第19話~真理亜の本音~
真理亜の日常はいつも通りだった。
何気ない生活なのに少しだけ変わったことがあるとすれば、生きていることに少しだけ感謝できていること、自分の命と蓮の命がこの世界にまだ存在していること。
蓮の書く物語も続いていたし、サイトでのやり取りもずっと続いていた。
でも書き手と読者の関係からは抜け切れずにいた。
ある日の夕方、街中で蓮を見かけた。
嬉しくて声を掛けようとした時に、蓮の元に駆け寄る女性の姿に気づいてその場に立ちすくんだ。
2人の姿を見たときに、胸の中に小さなガラスの欠片が刺さった気がした。
近くのスーパーで買い物をして帰宅した真理亜は久しぶりにオムライスを作った。
「ぜんぜん美味しくない」
独り言をいいながら食べるオムライスは不味くもなければ美味しくもない普通の味だった。
そんなオムライスを食べながら蓮に会いたい━━━真理亜ははっきりとそう思う自分に戸惑っていた。
真理亜の部屋はマンションの4階にあった、ベランダからは住み慣れた街が見渡せる、空を見上げると雲の隙間から半分だけの月が覗いている、その半分の月を眺めていると何故か涙が溢れてきた。
寂しさに押しつぶされそうになる自分から抜け出そうと思った。
部屋着を脱ぎブラウスにジーンズを履き小さなバッグを持って部屋を飛び出した。
自転車で向かったのはCafeこもれびだった…
今では見慣れたこの店の引き戸を開けると、いつもの笑顔のマスターが顔を上げた。
「真理亜ちゃんこんばんわ、あれ?髪の毛濡れてるけど…」
シャワーを浴びてまだドライヤーもかけていなかったことに気づいた。
「何だかマスターの入れるコーヒーが飲みたくなって…」
マスターの入れるコーヒーは確かに美味しい、絶対に真似の出来ない味だ、でも本当は1人でいるのが怖くなったからだ…誰かにそばにいて欲しいからだった。
「美味しいコーヒー入れるからね、そこに座って待っててね」
真理亜が1人でこの店を訪れるときに座るその場所を指さした。
「今日のコーヒーはグァテマラにホンジュラスの深煎りを合わせた、当店自慢のブレンドでございます。」
少年のように笑うマスターの顔を見ると笑顔が溢れてしまう自分がいた。
その日マスターが話してくれたのは、亡くなった奥さん"マキ"さんのことだった。
「僕がマキに出会ったのはパリのカルチェラタンにあるカフェだったんだ、彼女は道に面した席でスケッチをしていた」
「素敵ですね~」
「その横顔に一目惚れしちゃったんだよ」
マキの通う大学はパリから約2時間のフランス北東部アルザス地方にある大学だった。
フランスとはいえドイツに面しているその場所は2つの国の良い所を持ち合わせている、世界遺産に登録された旧市街地を有する都市だった。マキがその大学を選んだのは街並みの美しさだった。
画家志望のマキは20歳
髭のマスターの歳は23歳
そこで運命の出会いをして恋に落ちた。
「あの日のことは今でも夢に出てくるんだよ、あの時の2人の姿のままでね、その頃はこんなむさ苦しい髭は生えてなかったしそこそこイケメンだったんだよ」
懐かしそうにマスターは笑った。
真理亜はこの人になら蓮との出会いのことも話せるのかなと思っていた。
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