第4話 マナブと念写(後編)



 念写のターゲットである大和さんは楓の一年生の頃からの友達で、現在は違うクラスに在籍している。

 学年内で楓と双璧をなす人気者で、主に巨乳派の人間は大和さん側だ。

 楓も決して貧しいというほどでもないが、相手が大和さんだと分が悪いのだろう。


 大和さんは本日、遅刻の罰で放課後一人で草むしりをする予定なので体操服に着替える必要がある。

 更衣室で着替えているところ激写しようという流れだ。


 トオルでは壁越しの念写が出来ないが、チラ見でも視界に捉えさえすれば念写は可能との事だった。


 トオルから発表された作戦内容は、ツヨシが廊下の見張りして俺とトオルで更衣室に接近し、俺の念動力でわずかにカーテンを開け、その隙からトオルが中をチラ見して念写というものだった。

 念写なのでシャッター音でバレる心配もない。

 完璧な作戦だ。



 放課後、俺とツヨシはトオルと合流し三人で女子更衣室を目指す。

 我が校の校舎はHの形をしており、目的地の更衣室は三階に有り、場所はHの左上の直線の部分だ。

 女子更衣室の更に奥が男子更衣室になっており、最悪そこに逃げ込む予定だ。

 ちなみにHの横線は校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下になっている。


 俺たちは更衣室のある三階にたどり着くと、辺りに人気がないか確認する。

 事前情報通り草むしりは大和さん一人で行うため、従来放課後の人通りが少ない更衣室付近には、なおさら人気がなった。


 まずは第一関門突破だ、周りに人がいると作戦の実行自体ができない。

 俺たちは女子更衣室のある直線の廊下を歩き出す。

 念のためにと渡り廊下を確認すると、そこにはこちらの校舎をへと歩いてくる先生が遠目から視認できた。


 マズイ! このまま作戦を決行すると、俺がカーテンを開けようと更衣室の窓付近にいる時にちょうど目撃されてしまう。

 先生が通り過ぎるのを待つとしても、女子更衣室がある廊下でカメラを持った男子生徒がうろうろしていたら怪しまれるだろう、そうすれば作戦は失敗だ。

 俺たちはエデンの園へたどり着くことは出来ないのか―――――――。


「ここは俺に任せろ」


 ツ、ツヨシ!?


「お前たちは作戦通り行動しろ! 俺が先生の気を引いておくから」

「ッ! ……任せた!!」


 俺とトオルは女子更衣室へと物音を立てないようにしながら走る。

 俺の後ろからガシャンと言う音となにかが廊下に散らばるような音がした。


 恐らくツヨシが超能力で廊下にある掃除道具入れのロッカーを開けて、中の箒を散乱させたのだろう。

 先生からみれば誰も触っていないロッカーから箒が転がり出してくるのだ。

 さぞかし驚いたことだろうし、教員という立場上片付けずに立ち去ることなど出来ない。


 ツヨシィィ! お前はなんて良いやつなんだ! 後で一緒に写真見ような!


 更衣室の窓にたどり着いた俺は、窓越しに見えるカーテンに向けて右手を掲げる。

 ツヨシの尊い犠牲が俺たちに力をくれる! 行くぞ! うぉぉぉぉぉ! 念動力発ど―――――。


「大きい音がしたけどなんの音だろ? ……学ちゃん?」


 俺が超能力を発動しようとしたまさにその時、ガラッと更衣室の扉が開き、中から既に体操服を着込んでいる楓と大和さん出てきた。


「「あ」」


 俺とトオルの声が重なる。

 なぜ楓がここに……と一瞬考えたが、すぐに答えを察することが出来た。

 恐らく楓は友達の大和さんを手伝うために一緒に着替えていたのだろう。


 楓たちに目撃された光景は、更衣室の窓に手をかざしている俺とその傍らでカメラを手にしたトオルの姿だ。

 これは言い逃れできない。

 俺達の戦いは今ここに終わりを告げた。


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 あの後、覗き未遂の罰として大和さんの草むしりを強制的に手伝わされた俺達は、現在三人並んで楓からお説教を受けていた。


「まったく! 覗きなんて最低だよ! 手伝うだけじゃ罰が軽いから三人とも一発ずつ鉄拳制裁だから!」

「か、楓ちゃん……未遂なんだし……そこまでしなくていいよ」

「撫子は甘いよ! 私はやるからね!」


 楓をなだめる大和さんを制し、楓はコォォォォと深く息をし丹田に力を貯めている。


 あ、あれは!? 立川流楓式制裁用正拳突き!

