第5話 マナブとパイロキネシス(前編)
あの着替え念写大作戦失敗と楓の大胆発言があった日から一週間が経過した。
ギクシャクするのでないか予想していた俺と楓の関係は……完全にいつもどおり戻っていた。
あの発言を聞いてから何も思わなくはないのだが、踏み込んで今の関係が壊れるかもと考えてしまい、二の足を踏んでしまう。
楓も同じ様に考えているのか、次の日からも何事もなかったかのように起こしに来た。
特にこれと言ってきっかけもないので、お互いに努めていつも通りに振る舞っていたら、いつの間にか元の仲の良い幼馴染という関係に戻っていたのだ。
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「学ちゃーん、起きてー」
ユサユサと揺られる感覚で目が覚める。
あれから一週間、楓は両親がいる日でも起こしに来てくれるようになっていた。
嬉しさと気恥ずかしさが混じってなんかモニョモニョするが、さて今日はどうしようか?
実は昨日は夜ふかしをしていないので、スッと起きることも出来るのだが、生粋のエンターテイナーである俺は何かをせずにはいられないのだ。
楓も期待しているはずだ、期待していると思う、期待……してるんじゃないかなぁ? 期待している事にしよう。
よし! そうと決まれば早速カマしていくぜぃ。
「何だその起こし方は! なってない、なっていないぞぉ。もっとメイドらしく起こしなさい!」
「メイド? 何言ってるの学ちゃん?」
楓は言葉にこそしていないが、頭大丈夫? とも言いたげな表情だ。
もう完全に目を覚まして喋っているが強引に押し切ろう。
「あれれ? 楓さん、もしかしてご存じない? 本日より我が家はメイド強化週間に入ったのだよ」
「そんな……フフッ、絶対ウソだよー………嘘だよね?」
かかったなアホめ! 畳み掛けさせてもらうぜ!
「嘘じゃないやい! 昨日の夜、家族会議で決まったんだよ。なんだったら1階にいる母さんと父さんに聞いてみろよ」
「もし嘘だったら……こう……すごいことするからね!」
楓は身を翻し俺の部屋から出て階段を降りていく。
しかしすごいことってなんだ? なんだかいやらしい響きだな……語彙力が無いだけだろうけども。
それにしても見事に引っかかったな、しめしめだぜ。
別にそんなに眠くないけどせっかく勝ち取った二度寝だ、堪能するとしますか。
俺が甘美なる二度寝に身を委ねようとしたところで、1階から楓と俺の両親の会話が聞こえてきた。
「おばさん! おじさん! 学ちゃんがメイド強化週間だなんて嘘つくんですよ! そんな訳ないですよね?」
「……奥様とお呼びなさい」
「私の事は旦那様と呼びなさい」
「ええっ!? ほ、本当だったの?」
どうやら俺の両親は乗っかる事を選んだようだ。。
……それにしても楽しそうな会話してるな、普通に起きて混ざればよかった。
「そんなことより楓、学を起こして頂戴。あと学の事は坊ちゃまって呼ぶのよ」
うわぁ母さん役になりきってるよ……普段は楓ちゃんって呼んでるのになぁ。
いやぁ、我が親ながらノリが良い。
「おば……はい。奥様」
そして楓もノリが良い女なのだ。
トントンとおしとやかに階段を登る音がする。
いつもの楓と足音が違う、どうやら役になりきっているようだ。
楓は出来るだけ音を立てないように部屋のドアを開け、俺をいつもより優しく揺する。
「ま……学お坊ちゃま、起きてください」
しょうがない起きるとするか……楽しかったし。
「おはよう楓、今日もご苦労さまだね」
「い、いえ……」
楓の顔は真っ赤に染まっていた。
恥かしいならノルなよ……だが、なんかソソる物があるな、そろそろこのコントもやめようかと思っていたが継続することにしよう。
「楓、今日の俺のスケジュールは?」
「ええっ? えーっと……この後は朝食を食べて登校、勉強して学校が終わったら帰宅です」
ふむ、見事に何もない寂しいスケジュールだ、いつも通りだなぁ……なんか悲しくなってきたぞ。
それにしてもなかなかの順応力だ、メイド強化週間を信じたとしても律儀に付き合う必要な無いだろうに……なんか心配になってきたな、大人になっても悪い人に騙されないように見張ってよう。
朝食を食べ終え、支度を済ませて家を出る。
ちなみに朝食中も家族ぐるみで楓への騙しは継続していた。
玄関から家を出て外門を開けたところで、母さんが楓を呼び止める声が聞こえた。
振り返ると玄関のドアを少し開けて母さんが顔をのぞかせていた。
「楓ちゃん、メイド強化週間は嘘よ! 気をつけて言ってらっしゃい」
母さんは、これから学校へ行くため僅かな距離でも家に戻りにくいという心理ついて、もっとも自分に被害が降りかからないタイミングで、楓の矛先が俺にのみ向けられる様に仕向けてネタバラシをしてきた。
だがしかし17年間親子をしているのだ、このタイミングでのネタバラシは読めていた。
母さんの言葉を聞き終わる前に、楓を置いてダッシュでその場から逃げ出す、俺の背後から”待てやコラァ!”と楓の怒号が聞こえていたが、その場に留まることは出来なかった。
楓と二人並んで登校をする。
さすがに起こしに来てくれた楓を置いて学校に行ったりは出来ない。
そして楓は今は怒っていない、家から100m位の所で待っていたら追いついた楓が俺を見て、待っててくれたんだぁと言って機嫌が治ったのだ。
……なんてチョロいんだ、本当に大丈夫かこいつ?
「でね~つい声出しちゃって……そしたら部屋にお母さんが来たの」
楓は別にいやらしい話をしているわけではない。
昨日、自室でくつろごうと右手にコーヒー、左手にスマホを持って部屋に入り、ベッドにスマホを投げたつもりが間違ってコーヒーをぶちまけてしまい、つい声が出たら部屋に楓のおばさんが来たという、相変わらずアホな話だ。
「それでね。コーヒーこぼしたのバレたら怒られる~って思って咄嗟に、違うの! おねしょなの! って言ったら、言い訳におねしょを選ぶのは女の子としてどうなの! って割とガチ目に怒られて泣いちゃったんだぁ。怖かったよ~……ホント、怖かったなぁ」
楓は楽しそうに話していたのに、最後だけ遠い目をしてしみじみと話していた。
ええ? そんなに怖かったの!?
”ご近所あららウフフ似合いそうな人選手権”で5年連続優勝して殿堂入りするほどおっとりとした人だぞ!? 全く想像できねぇ……
アホな会話ではあるが楓との会話は楽しい。
学校までの道のりは一週間前よりも短く感じられた。
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