第8話 昔話。


「レオ、これからお前に"技"を教える」


そう言って、ソウイチロウさんが腰から下げた真剣を抜く。


「が、しかしその前に……レオ、お前は何の為に強さを求める。誰の為に、その刃を振るう」


ソウイチロウさんのその問いかけに、俺は思わず苦笑いをした。

何故なら、それを語るには思い出したくない過去の、後悔の記憶を辿って行かなければならない。


けれど、俺が強さを手に入れる為には通らなければならない道筋プロセスだ。


「俺が強さを求める、刃を振るう理由を語るにおいて、まずは俺の昔話を聞いてください」


そう言って、俺は過去を語り始める。


「俺の母、アイリーン・ヴァンシュタインは10年前、魔人によって殺されました」




***




小さい頃、母さんは俺をよく領内にある近くの湖へ連れてってくれた。


今思えば、洗礼の儀で"落ちこぼれスキル"を授かり、周りから腫れ物扱いされていた俺を気遣っての事だろう。


当時の俺はそんな事微塵も考えておらず、湖へ行っては母さんと追いかけっこや四葉のクローバー探しをしたものだ。


「かーさま、みて! おさかながいる!」

「えぇ、そうね」


母さんはいつも優しくて、俺は母さんの優しさに気がつかないでいた。


そんなある日、事件は起きた。


その日もいつもの様に俺は母さんとともに湖へ来ていた。


湖のほとりで水遊びをしていると、俺はあることに気づいた。

ふと、空を見上げると俺のスキル《紅眼》で見えるギリギリの距離から人の様なものがこちらに向かって降ってきていた。


「かーさまみて! 空からひとがふってきてる!」


そう叫んで、俺は空を指差した。


「……え?」


母さんは俺の言葉に驚いき、空を見上げる。

そして、空の人間は加速する。


「レオっ……!!」


そう叫んで、母さんは俺を突き飛ばした。

次の瞬間、目の前で俺を押した母さんの右腕が千切れ飛んだ。


「くっ……」


痛みに顔を歪めながらも、元冒険者だった事もあり、母さんはすぐさま腰に帯びたミスリルナイフを構える。


「か……かーさま!」


あまりに突然の出来事に、俺は泣き叫ぶことしかできなかった。


「どうして……魔人がこんな所にいるのよ……」



"魔人"

人を喰らう化け物。

食事をせずとも生きていける魔人が人を喰う理由は1つ、強さの為。

他のどんな生物より優れた魔力量を持つ人間を喰うことで自身の魔力だけでなく五感や身体能力も向上させる。



呟いた母さんの目の先には、先ほど空から降ってきたヒトの様な姿をした魔人。

唯一、人と違うのは眼球の色だ。


魔人の眼球は血の様に真っ赤に染まっていた。


「いやぁ、ちょっとそこのガキに用があってさ。そこどいてよ」


魔人が、言葉を発する。

軽い感じで話す言葉も一言一句に凄まじいほどの殺気がこもっていた。


魔人を他の名で呼ぶなら"死"そのものだろう。


「レオ、走って屋敷まで戻りなさい」


俺に背中を向けたまま、母さんが言葉を紡ぐ。


そして、俺は子供ながら悟った。


このままでは、母さんが死んでしまう、と。


「い、いやだ……かーさまもいっしょに……」

「レオ!」


俺の言葉に被せる様に放った母さんの叫び。


「お願い……走って……後でお母さんも追いつくから」


そう言って、母さんは振り向きざまに笑った。

その目には涙が浮かんでいた。

けれど、俺はその涙を見て見ぬ振りをし、走り出す。



「愛してるわ、レオ……」


走り去る俺の背中をみて、ポツリと呟く。


「いいねぇ、家族愛……ゾクゾクするよ……!」

「この下衆がっ……!」



はやく、はやく走って助けを呼ばなければ母さまが……


その一心で森の中を全力で走った。


俺が湖から走り去った後に後方から爆発音や金属音が響く。


早く……! 早く! 早く! 早く!


一心不乱に屋敷へと走る。


屋敷にたどり着いた俺は事の顛末を父さんに話す。

そして直ぐに部隊が編成され、馬で湖へ向かう。


戦闘音が鳴り止んだ湖を指して、俺が叫ぶ。


「あそこ! はやくしないとかーさまが!」


そして、湖へ着く。

俺は、膝から崩れ落ちた。


「あ……あぁ……」


そこには血まみれで胴体を真っ二つにされた母さんの亡骸があるだけだった。


思い出の詰まった湖は母さんの血で赤く染まっている。


そして、そこには何故か魔人の姿はなかった。


「ア……アイリーン!」


父さんは馬から飛び降りて母さんの元へ向かい、抱え上げる……が、既に息絶えていた。


「ぐっ……おぉ……」


手は震え、信じたくない目の前の現実に俺は溢れ出る涙を止めることができず、ただ立ち尽くしていた。


そして、何処からともなく聞こえる声。



「お前が死ねばよかったのに」



周りの大人たちに、そう言われてる気がした。

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