 立川流なんて言っているが、楓が一人でやっているなんちゃって拳法で、しかも正拳突きと言っているのに行うことはゲンコツだ。

 だがそのくせ、ものすごく痛い。


 自業自得なので、制裁を食らうべきなんだろうが痛い事は嫌なのだ。

 なんとか逃げ出す方法は無いものか……


「あ、あの立川さん!」


 ツヨシ!? 何か思いついたのか? さすが頼れる男だ!


「お、俺この後、塾あるから!」


 ツヨシィィ! なんだよその嘘!? そんなもん通じるわけ無いだろう――――。


「……え? ……塾あんの?」


 楓が驚愕の表情を浮かべ呟く。

 拳を振りかぶり、今にも振り下ろそうとしていた楓の動きがピタリと止まった。


「あ、あー! ぼ、僕も!」


 楓の動きが止まったところを見て自分もイケると踏んだのだろうトオルがツヨシに同調する。


「……クッ……行け」


 二人の申告を受け楓は逡巡の表情を見せたあと、二人を見逃す判断をした。

 ええ!? 通用すんの!?

 楓の言葉にツヨシとトオルの二人はその場からそそくさと逃げ出す。


 ああーっ! この一連の流れどっかで見たことあるかと思ったら、楓の好きマンガで同じ様なくだりがあった!

 こ、この女! さては嘘とわかっているが、自分の好きなマンガのくだりが再現できることの方を優先しやがったな!

 楓さんってば、そういうノリで生きてる所あるよね!?

 だってほら! さっきまで怒っていたのに今ちょっとニヤニヤしてるもの!


 だがこの流れに便乗しない手はない。


「俺も塾が……」

「通用するとでも?」


 で、ですよねー。

 前の二人はあくまで、塾の可能性が0%じゃないから楓もノレたのだ。

 幼馴染である俺が塾に通っていないことを楓は承知している。


「い、痛くしないでね?」

「痛くないと覚えませぬ」


 この後、乙女の細腕から発生したとはとても思えないような衝撃が俺の脳天を襲った。



 学校からの帰り道を楓と共に歩く。

 俺を殴ったことでチャラにしてくれたのだろう、楓は怒り継続させずにいつもように振る舞っていた。

 良いやつだなぁ、毎朝の鍛錬のターゲットにしているのが申し訳なくなるなぁ、まぁ止めないけどね!


「あ! そう言えば学ちゃん。ちょっと気になったことがあるんだけど」

「ん? どうした?」


 先程まで話していた、部屋でゴロゴロしていてトイレに行こうとベッドから降りる時に、マリオのジャンプの効果音をモノマネしながら飛び降りたら足をグネったっという楓のアホなエピソードから話が変わった様だ。

 先程も言った通り、楓は現在お怒りモードから日常モードに移行している。

 どうせまたアホな話だろうと思っていると、楓の口から予想外の言葉が飛び出した。


「窓にカーテンかかっていたのにどうやって覗こうとしたの?」


 ……あっ!

 ヤバい……なんて言い訳をしよう。

 バカ正直に超能力で開けようとしました! なんて言えるわけがない。

 ここは適当な事を言ってごまかすしか無い! 大丈夫、大丈夫! 楓は基本的には結構アホの子だ。

 この前も月極は社名って嘘を信じてたし! なんとかなるなる!


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「すいまっせんしたぁー!」


 俺の心からの謝罪が辺りに響き渡る。

 なんとかなるかなと思っていたが、あっさり超能力の事を白状させられてしまった。

 この子たまに妙に鋭いんだもの!


 しかも、毎朝スカートに違和感と下半身に俺の強烈な視線を感じていたらしく毎朝の鍛錬のこともバレた。


「もう……他の人にやったら駄目だよ。犯罪だからね?」

「ご、ごめんなさい……」


 楓は怒りよりも、俺が性犯罪者になるじゃないかという心配の方が勝っている様子だ。

 普通に怒られるよりも罪悪感がすごい。


「その……もし、どうしても我慢できなくなった私にしてもいいから」

「え? それってどういう……」

「あっ! えっと……もう! 学ちゃんのバカ!」


 楓は自分が口走った言葉が、冷静に考えるととんでもない内容だったと自覚したのだろう。

 顔を真赤にした楓は俺を置いて走って帰ってしまった。


 ええ? これどうしよう……

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