背中を預けていたのがドアの縁という細くアンバランスなところだったのが原因だろう、転けることは無かったが、みっともなくワタワタとしながらなんとか体勢を立て直し、保健室の入り口で腕を組んで仁王立ちをして――――。


「話は聞かせてもらったぁ!!」


 どうやら無かった事にしたいようだ。

 恥ずかしさからか頬に赤みがさしているのはご愛嬌、ここは幼馴染の情けとして乗ってあげよう。


「か……楓ェ!!」

「お前らお似合いだよ……」


 俺と楓が織り成す茶番を見てツヨシが呆れたように言葉をこぼす、だが今の俺と楓の関係でこの言葉に過剰に反応するとややこしいことになりそうなので、ツヨシの言葉は聞かなかったことにする。


「おおよその話は聞いてたけど、要は上流尾くんは蘭ちゃんが好きで透けブラ見たかったんでしょ? それで学ちゃん達が超能力で協力しようとして失敗したって事でいいんだよね?」

「お前本当に話聞いてたんだな……大体合ってるよ」


 ちなみにツヨシやトオルには楓に超能力がバレたことは既に伝えている。


「それならアタイに任せな! 上流尾くんは6時間目も保健室にいるんでしょ? だったら授業終わっても帰らずにこのまま保健室にいてね?」

「ええと、まぁそれは構わないけど……」


 アタイってどういうキャラだよ……


「学ちゃん達は授業終わったらすぐに帰ること! 保健室に来ちゃ駄目だよ!」

「ちょっと待て、俺達は来ちゃ駄目なのか? 楓! タツロウに何をするつもりだ!?」


 俺の楓への問にツヨシとトオルが俺をなだめるように割り込む。


「まぁまぁ、立川さんが酷い事するとは思えないし」

「そうだよ。この前僕たちが怒られた時もすぐに許してくれたじゃないか」


 そりゃそうだろう、なんせお前らは殴られて無いからな!

 楓は怒りを継続させるタイプではないので、制裁や謝罪などで許せばチャラにしてくれる。

 くれるんだが、怒っている間は怖いのだ。

 ツヨシとトオルは基本、外面の良い楓しか知らない。

 この前の着替え念写の時くらいしか、楓の怒りに触れてないからこんな事が言えるのだ、ここは懇切丁寧に楓の怖さを教えてあげよう。


「お前らは楓の事を知らんからそんな事が言えるんだぞ? 楓が怒ったら大阪城は壊すわ、東京タワーは薙ぎ倒すわ、国会議事堂は踏み潰すわで大暴れだ。この前なんか商店街でたいやき食ってたんだぞ?」

「その話の流れでたい焼き食ってたこと聞くと、なんか凄そうに聞こえるのが不思議だな……」


 俺の説得に関心したような態度のツヨシだが、感心したのは多分、俺の最後の小ボケのところだけだろう。

 俺のエンターテイナーな体質が憎い。


「学ちゃん? 何いってんの? 優しさが服着て歩いているって言われる私が酷い事するわけないじゃない」

「わっははは! あ、いえ思い出し笑いです」


 大笑いした直後に楓にすごい目で睨まれたので、つい誤魔化してしまった。


「もう! いいから被服室に戻るよ! 上流尾くんお大事にね!」


 楓に襟首を掴まれて引きづられるように保健室から出る、確かにもうそろそろ休み時間も終わりだ、さすがに被服室に向かわないといけない。


「タツロウ! また明日な!」


 俺は楓に引きずられながらタツロウに声をける。


 ・


 ・


 ・


 翌日、楓と一緒に登校をする。

 昨日は、楓も保健室に寄らず俺と一緒に帰っている、楓がタツロウに用事が有って保健室に残れと言ったわけではなそうだったが、タツロウに用事があるのが別の人物であるという事に不安を駆られて昨日の帰宅中に何度も楓に大丈夫かと確認してしまった。

 確認のたびに楓は大丈夫だから心配しなくていいと言ってくれたが、完全に不安が払拭されることはなかった。


 学校に到着すると校門のところにツヨシとトオルがいた。

 二人共タツロウの事が心配だったのだろう、自分のクラスに行く前にトオルのクラスに行ってタツロウの様子を見に行こうということになり、下駄箱し差し掛かったところで声をかけられた。


「やぁ! おはよう君たち!」


 やけに爽やかな声色のした方向へ目を向けると、そこにはタツロウがいた。


「タ……タツロウ! お前大丈夫だったのか!?」

「ハハッ、大丈夫さっ!」


 ……なんだろう、妙な爽やかさと男としての余裕をタツロウから感じる。

 とてもじゃないが、昨日透けブラが見れなくて号泣していたやつと同一人物とは思えない。


「昨日はゴメンな? だが俺は諦めてないぞ! 今度こそお前に見せてやるからな!」


 朝の下駄箱なんて人通りが多い所で、透けブラの単語を出すのは憚れるので濁しながら俺の決意を告げる。


「ああ? あの件? いや、それはもう良いんだ……何故なら湯布院さんと付き合うことになったからね!」

「はぁ!?」


 はぁ?

 え? ちょっと待て……どいうことだ? なんで超能力でいたずらしようとした相手と付き合えるの?

 そんな事が可能なら、俺は楓と今頃ハネムーン旅行に行ってるだろうし、ツヨシとトオルに至っては超能力を使った対象者が多いのだ、今頃ハレーム王になっていないとおかしい。


「あのね? 学ちゃん。実は蘭ちゃんも上流尾くんの事を気になってたらしくてね? 私は蘭ちゃんからその事を相談されてたから、昨日上流尾くんが蘭ちゃんの事好きって知った時に、その事を蘭ちゃんに教えて放課後二人を保健室で引き合わせたんだよ」


 混乱している俺達に楓が解説をしてくれている。

 なるほどそういう事だったのか、だが理解はしたが納得はしていない。

 それにしても、彼女が出来るだけでこんなに佇まいや喋り方が余裕に溢れるものなのか? これが彼女持ちの余裕ってやつだろうか……なんかムカつくな。


「ハァン、君たちも下らないことに、ハハッァン、力を使わずに俺にみたいに彼女を作ればい」

「フン!!」

「イァハァン!!」


 タツロウの上から目線の戯言に我慢の限界を迎えた俺は、タツロウの肝臓に拳が突き刺さる角度で渾身のリバーブローをお見舞いする。

 タツロウは口からなんとも愉快な音を空気とともに吐き出しながら、膝から崩れ落ちた。


 ここに勝敗は決した。

 俺は仲間たちの期待を一身に背負って、悪の超能力者との熾烈な超能力バトルに見事勝利を収める事が出来たのだ。

 やったよ、じいちゃん俺勝ったんだ……


 仲間たちからの歓声をその身に浴びて、己が勝利を世に知らしめるために俺は天高く拳を掲げたのだった。

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