第6話 マナブとパイロキネシス(中編)



 学校に到着し、だらだらと廊下を歩いて自分のクラスにたどり着く。

 ツヨシはもう来ているかと、級友の席へ目をやると、そこにはツヨシの他に別のクラスであるトオルまで来ていた。


 二人に朝の挨拶を済ませ、自分の席に荷物を置く。

 自分も二人の所に行こうと目線を向けると、ちょうど二人がこちらに向かって歩いていた。

 二人がこっちに来るなら動く必要がないと判断し、俺は自分の席に腰を落ち着けた。


「マナブ、ちょっといいか?」

「おう」


 ツヨシとトオルはただだべっていただけかと思っていたが、どうも違うらしい。

 恐らく超能力絡みで、なにか俺の耳に入れておきたいことでもあるのだろう。


「実は僕のクラスで最近不可思議なことが起こっているんだ」


 報告者はトオルのようだ。


「不可思議なことって?」

「それがね、教室ではエアコンをつけているのにもかかわらず、サウナみたいに熱くなって毎回倒れる奴がいるんだ」

「単純にエアコンが壊れているんじゃないか?」


 自分で言っておいて何だが、それだったらわざわざ報告するような事でもないだろうから、恐らく何らかの確信があるのだろう。

 だが、一応他の可能性は潰さないといけない。


「まぁ普通はそう思うよね? ただ不可思議な点は毎回倒れるやつが同じな事とそいつが保健室に行くとさっきまでの暑さが嘘みたいに涼しくなるんだ」


 なるほど……確かにそれは不可思議だ。

 一般人なら不思議なこともあるもんだで済むだろう、だが俺たちは超能力者だ。

 この世の不思議なことが超能力で説明がつく可能性を俺たちは知っている。


「僕自身も暑くて困っているだけど、何よりその毎回倒れる奴……上流尾ウエルビ竜郎タツロウっていうんだけど、そいつが不憫でさぁ、なんとかしてやりたいんだ。良かったら手伝ってくれないかな?」


 つまりその上流尾という奴は、謎の超能力者の反感を買ったか何かでターゲットにされているのだろう。

 俺たちも、楓や大和さんと言った一般人をターゲットにしてはいたが、悪意を持って害そうなどとは思っていなかった。

 だが、件の超能力者は明確に悪意を持って一般人を襲っているのだ、これは流石に見逃せない。


「当然、もちろん手伝うぜ。ツヨシもいいよな?」

「もちろん、俺はお前より先に既に話を聞いてたからな、その時に了承済みだぜ」


 さすがツヨシだ。


「二人共ありがとう、ただまだ犯人すらわかっていないんだ……とりあえず、昼休みにでも被害者の上流尾に話を聞こうと思うんだけど良いかな?」

「「了解した」」


 ちょうど話が終わった所で始業のチャイムが鳴った。

 それを聞いたトオルは自分のクラスに戻り、ツヨシも自分の席に戻る。

 今回ばかりはワクワクのバトルなどとは言っていられない、気を引き締めなければ――――。



 昼休みに入り、俺とツヨシは保健室へと向かっている。

 何故俺たちが保健室を目指しているかと言うと、午前の授業終了直後にトオルから上流尾がまた倒れて保健室に行ったと連絡が来たからだ。


 俺とツヨシが保健室にたどり着くと、保健室のドアの前でトオルが既に待っていた。


「悪い、待たせた」

「かまわないよ」


 昼休みに入ってすぐに来たとは言え、待たせたのは事実だ。

 一応の謝罪を済ませて、俺達は保健室へと入る。

 養護教諭は今はいない、どうやら席を外しているようだ。

 これは好都合、何故ならもしかすると話の成り行き上、俺達の超能力を上流尾に話さないと行けない可能性があるためだ。


 保健室のベッドは仕切りのカーテンに遮られてその中を見ることは出来ない。

 もしかすると上流尾以外にも、ベッドで寝ている生徒がいるかも知れない、その場合は放課後に接触を試みる必要があるが、できれば捕まえやすいこの時間に話を聞きたいものだ。


 俺は音を立てないように、仕切りのカーテンを少し開けて中を覗き見る。

 どうやら先程の心配は杞憂に終わったようだ。

 3つあるベッドは1人しか使用しておらず、その人物は男子生徒だ。

 恐らくこいつが上流尾で間違いないだろうが、念の為トオルにアイコンタクトで確認を取る。

 うなずくトオルを見て、こいつが超能力者の被害者である上流尾で間違いと確信が取れた。


 此処から先は同じクラスであるトオルに話しかけてもらうのがスムーズに事が運ぶと判断しトオルに話しかけてもらった。


「上流尾……大丈夫?」

「ううん? ああ、海原か……どうした?」

「体調悪時にごめんね? ちょっと聞きたいことがあるんだ」


 俺たちは簡単な自己紹介を済ませて、話の本題に踏み込む。


「ここ最近誰かに反感を持たれたとか。そういった事は無かったか?」

「無いと思うけど……なんでそんな事聞くんだ?」


 俺の質問に対して、心当たりが無ければ抱くであろう当然の疑問を上流尾は俺に問いかける。

 うーん……やっぱり超能力の事を言うしか無いのか? でも信じないだろうしなぁ……誤魔化しつつももう一つ切り込んでみるか?


「えっと……詳しくは言えないんだけど、俺達は最近お前が倒れるのは誰かの仕業じゃないかと疑っているだ。それを調べたくて質問してるんだよ」

「…………」


 俺の答えに思案顔で黙り込む上流尾。

 なにか考察でもしているだろうか……しばらく考えこんだ上流尾から放たれた次の言葉で俺たちは驚愕することとなる。


「暑くなるって現象に対して誰かがやったと思えるってことは……もしかして海原たちも超能力者なのか?」

「んな!?」


 海原たち”も”と言ったって事は上流尾は既に超能力の事も、それを使える奴も知っているということだ。


「知っているなら話は早い。お前の言う通り俺たちは超能力者だ。」


 ツヨシが俺たちの正体を明かす。


「僕たちは上流尾を攻撃しているやつをどうにかしたいと思っているんだ。良かったら話してくれないかな?」


 トオルが優しく諭すように話しかける。


「俺たちがなんとかするから、任せてくれないか?」


 そして、俺がカッチョ良く締める。

 これこれぇ! これだよ! 上流尾にはちょっと申し訳ないがこの展開は男子なら熱くなってしまうものだ。


 俺たちの男気あふれる頼もしい言葉を聞いて感涙の涙を流しているであろう上流尾を見ると、とても申し訳無さそうな顔をしていた。

 んん? あれ? 想像していたリアクションと違うぞ。


「あの……その……スマン。教室の温度をあげている超能力者は俺なんだ……」

「はい?」


 上流尾のカミングアウトに俺の思考は中々追いつかない。


「だから、教室の温度を上げる超能力を使っているのは俺なんだよ。その……任せてくれなんて言わせといて申し訳ないんだが……」


 え? なに? じゃあ俺たちは最初から犯人なんていやしないのに、ドヤ顔で任せてくれなんて言ってなんて言ってたのか……恥っず! カァと頬に熱を帯びるのを感じる。

 ツヨシとトオルも何やら恥ずかしそうにしていたが、一番の傷が大きいのは俺だろう。

 だって任せろって言ったの俺だもん! 


 俺の黒歴史が1年ぶりに更新される。

 ちなみに前回のは、怪我もしていないのに右手に包帯を巻いてクッなんて言っていたのを楓に見られたというものだった。


「あ、そういや坊井ってどっかで聞いたことあるかと思ったら、お前あれだろ? 立川さんの彼氏でめっちゃ尻に敷かれてるって噂の……」


 上流尾は話を変えようとしてくれているのだろう、話題は俺と楓の事だ。

 以前なら楓と付き合っていると言われたら強く否定していたが、今は悪い気はしないので軽めの訂正にとどめている。

 だが、そんなことよりも聞き捨てならない事がある。


「楓とはただの幼馴染だよ……それよか尻に敷かれてるって言うのはどうゆうことだ!」


 そう問題はこれだ。

 恐らく楓の外面の良さのせいで、この様な印象を持たれているのだろうが納得はいかん。

 毎日超能力で楓のパンツを見ようとしてたから、”尻にかれている”なら納得できるが”尻にかれている”は気に食わねぇ。

 うん? 今のは我ながら中々上手いな……いいぞ、その調子でもっとシュートしやすいボールをよこしなさい。


「だいたい周知の事実だろうが俺の心は九州男児。いわばアイアム男児、フロム九州だ。そんな俺のほとばしるような亭主関白っぷりは、夕飯にカップ麺でも出そうもんならちゃぶ台で気円斬をお見舞いするくらいだぞ!」


 せっかくの上流尾の話題提供だ。

 ここは場の空気を変えるためにそして、俺の尊厳のためにも畳み掛けるように喋り続けた。

 そんな俺を見る友人たちの目は、なにか微笑ましいものを見るような目をしていた。


 ・ 


 ・


 ・



「そういえば、どうやって教室の温度を上げていたんだ?」


 恥ずかしい記憶を丸めてポイーしてからしばらく、俺の熱弁のおかげか、なんとか立て直しも出来たところで疑問が湧いたのだ。


「ちなみに俺とツヨシは念動力で、トオルは念写ができるんだ。タツロウはどうゆう能力なんだ?」


 相手に名前を聞く時は自分から名乗るのがマナーだが、超能力の場合はどうなんだろうか? まぁ自分たちの能力を明かしてからの方が話しやすいだろう。

 ちなみに名前呼びになっているのは、同じ超能力者仲間と言うことで本人からそう呼んで欲しいと言われているからだ。


「俺の能力はパイロキネシス……発火能力ってやつかな?」


 俺たちが先に能力を明かしたのが効いたのか、タツロウはすんなりと自分の能力を明かす。

 それにしてもパイロキネシスだと? なんだそりゃ! 主人公である俺を差し置いてなんとも主人公みたいな能力しやがって! カッコいいじゃないか!


「ただ、力が弱くてな……火が出るまで温度が上がらないんだ。火が出ないのにパイロキネシスっていうのも変かもしれないけど、超能力で温度を上げて火を起こすのがパイロキネシスと考えるなら、俺の能力も分類上はパイロキネシスになると思うよ。」


 単純に超能力で物を燃やすと考えても方法は二つある。

 一つは超能力で火そのものを生み出し燃やす方法、もう一つは超能力で温度を上げて火を起こし物を燃やす方法だ。

 この世界のパイロキネシスの定義がどちらになるのかわからないし、もしくはどちらも存在しているかも知れないが、力が弱いとは言えとりあえず後者に当てはまるタツロウは、パイロキネシスに分類されるのだろう。



 タツロウの能力を聞いたところで更に疑問が増えた。

 それは、そもそもなんで教室の温度を上げていたのだろうかと言うものだ。

 しかもその結果自分が倒れて保健室行きになっているのだ。

 もしかすると、かなり業の深い性癖をしてらっしゃるのかもしれない……


「なんで教室の温度を上げてたんだ?」

「それは……」


 言いよどむタツロウ。

 ま……まさか本当にとんでもない性癖なのか?


「……見たかったんだ」

「ん? スマンもう一回言ってくれ」

「女子の……透けブラが……見たかったんだ」


 我が校の女子の夏服は、白のセーラー服っぽいデザインで生地が意外と厚い。

 Yシャツと比べて、ちょっと汗をかいたくらいでは透けることがない。


 タツロウは自分の前の席の湯布院ユフインランさんにほのかな恋心を抱いておりどうしても湯布院さんの透けブラがみったかったそうだ。

 だが、タツロウの能力は自分を中心に温度を上げるもので、それもタツロウから少しでも離れると途端に効率が落ちてしまうらしいのだ。

 前の席の湯布院さんにはちょっと熱いくらいだが、タツロウの体感温度はサウナに入っている時と変わらないらしい。

 生地の厚い夏服が透けるほど汗をかく前にタツロウが先に力尽きると言う状態がここしばらくトオルのクラスで起こっている不可思議な現象の全容だった。


「ふぐっ……お、俺……どうしても見たくて……でも見れなくて……ズズッ」


 タツロウは悔しさで号泣していた。

 透けブラが見れないくらいで……などと思うかもしれないが俺たちにはその気持は良くわかる。

 しかも俺やツヨシはチラリズム、トオルは健全ではあるが写真は撮れるので多少の達成感があるが、タツロウは何も得ていない、ブラの色さえわからないのだ。

 その悔しさはオレたちの比ではないはずだ。


「俺もう無理なのかなぁ……湯布院さんのブラ見れないのかなぁ……」


 タツロウの心は折れかかっている。

 なんとか出来ないものかと考えていると、泣いているタツロウの側にトオルが立つ。

 何をするつもりだ? と考えているとトオルは手を振りかぶり……タツロウの頬を殴った。


「タツロウの意気地なしぃ!」

「あヒュン!?」


 トオルから放たれた拳はタツロウの頬に突き刺さり、タツロウの口からおかしな音が漏れる。

 心優しいトオルの強行に俺とツヨシが驚愕してトオルを見るとその頬から涙が伝っていた。


「バッキャロー! 諦めてんじゃねぇよ!」


 トオルの言葉は、その強い口調とは裏腹に涙声だった。

 この展開に心が震えない男はいるだろうか? いやいない!

 俺とツヨシの目尻からも感動の涙がこぼれ落ちる、タツロウの涙も悔しさから出る悲しい涙ではなく、友の熱き友情に震えるとてもきれいな涙になっていた。


「そうだぜ! お前一人じゃ無理だったかもしれないが、今は違うだろう」

「ツヨシぃ……」


 ツヨシの言葉にタツロウは胸を打たれている様子だ。


「ああ、今度こそ俺たちがなんとかするから、任せてくれないか?」


 俺は先程、黒歴史になったセリフと同じ言葉を口にする。

 しかし今は恥ずかしなど微塵もない、あの時は自分に酔っていたから恥ずかしくなったのだ。

 友のために心から出たこの言葉は、先程ものとは同じ言葉でも重みが違う。


 後々思い返せば、この出来事も恥ずかしい事をしてしまったと黒歴史になり、笑い話になるだろう。

 だが例え黒歴史になろうとも、友のために涙を流し力を貸したことは決して後悔することは無いと、断言することが出来る確信が俺の中に芽生えていたのだった。

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